音声ブラウザご使用の方向け: ナビメニューを飛ばして本文へ ナビメニューへ

列島縦断ネットワーキング

[栃木]

精神保健施設 「ハートピアきつれ川」のオープン

加藤和男

1 設立の経緯

 精神障害者の人権擁護の推進及び社会復帰の促進を柱に改正された精神保健法が、昭和63年7月から施行され、平成2年10月から厚生省精神保健課に社会復帰担当の課長補佐のポストが設けられ、私が初代の担当者として配属されました。それまで全く精神保健対策について知識もないかわり、障害者に対する偏見もありませんでした。

 というのも私が生まれ育った頃の秩父の田舎では、近所にいろいろな人がいたからです。例えば、他人が訪ねて行くと訳もなく大きな声で怒鳴ったり、学校にも行けない知恵遅れの子がいて半裸で飛び回っていたり、また、学校にも障害があって皆と同じように学業についていけないような生徒がいましたが、仕事もなく生活に困っている人には近所の誰かが食物を運んでやるとか、学校で身体の不自由な生徒には誰かが手助けをしたり、また、そういう生徒を苛める者がいると皆でかばっていました。だから、そういう不自由な人がいるのが普通の社会だと思って育ちましたから、私自身には、障害者に対する偏見は全くありませんでした。

 しかしながら、精神保健関係の勉強をするにつれ、長い精神障害者対策の歴史の中で精神障害者が如何に虐げられた環境の中に置かれていたか、また、それにも増して一般社会の精神障害者に対する偏見というか理解しようとしない社会の実情を痛感させられました。

 そして、私の社会復帰施設対策の仕事は最初から試練の連続でした。社会復帰担当の補佐に着任し、さあこれから頑張るぞと思っている矢先に、名古屋で守山荘病院事件が起こり、病院の実態や報道記事に接するにつれ、社会復帰の難しさというかこれは困難な仕事だと痛感しました。そのうえ今度は、着任後2か月の経たないのに、茨城県で行われた保健所の保健婦を対象とした精神保健担当者会議において、2時間もの講義を命ぜられ、何となくふっきれない思いで、出掛けたことでした。

 そんな中で考えたことは、精神障害者の社会復帰を促進する対策を進めるといっても実情を知らず机上の空論をしていても何の役にもたたないと思い、まず千葉県市川市の共同作業所を皮切りに各地の援護寮、福祉ホーム、授産施設などを全国規模で計画的に見学しました。そこで感じたのは、施設や作業所で懸命に働いているその姿が一般の人々には全く知られていないのではないかということでした。これでは一般社会の理解を得ることはなかなか難しいと思いました。いくら、我々関係者が、精神障害者の多くは、真面目で気持ちの優しい人達ですと啓発活動を行ってもなかなか偏見の解消にはつながりません。それよりもこの懸命な姿を見てもらえれば多くの人々の理解が得られ、偏見がなくなり、そうすれば、精神障害者の社会復帰はスムーズに展開されると考えました。

 また、作業所における障害者の雰囲気はやはり暗く沈んでいると感じられる所が多く、これには精神障害者とその家族の方々にも将来に向かって夢のある生活をしてもらう必要があると考えました。その結果生まれたのが、「ハートピアきつれ川」です。

2 「ハートピアきつれ川」の目指しているところ及び事業内容

 設立の経緯でおわかりのように「ハートピアきつれ川」の一番の目的は、精神障害者に対する職業的訓練を通じ、一般社会の精神障害者に対する偏見の解消です。その実戦的方法として先駆的なモデル事業だと思います。また、同時に精神障害者とその家族が心おきなくゆっくりくつろげる施設の提供です。

 素晴らしい自然環境の中でゆっくり温泉に浸かり、美味しい料理(東京で一流の懐石料理が何と半値以下ですぞ)を食べて、お互いに相手を理解し大切に思うことで家族という心の絆をもう一度認識し、それを障害者は更なる自立のための糧とし、家族はその支援のあり方をもう一度考えてもらいたいと思います。

 事業内容としては、保養施設においては、展望の素晴らしい温泉設備をはじめ、どの部屋からも眺望の素晴らしい客室や設備の整った大小の会議室を利用し、諸々の会議・研修会、さらには結婚式の披露宴や各種宴会・ゴルフの打ち上げパーティなどを誘致し、湯上がりサロンを提供して温泉の日帰り客向けなどの営業を行うほか、授産施設の食堂兼ミーティングルームを利用し、調理長を講師に近隣の主婦を対象とした料理教室の開催などがあります。

 また、授産施設では、指導員とともに保養施設の接客業務に従事し、不特定多数の人々との対人関係技術訓練を行うほか、趣味と実益を兼ねたハーブの栽培や陶芸などの授産項目を予定しています。

3 今後の展開

 授産施設としては、保養施設における訓練により社会生活に自信が得られた利用者は、いつまでも授産施設に留まらず、近隣の住宅施設に入居するなどして完全社会参加を実現します。この場合、グループホーム制度(ただし、一か所にかたまらず、複数の施設を利用したもの)を利用し、生活の安定を図ることが次に続く者にとって非常に安心感がもて、地域住民にも受け入れやすいと思われます。

 また、保養施設としては、施設全体で地域の各種行事に参加したり、一人住まいの老人に対する昼食等のサービスや周辺の環境美化のため、精神障害者と指導員による清掃活動などをすることにより、積極的な活動を行い精神障害者に対する正しい知識の普及に努めることとします。

 幸いなことに地元喜連川町では、町長さんをはじめとし、町議会の議員の方、区長さん、商工会、観光協会、農業協同組合の方などから大変快く受け入れられており、住民の方々からも周辺の取りの無償提供から職員宿舎の建設など普通では考えられないほど協力をしてもらっております。これは、作業所や社会復帰施設の設立に当たり、住民の反対からやむを得ず諦める事例が数多くある全国的な現状から考えれば大変有り難いことで、今後、反対運動などで難儀しているような場合には関係者及び反対されている方々に、是非この施設を見学に来ていただきたいと思いますので、そういう働きかけもしていきたいと思っています。

 さらに、この施設の運営が安定し、その役割を立派に果たせた暁には、さらに、第2、第3の「ハートピアきつれ川」の計画を進め、その施設を拠点とした生活支援促進センターを創成し、近隣の保健所や精神病院との連携を図りつつ、作業所、社会復帰施設、通院患者リハビリテーション実施事業所、家族会、全精連などとの協力体制をとり、それを全国的に推し進め、平均した社会復帰対策の推進を展開していきたいと考えております。

(かとうまさお ハートピアきつれ川)


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「ノーマライゼーション 障害者の福祉」
1996年8月号(第16巻 通巻181号) 60頁~62頁