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ワールド・ナウ

ケニア

ケニアの障害者事情

田口順子

 ケニアはアフリカ東部に位置する人口2千700万人の共和国で、1963年英国から独立して以来、33年が過ぎている。

 東アフリカの中心的国家であり独立以来、自由経済体制をとっており、日本との友好関係も緊密で、これまでのケニアに対するODA推移をみてもトップドナーとなっている。しかし、なおもサハラ以南のアフリカは世界の最も貧しい地域のひとつで、ケニアも例外ではない。

 各国からの援助も継続的に行われているが、社会基盤整備、人的資源開発が中心で、医療分野では、プライマリ・ヘルス・ケア並びにコミュニティ・ヘルス・ケアが最優先、最大の課題となっており、これまでの臨床医学中心から草の根レベルでの医療の拡大へと徐々にではあるが目が向けられている。

 しかし、都市・農村の地域格差、貧富の格差はますます著しく、地方に住む多くの人々が適切な医療サービスを受けられないでいる。地方では人口250万人に対して約15%の人しか病院医療を受けることはできない。ケニア全体でみても57%の世帯が医療施設のあるところまで4キロ以上離れており、保健所は人口12万から15万人に1か所という割合である。

 疾病構造としては、エイズ、マラリア、結核、交通事故に因るものが多く、心臓病、脳血管障害も増加傾向にある。

 ひと頃多かったポリオは2歳未満児の予防接種率がかなり高くなったため減少し、これによる障害児も減っている。

障害者の状況

 2千700万人の人口に対して障害をもつ者は1%といわれ、うち身体障害者はその半分で、すなわち約14万人としている。要因としては交通事故、災害が多く、脊椎カリエス、脳血管障害などがあげられている。

 障害者対策、リハビリテーションに対する一般の認識は極めて乏しい。最大の関心はエイズであり、政策的キャンペーンもエイズ、人口問題優先で社会福祉という言葉にはまだ馴じみが少ない。

 今年5月にユニセフのケニア支部が発表した統計をみても世界人口のうち2千万人がHIV感染者であり、うち約1,300万人がアフリカで半数が女性としている。ケニアでもところによっては入院患者の65%がエイズという。入院患者についてはエイズ病棟でのリハビリテーション(特に呼吸器障害に対して)は理学療法士のいるところではその治療対象となっているが、エイズによる二次障害としての障害にまで関わる期間はほとんどなく死に至っている。

 交通事故の発生率は世界でも有数と思われるが、これはジャングル・ルールがまかり通っていて強い者勝ち、飲酒運転、スピード違反、割り込みなど、当然ながら事故は多い。脊髄損傷による下半身マヒのほとんどは交通事故によるものであり、ひとたび障害をもつと退院できる者は少ない。

社会復帰が不可能に近い

 先ず本人が帰りたがらない。車いすがない。帰る家はあってもバリアだらけである。介助してくれる人がいない、1人で生活する技術が分からない、自助具はほとんどない、外出の移動手段がない、誰も食べさせてくれない、つまり就職の機会はほとんどない。

 運よく帰宅できたとしても友人達とコミュニケーションを取る手段が乏しく1日の大半を孤独に過ごすしかない。郵便の配達制度はなく、テレビの所有者もまで少なく、電話のある家はとても少ないのである。障害者に対する周囲の理解は得られず、車いすは不吉なものとして触れることさえ忌み嫌う人がいるほどである。

 列挙すればきりのない状況下で、社会復帰が障害者にとってどれ程困難で不可能に近いか想像できよう。社会は障害者の社会参加のシャットアウトしているようにさえ思える。

 社会参加への福祉制度は策定されず、生活の保障も車いすや生活用具の給付もできない代わりにせめて収容施設にだけは入って下さいとでもいうのだろうか、入所の期限はなく無料に近く、海外からの援助と相まって収容の建物だけは増えていく。

 障害者達も同じ仲間のいる施設は唯一のオアシスだと社会復帰を諦めている人が多い。

社会復帰に向けて

 しかし、家庭復帰に向けての挑戦が全くないわけではない。

 退院先の家庭訪問、家屋調査はそれなりに行われているし、ケースワーカーはなんとかして車いすを買うお金を寄付してくれる人を探し出す努力に懸命だ。国内に車いすメーカーは1社もないからすべて輸入品で、1台が6万シリング(約12万円)もする。これは平均的給与所得の1年分に相当する。持てる者が持たぬ者に施しをする、金持ちに恵みを乞い寄付にすがるのであり、これはケースワーカーの仕事となっている。アフリカにはもともと相互扶助の精神があって、情も厚いから結構、購入資金は集まるらしい。

続けられる努力

 何からどう手をつけてよいのか分からぬほど多難な問題を抱えている中で、努力は続けられている。

 医療対策としては、ケニア政府の実に乏しい独自財源の中からこれまでの臨床医学への予算配分偏重から地方医療への配分増大、医療従事者への教育投資等がみられる。

 パラリンピックがこの6月にケニア国内としては初めて開催されるし、アトランタでのパラリンピックには16名もの派遣を決定している。ケニア政府公認のNGOは452あり、これまでは存在の薄かったケニア身体障害者協会から、今回はじめてオデラ氏が理事に選出され、障害者の声が政府に直接、反映されそうだ。

 また、今年もナクール湖には40万羽のフラミンゴが戻ってきたと報じられているが、観光用の土産品の生産は障害者のものとして保護されているし、光明が見えないわけではない。

 発展途上中の底上げ現象のひとつとしてこの国の社会福祉制度の整備はすべてこれからという希望は感じられる。

 ゼロからのスタートだけにあらゆる可能性、実現性が秘められており夢だけがふくらみ、毎日、じれったい思いですごしている次第である。

(たぐちよりこ 理学療法士・1999年世界理学療法連盟学会副学会長)


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「ノーマライゼーション 障害者の福祉」
1996年8月号(第16巻 通巻181号)77頁~79頁