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高度情報化社会にむけて

情報障害という壁

福井哲也

 視覚障害者は情報障害者だといわれることがある。情報を受け取る(読む)上でも情報を発信する(書く)上でも、さまざまな困難をかかえているという意味である。今回はとくに情報摂取の側面を中心に、電子技術の現状と展望について述べてみたい。

パソコン通信による新聞記事検索

 パソコン通信の利用目的にはいろいろあるが、視覚障害者にとっての魅力の1つは、新聞記事が直接読めることであろう。パソコン通信をするのに必要なものは、パソコンとモデム(パソコンを電話回線に接続する装置)、そして通信ソフトである。視覚障害者の場合、これに画面の文字を音声出力するための機器、あるいは文字を拡大するための機器が加わる。商用パソコン通信ネットの中には、日経NEWS-TELECOMやG-Searchのようにデータベースを専門に提供するサービスと、NIFTY-ServeやPC-VANのように個人間の情報交換を中心に発展してきたサービスとがあるが、新聞記事情報はいずれの系統のサービスでも引き出すことができる。

 新聞社では、紙面の編集・発行はすべてコンピュータ化されている。記者の書いた原稿は、記者自身かキーパンチャーの手でワープロ入力され、種々のチェックを経て電算写植システムに入り、版下が作られる。この版下が作られる前の段階で、記事のデータがパソコン通信のホスト・コンピュータに送られるので、朝刊は前日の夜から、また夕刊は当日の昼過ぎから読むことができるのだ。過去に遡って、指定したテーマに関する記事を検索することも可能である。また、あらかじめ関心のあるキーワードを登録しておくと、毎日の新聞記事の中から関係する記事を自動的に切り抜いておいてくれるサービスもある。視覚障害者が好きな時間に好きな記事を選んで自力で読めるというのは、画期的なことといえる。

 このように非常に便利なサービスであるが、一番の問題は料金であろう。ホスト・コンピュータに接続している時間に対し、少なくとも1分30円から50円の料金がかかる。会社やサービスの種類によっては、引き出した記事の件数や文字数で料金が計算される場合もあるが、いずれにしても普通の印刷された新聞を買って読むのに比べるとはるかに高額となる。パソコン通信でしか新聞が読めない視覚障害者の立場からいうと、これは非常に不公平である。

 この問題に対処するため、視覚障害者向けに特別の料金体系を設けたサービスが国内に2つある。1つは日本経済新聞社の日経NEWS-TELECOMで、月額7500円の固定料金で日経・日経産業・日経流通・日経金融の最新の記事が読める。もう1つはジー・サーチ社のG-Search SPDで、月額3750円の固定料金で読売新聞の前日から1週間前までの記事が読める。このようなサービスの範囲がさらに広がってほしいものである。

CD-ROMによる辞書検索

 パソコン通信と並んで視覚障害者の情報摂取に新たな世界を開いたのが、CD-ROM(コンパクトディスクの記憶媒体)である。音楽用CDと同じ形状の円盤に大量のデータを収め、パソコンで検索するものである。国語辞典、百科事典、医学用語辞典など多くの種類がCD-ROMで出されている。ユーザーが調べたい言葉をキーボードから入力すると、該当する項目がパソコンの画面に表示される。視覚障害者は、それを音声化ソフトを使って聞くのである。点字で出版されている辞書はほんの数種類で、それらは墨字ではポケットサイズの簡略なものばかり。中辞典クラス以上の辞書を引くのには、他人の力を借りる以外なかったので、これまたパソコンのもたらした大きな成果の一つといえるだろう。

 ただ、パソコンで辞書を引くとき困るのが、音声化ソフトの読み誤りである。前号でも述べたが、パソコンのソフトで漢字を正しく読み下すのはなかなか難しい。この誤読の問題は、先に述べたパソコン通信などでもつきまとうが、ことに辞書類は難しい熟語や固有名詞が比較的多いので、内容がよく伝わらないケースもある。また、外国語や特別の記号など、音声での対応が困難な分野もある。何事においてもそうであるが、便利さと限界の両面をよく理解することが重要であろう。

電子情報の普及が決め手

 ここではパソコン通信とCD-ROMの例をあげたが、これらに共通するのは、情報が紙面に印刷された状態ではなく電子情報として入手できるということである。この点が非常に重要なのだ。フロッピーディスクで提供される情報も、もちろん電子情報に含まれる。電子情報は、パソコンのソフトを介して(完全ではないが)合成音声・点字など種々の形態に変換して出力することができる。弱視者の場合には、パソコンの画面に拡大表示したり、プリンタで拡大印刷もできる。パソコンを使った拡大では、印刷物の光学的拡大(拡大コピーや拡大読書機)と異なり、文字サイズ・文字間隔・行間隔・色などを自由に変えられるのが魅力だ。

 このように、電子情報は、受け手の状況に合わせて柔軟にメディア変換できるのが大きな特長である。しかも、そのためのタイムラグを最小におさえられる点も見逃せない。単行本の点訳や録音を点字図書館に依頼すると、完成までに三か月から1年かかるのが普通という現状を考えると、多少不完全でもパソコンによる点字化や音声化の価値は計り知れない。電子情報こそが、視覚障害者の情報障害軽減の決め手となるものなのである。私たちとしては、すべての印刷物を電子情報でも入手可能とすることが理想なのだ。

 現在、印刷物のほとんどはコンピュータにより版下が作られている。この版下作成用のデータから、活字のサイズ・書体・レイアウトなどの制御コードを取り除いてテキストデータ(文字だけのデータ)を得ることは技術的には十分可能である。だが、実際に出版社からテキストデータの提供が受けられるケースは非常に稀である。その理由について、東京大学総合図書館の河村宏氏は、「問題は、出版社と著作権者がテキストデータの悪用に過度に神経を使う傾向があることと、印刷会社にある版下製作用の最終データからテキストデータを取り出す作業は印刷会社に発注しなければならない(多少の経費がかかる)ことである」と述べている。

 ところが、テキストデータの悪用の危険はそれほど高くないと河村氏は指摘する。「海賊版などの悪用の危険が最も高いのは版下用のデータであるが、これは印刷会社が厳重に管理している。そのため、普通は外部の人間がこれに触れることはできない。次に悪用される危険があるのは販売されている完成品の印刷物そのもので、これを複製するのは容易である。印刷用のコードを取り除いたテキストデータを使って売れる海賊版を作るのは容易ではない。悪用の危険は販売されている印刷物そのものの方が高いのである。」結局、経費負担をどうするかが問題として残ると言うのである。

 だが、現実は厳しい。通産省が定める「障害者等情報処理機器アクセシビリティ指針」にも、「利用者用マニュアルの文章部分を電子的記憶媒体(フロッピーディスク、光ディスク等)に入れて提供する」との一項があるが、これも実態はほとんど実現されていない。情報障害を克服しようとパソコンや関連機器を購入したところが、そのマニュアルを読む段で新たな情報障害にぶつかるというのは、皮肉というほかはない。

 もちろん、電子情報が入手できさえすればすべてが解決するわけではない。表形式のデータを扱いやすくするにはどうするか、図や写真はどうするかなど、今後検討を要する課題も少なくない。ただ、印刷物が作られる過程で電子データが確実に存在するのに、一方では人手をかけてそれを点訳・音訳・拡大などしているというのは、資源の有効活用の面でも大きなマイナスといえるのではないか。電子情報が視覚障害者の情報摂取に特別の意味をもつことは、まだ一般にはほとんど理解されていないので、私たちがあらゆる機会を通じてアピールを行い、1つひとつ実例を積み重ねていくことが重要であろうと考えている。

(ふくいてつや 東京都立北療育医療センター)

参考文献  略


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「ノーマライゼーション 障害者の福祉」
1996年9月号(第16巻 通巻182号)48頁~50頁