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文学にみる障害者像

シャーロット・ブロンテ著 遠藤寿子=訳

『ジェイン・エア』 

高橋正雄

1 はじめに

 1847年に発表されたシャーロット・ブロンテの『ジェイン・エア』(遠藤寿子訳、岩波書店、文献1)は、十九世紀の英国を代表する小説の一つだが、この作品は、主人公のジェインが精神病の妻を抱えた田舎紳士ロチェスターと恋に陥るという物語であるため、十九世紀中葉の英国における精神障害者や家族の姿を垣間見ることができる作品でもある。

2 奇妙な笑い声

 物語の後半、家庭教師としてロチェスター家に招かれたジェインは、邸内を案内されていた時に、3階の一室から「奇妙な笑い声」が漏れてくるのに気づく。それは、ジェインがそれまで聞いたこともないような「悲しげな、不可解な笑い」だったが、その後もジェインはさまざまな機会に、この「悪魔のような笑い声」を耳にすることになる。

 しかもこの屋敷には、原因不明の火事や、客が肩の肉を噛みきられるといった奇怪な事件が次々に起こるのだか、やがてジェインは、ロチェスターの熱心な求愛に応じて、彼と結婚することになる。だが、地元の教会で行われた結婚式で、ロチェスターには妻がいることが暴露され、結婚式は中止されるのである。最初否定していたロチェスターもその事実を認め、自分の家には「看視と監禁のもとにかこわれている不思議な狂人」がいるという話を始めたのである。

3 ロチェスターの妻の病い

 彼の妻は、「三代つづいて白痴と発狂者」を出した家の出で、彼女の母親は「気狂いで大酒飲み」であり、弟も「唖者で白痴」だった。だが、ロチェスターは持参金に目が眩んだ周囲の思惑に騙されて、彼女と結婚したのである。しかし、妻の性格が邪悪だっただけでなく、その後精神状態も悪化したため、これまで10年間、自宅の「野獣の檻」に監禁してきたのだと言う。

 ロチェスターは、ジェインらを、それまで秘密にしていた妻の部屋に案内したが、部屋の奥では「暗がりの中を、一つの物影が、行ったり来たりして走っていた。」見た瞬間、それが「人間か獣か誰にも解らなかった」が、この「衣服をまとったハイエナは起きあがって、後足でぬっと突っ立った」。

 そして、ロチェスターに飛びかかったかと思うと、彼の咽喉笛をつかんで頬に噛みついたのである。ロチェスターは、一撃で彼女の息の根を止めることもできたはずだったが、彼女の両手を縄で縛りあげて言った。「あれが、君たちの言われるわたしの妻です」。

4 ロチェスターの弁明

 その日の午後、ロチェスターはジェインに詳しく事情を説明する。だが、彼の弁明を聞いたジェインは「あの不幸な方に、とても冷酷におっしゃいますのね」と、むしろ彼の妻に同情し、「残酷ですわ─奥さまは気が狂わないではいられませんわ」と、ロチェスターの過酷な態度こそが、彼女を病いに追いやったのではないかという認識を示す。

 これに対してロチェスターは、「わたしがあれを憎むのは、気狂いであるからではないのだ。かりに、あんたが気狂いだったら、わたしはあんたを憎むと思うの?」として、自分も病いそのものを憎んでいるわけではなく、もともとの彼女の性格ゆえに愛想をつかしたのだと言う。

 実際、彼は妻を森の中の家に閉じ込めることもできたが、そこは湿気の多い不健康な土地で、彼女の命を縮める懸念があったため、自宅内に監禁しているし、妻の状態が悪くなってからも、妻に接する時には「叱責を避け、諫めの言葉を簡単にし、後悔と憎悪を人知れず噛み殺そうと努め」、「心の底からもりあがる嫌忌を押えつけようと努力」している。

 結局、ジェインは重婚の罪を避けるため、ロチェスターの元を去るが、やがて妻の放火で焼け落ちたロチェスターの館に戻り、 亡くなった妻を助けようとした際にひどい火傷を負ったロチェスターと幸福な結婚生活を送るという場面で、この物語は終わるのである。

5 考察

 以上、『ジェイン・エア』における精神障害者の記載の概略を述べた。その特徴をまとめると、大体以下の通りである。

(1) 精神病の原因としては、遺伝的な要因を重視する考えが強く、また、薬物依存や発達障害との区別もきちんとなされていない。

(2) 症状的には、外側から見た行動の記述にとどまり、幻覚や妄想など本人の精神内界に関する描写や説明がない。しかも、患者の狂暴性を強調したり、その言動を悪魔や野獣にたとえるなど、煽情的で差別的と言わざるを得ないような表現が目立つ。

(3) ロチェスターの妻の病いは、比較的若年に発病し、慢性・進行性の経過をとっていること、性格変化や了解困難な言動、奇妙な笑いなどの症状が見られることなどから、重度の精神分裂症であった可能性が高い。

(4) 「つつましやかな点、情ぶかいところも、率直なところも、洗練されたところも認めなかった」とか「気狂いは狡猾で、根性が悪い」など、病前性格を含めて、病者の性格的な歪みが強調されており、精神障害者の有する素直さや純粋性、不器用性などには考えが及んでいない。

(5) 「時々、何日か─ときには数週間正気にかえることがあって、その間中、ただもうわたしを罵りつづけている」と言うなど、患者の部分的正常性に対する認識が認められる。

(6) 妻の状態がロチェスターとジェインの挙式に悪化していることや、最後に放火したのがジェインの部屋だったことなど、患者の病状には状況反応的な要素も見られる。

(7) ロチェスターの妻を「あの不幸な方」と呼ぶジェインの言葉や、妻に対して誠意を尽くしてきたロチェスターの態度には、病者への人道的な姿勢がうかがえるが、それは、あくまで気の毒な人間に対する同情に留まり、患者心理の理解や共感にまでは達していない。

(8) 治療的には、患者を監禁するだけで何ら特別な医療が施されていない。医師が登場する場合でも、ただ「発狂」の宣伝をしたり、病者に傷つけられた者の手当てをするだけである。また、精神科医に対する言及もなく、精神障害の予後及び治療には悲観的である。

(9) 妻の発病以来、ロチェスターがその「地獄のような結婚」に絶望し、介護者も「あの荒さんだ職業にはまぬかれがたい欠点だが、1度ならず、グレースの見張りはおろそかになったり、だし抜かれたりした」とあるなど、さしたる治療方法もないまま、重篤な精神障害者を介護しなければならない介護者のストレスやモラルの低下についても言及されている。特に、ロチェスターに「どんな法律的処置によっても、この関係からわたしは免れることができなかった」「人間の作った法律を破るよりも、同じ人間同士を絶望に追いつめるほうがよいのか」と言わせているあたりは、家族の苦悩への配慮に欠けた当時の法律に対する問題提起がなされているようでもある(実際『ジェイン・エア』では、精神障害の妻を死なせることによってしか、解決できていない)。

 このように、『ジェイン・エア』は、精神障害に対する旧来の偏見を脱していない部分はあるものの、回復困難な精神障害者を抱えた家族の苦悩を描いたものとして、精神医学史上も注目すべき作品のように思われる。もっとも、当時の英国はヴィクトリア朝前期の栄光の時代で、精神医学史的に見ても(文献2、3)、Hill,R.G.やConolly,J.ら が無拘束運動を展開し、特に、『ジェイン・エア』が発表される直前の一八四五年には、その後の英国の精神医療改革の基礎となる「The Lunacy Act」が制定されるなど、精神障害者の人権擁護や病院改革が進んでいた時期であるが、こうした改革の動きは、ヨークシャーの片田舎に住んでいたブロンテには伝わっていなかったのであろうか?それともそれは、こうした一連の改革の動きが、必ずしも「狂人に対する民衆の古いメンタリティーを変化させるには至らなかった」(文献4)ことを示す証左と見るべきであろうか?

 ちなみに、この作品の約半世紀前に発表されたゲーテの『ヴィルヘルム・マイスターの修業時代』には精神障害者に対する遙かに受容的で共感的な態度が描かれているが(文献5)、あるいは『ジェイン・エア』には、自ら病的な弟を抱えていたブロンテ自身の切実な体験が反映しているのではないかとも思われるのである。

(たかはしまさお 筑波大学心身障害学系)

参考文献 略


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「ノーマライゼーション 障害者の福祉」
1996年12月号(第16巻 通巻185号) 26頁~29頁