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1000字提言

大事なことはボランティアで教わった

高橋卓志

 牟田悌三さんが本を出し、出版記念パーティーが行われた。牟田さんといえば、俳優生活40年という芸能界の大ベテラン。だから本の内容も芸能界の裏話であったり、役者人生の機微が満載されているものだと普通は思ってしまう。まして出版記念パーティともなると芸能人が押し掛ける華々しいものであることを誰もが想像してしまう。しかし、当日会場を埋めたのは、車いすの障害者であり、日本全国で地域活動というたぐいの仕事を地道にこなしている人々であり、開発途上の国々で苦労しながら支援活動を継続している人たちであった。

 近年、幾多の芸能人がボランティアに参加し、知名度を活用して社会情勢を改善に導こうとする風潮が強まってきた。それはたとえば阪神淡路大震災の復興チャリティであったり、あるいはHIV患者の支援などでセンセーショナルに扱われている。これは確かに結構なことで、その必要性を時代というものが欲求しているとも思う。しかしどうしても一過性の謗りは免れない。自分の職業領域を無償で提供するということは、殊に芸能人にとっては日常化することはないし、もしそうなったら負担が大きすぎるからである。

 牟田さんのまわりで囃子たて、傍観しているぼくから一方的に牟田さんの個人史を見てみると、社会福祉や環境、教育、文化まで実に幅広い活動に入り込んでいるのが見える。障害児として特別意識するのではなく、普通の人間として付き合おうじゃないかといった趣旨で始まった「障害のかきねをはずそう会」や、障害者の生活保証の一助となるように始めた「街角からこんにちは」。そしてチェルノブイリ事故の被災者への支援やネパールでの学校建設。それらが一緒になってゆるやかに社会を暖かさの中に包み込んでしまおうというもくろみの「あった会」の設立などは、ボランティアを、「いのちに関わる領域」にグレードアップさせる貴重な活動といえる。

 牟田さんの本のタイトルは『大事なことはボランティアで教わった』というものだ。牟田さんは自分の生活空間である世田谷から、世界を串刺しにするかのような視線をもちながら、自前の暖かさを押しきせではないボランティアという活動に持ち込んだ希有な芸能人といえるのである。

 ボランティアからさまざまなことを教えられ、試行錯誤しながら、より「いのちの在り方」を問うことに重点を置き、長いスパンの活動に展開していくという牟田さんの生き方に、ボランティアといわれる人々は大いに学んだほうがいい。

(たかはしたくし 浅間温泉神宮寺住職・日本チェルノブイリ連帯基金副理事長)


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「ノーマライゼーション 障害者の福祉」
1996年12月号(第16巻 通巻185号) 38頁