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特集/コンピュータネットワークの活用

地域の中の小さなパソコン通信ネットワーク「杉並ここと」 

村 一浩

1 「杉並ここと」は小さなネットワーク

 「ネットワーク杉並ここと」は東京都杉並区で草の根ネットを運営する自主グループである。11992年に10人ほどから始まったこのグループは、現在約120人の会員がおり、その約4割はなんらかの障害がある人で構成されている。障害の種類は肢体不自由・視覚・聴覚・言語・内部・精神障害などさまざまで、年齢層も10代から70代と幅広い。

 このネットの特徴は、「初心者のネット」であること。そして障害がある人へのサポートを会員みんなで考えていこうというスタンスである。また、直接顔をあわせる交流を重視して「初心者パソコン通信講習会」を月に1度のペースで開催している。

2 誕生のきっかけは福祉機器展

 会をつくるきっかけになったのは、杉並障害者福祉会館の主催した「福祉機器展(コミュニケーション機器)」である。

 この場に設けられたパソコン通信の実演コーナーには、全国から電子メールによるメッセージが寄せられ、会場とネット上に参加した人たちとの間は、文字によるおしゃべり(チャット)で盛り上がった。さらに画面上でのおしゃべりを通じて、では会場に行ってみようという人たちが実際に来場するにおよんで、参加者一同パソコン通信の威力を強く実感することになった。

 障害の有無や種類を超えたコミュニケーションの手段として、こんな便利な方法があるのなら、自分たちでもつくってみようというのが、「杉並ここと」のスタートである。

3 初心者講習会は出会いと交流の場

 パソコンは、コミュニケーションに障害がある人にとって、画期的な道具となることは間違いない。しかし、使いこなすまでには、いくつもハードルを超えなければならないこともまた現実である。そこで、パソコンに触るのは初めてという人でも気軽に参加できる場として、「初心者講習会」をもつことになった(写真1 略)。

 機材も会員の持ち寄りで始めたこの講習会、講師は専門家ではなく最近初心者レベルを卒業した人が担う。なぜなら、自分がつまずいたところを、専門用語を使わず自分の言葉で説明することで、受講者が気後れなく参加できるようにというねらいがあるからだ。コンピュータの知識が豊かな人は、受講者の個別サポートにあたっている。

 パソコン通信を使えるようになれば、質問もネット上で行えるため、とりあえず通信ができるまでを目標に毎月同じ内容で行っている。だれでも参加できる講習会として予約や費用は不要だ。

 会場である杉並障害者福祉会館までの交通手段として、同会館の通所バスを活用させてもらうことをはじめ、聴覚障害の方には手話通訳を、視覚障害の方にはテキストの点字版・テープ版の作成、肢体不自由の方には障害に対応した入力機器を工夫するなど、会員が手分けをしてできる範囲の環境づくりに努めている。

 この講習会は、一般に開放するとともに、会員間の交流の場としても位置づいている。

 ネット上での文字による意見交換は、その人のもつニュアンスを伝えることが難しい。直接顔を合わせる場をもつことは、人間関係を築くために欠かせないと考えてのことである。

 こうして毎月集まることができるのも、地域ネットの良さであろう。

4 役に立つ情報は個人がもっている

 さて、ネットで提供する情報の内容だが、「福祉情報」「杉並情報」「初心者コーナー」をメインにして電子掲示板を構成している。ここでは、行政やボランティアセンターからの情報も掲載されるが、個人からの書き込みが貴重な情報源となっている。

 障害の有無に関わらず、個人が感じていることや経験を発信することは、思いがけない出会いや広がりを生み出していく。

 例えば、「荻窪あたりで車いすでも入れる居酒屋はない?」という声に「〇〇なら店員さんも親切だしトイレも使いやすいよ」「二次会のコーヒーなら××がおすすめですよ」という具合である。「うちの近くの公園では、もう桜のつぼみがほころんでいます」という書きこみから「では、みんなでお花見に行こうよ」というように交流が生まれることもある。

 脳性マヒの障害がある方が自分の言葉で書いた『昔の杉並』という連載は、学童疎開にも参加できず空襲下の杉並を逃げまどった自分をつづり、ほかの会員に大きな衝撃を与えた。

 また、困っていることを発信することで、問題解決の糸口が見つかることもある。

 1人の会員からの「マウス(パソコンの機器)が使いにくい」という声がきっかけになって、会員たちの知恵と技術を持ち寄りつくった機器「らくらくマウス」(写真2 略)は、一般の人にも使ってもらえるよう標準完成品とともに基板などの部品でも販売することになり、現在は全国規模でサポートしている。部品で販売というのは、「その人に合わせたスイッチやサイズを工夫できるように」という思いが込められている。

 ネットワークにはさまざまな経験と感性をもった人が参加している。それぞれが自分のできることを伝え、つながることで大きな力を生む、というのがこれまでの経験である。

5 電話線の向こうに顔が見えるネットに

 会長の田中さん(写真3 略)は重度障害の青年である。彼は文字を書くことも話すこともできないが、足の指でキーボードを操作して意思を伝え、コンピュータのプログラムをつくる。

 電子掲示板に書かれた彼の文章を読むとき、会員は講習会で出会った彼の表情を思いうかべているはずである。文字に込めた彼の思いが電話線を通してだれかに伝わるとき、受け取った人にもまた「思い」が生まれることだろう。

 障害がある人へのコミュニケーションの保障は、ともに暮らす地域のコミュニティを生み出すための前提でもある。

 田中さんの夢は、パソコン通信ネットワークを使って、障害がある人への日常的な介助体制をサポートするシステムをつくることだという。

(むらかずひろ ネットワーク杉並ここと)


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「ノーマライゼーション 障害者の福祉」
1997年2月号(第17巻 通巻187号) 14頁~16頁