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特集/コンピュータネットワークの活用

聴覚障害者とコンピュータ技術

市川 熹

1 はじめに

 最近、手話に対する工学的研究開発が盛んになってきている。

 本稿では、手話工学分野で取り上げられているテーマを中心に(注)、最近の研究開発状況や課題について概況を報告する。

2 手話と工学

(1)手話電子化辞書

 手話と同じく自然言語である音声言語の多くは文字をもち、日英や英日のように双方向の辞書が存在する。しかし、手話には文字がない。そのため、これまでの手話辞典は文字から画像を対応づける日本語→手話辞書が中心であり、日本手話→日本語辞書の実現は課題であった。

 ところで、最近のコンピュータは動画を扱うのも容易になってきている。画面の一部と他の画面を関係づけるなど、さまざまな処理も可能になっている。そこでまず、日本語を与えると手話のイラストや映像、動画がパソコン画面で得られる日本語→手話の電子化辞書がCD-ROMとして開発された。

 その後、日本手話→日本語辞書の開発も試みられるようになった。パソコンの画面に表示された手の形などをマウスでクリックして、順次、画面をたどるという形式などで手話を入力し、対応する日本語を求めることができる。

 しかし、画像の情報量が多くCD-ROMの収用能力に限度があること、画像の作成に手間がかかること、などの制約もあり、語数はまだ十分とは言えない。今後はさらに語数を増やすだけでなく、用例や、より分かりやすい手の形や表情の表現手法などの研究もする必要があろう。

(2)手話分析技術

 自然言語としての日本手話の文法については今後の解析に待つ点が多い。これには、手話の例文を多数集め、体系的に分析することが必要である。

 そのためには、文字のない手話では、手指の形や動き、顔の表情などの情報を効率良く解析するための工学的手法を開発することと(千葉大)、何らかの簡便な手話記述法を工夫すること(手話工学研究会WG)が今後重要となる。

(3)手話通信

 隔地の聴覚障害者間でのコミュニケーションには、現在ではFAXが広く利用されている。しかし、FAXでは音声対話のようにその場での対話ができない。

 そこで、最近実用化されたISDN回線を用いた国際標準のテレビ電話を利用して、手話で対話することが試みられている。しかし、このテレビ電話は手話を伝えることを想定した技術とはなっていないため、やや不十分な点があるものと懸念される。通信サービスは、だれでもが平等に受けられるべき基本的権利であり、手話動画通信に必要な性能が技術基準(標準)に反映されるべきと考える。

(4)手話-音声通訳技術

 医療の現場などプライバシーに関わる場所では、できれば手話通訳者なしで直接対話ができることが望ましい。そのためには、聴覚障害者の手話を音声言語に変換し、医師などの発話を手話に変換する手話と音声言語の間の自動通訳装置の開発が必要である。

 前者は、手話認識(表現のとおりに文字化する)・手話理解技術(内容・意味を捉える)と日本手話→日本語翻訳技術、音声合成技術で、後者は対話音声認識・理解技術と対話音声→日本手話翻訳技術、手話合成技術が必要になる。音声合成技術と対話音声認識・理解技術の研究開発は、未解決課題が残るものの、長い歴史がある。

 これに対し、手話認識・理解技術と日本手話→日本語翻訳技術、音声→日本手話翻訳技術、手話合成の研究開発は比較的新しい分野である。日本ではこの手話認識・理解技術と手話合成の研究が盛んになってきている。

 手話認識・理解技術には手指と顔の表情などの動画像処理が必要であり、さまざまな環境条件下での形や動作の違いを認識することが課題である。まずは指の形を直接観測できる電線の多数ついた特殊な手袋を用い、その出力をコンピュータで処理して認識することが試みられている。(京都工繊大、宇都宮大等)。

 しかし、多くの場合、聴覚障害者は手話通訳者の目のあたりを見ており、手指の細かな違いはほとんど見ていないらしいという報告や、医療現場など応用範囲を特定すれば、そこで用いられる重要な言葉はそれほど多くないということから、もっと現実的に簡易な手法で理解する方法を開発しようという研究も始まっている(千葉大)。

 手話合成については、手話文の合成と、手話辞書の出力という視点からの手話単語の合成が試みられている。アニメによるものや、コンピュータ・グラフィックスによるもの、さらにはそれを発展させて立体画像にするもの(工学院大)などがある。商品化されたものもあり、銀行端末の説明用などに利用されている(日立、図 略)。残されている主な課題には、視線の自然な表現技術やコストの点などがある。

 翻訳技術は、日本手話の言語学的研究の発展を待たねばならない点も多く、現在は主に日本語対応手話が対象となっている。

3 聴覚障害者とインターネット

 最近、注目されているインターネットの利用は、視覚障害者や肢体不自由者に比べ問題は少ない。むしろ、文字を中心に、画像を用いたりしており、視覚情報を主な情報媒体とする聴覚障害者には利点の大きい技術である。電話やFAXの代わりとしても、もっと積極的に使われて良いのではないだろうか。

4 要約筆記と工学

 中途障害者や難聴者には手話がなじめない人も多く、会議などでは手話通訳ではなく、要約筆記を必要としている。

 要約筆記を工学的にサポートする手段として、電子化した速記タイプライタをベースにした方式が実用化されている。(国立身体障害者リハビリテーションセンター、早稲田速記など)。速記用の特別なキーから1人が入力し、他の一人がかな漢字変換や入力誤りの修正をし、その画面を投射型の大型ディスプレーに表示する。

5 音声認識

 音声認識・音声理解技術を支える各種の技術は最近急速に進歩してきている。利用場面を医療現場とか自治体窓口といったように限定すれば、かなり自由な発話を処理できる可能性が高い。応用技術を含めた開発コストが問題であるが、今後の展開が期待される。

6 おわりに

 そのほかに、先天性の聴覚障害者に対する音声言語の発生訓練器なども研究開発されている。今後はイントネーションなどの訓練器なども研究されていくものと思われる。

(いちかわあきら 千葉大学工学部)

<注>最近の手話の工学的研究は、自動制御学会ヒューマンインターフェース・シンポジウムや、日本手話学会大会の論文集などを参照されたい。


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「ノーマライゼーション 障害者の福祉」
1997年2月号(第17巻 通巻187号) 17頁~18頁