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ワールド・ナウ

アメリカ

知的障害をもつ人の自己決定・自立生活を支えるしくみ

寺本晃久

 昨年秋、障害をもつ人々の状況を権利という点からとらえ直し変えていこうと取り組んでいる市民団体「リーガル・アドボカシー育成会議(LADD)」の海外派遣研修プログラムの援助を受け、アメリカ西海岸に滞在する機会がありました。私は介助者として同行したということもあり、十分に勉強できたわけではありませんが、そこでの貴重な体験をもとに、知的障害をもつ人が自分の生活を自分で決めるための方法についてまとめます。

自分の受ける援助を自分で決める

 カリフォルニア州では、州政府と契約している非営利組織が、知的障害をもつ人々に対する援助サービスを提供しています。この非営利組織はリージョナルセンターと呼ばれ、州全体で21あります。ただし、リージョナルセンターが直接サービスを行うのではなく、ほとんどは地域にあるサービス供給主体からサービスを買い、それを必要な人々に必要なだけ、無料で提供しています。つまり、センターは援助を必要としている人と援助を提供する人とをつなぐ役割を果たすのですが、そのときに、どのような援助を受けるかは援助を受ける人自身が決めることができます。
 その人が障害をもっており、何らかの援助が必要だと認められれば、3歳までなら、個別家族サービスプラン(Individualized Family Service Plan:IFSP)で、援助の内容を決めます。学齢期(4歳9か月~22歳)になれば、地域の学校区が特殊教育サービスを提供しますが、そのときにも個別教育プラン(Individualized Educational Plan:IEP)を作成して、親と学校区の間で教育の内容とそのためのサービスを決めます。
 成人すれば、基本的には本人が自分の生活を決めていくことができます。生活していくために何らかの援助が必要なら、個人別プラン(Individual Program Plan:IPP)を作って援助の内容を決めていきます(ここで「基本的に」としたのは、後見人がついた場合、本人の権利の一部が後見人によって代行されるからです)。

人間主体の計画づくり(person-centered planning)

 カリフォルニア州でも、ついこの間までは、サービスを提供する側の都合で援助の体制が決められていました。しかし、現在では、援助を受ける側のニーズが最初にあって、それにしたがって援助の体制が決められるようになってきています。
 何をしたいかがはっきりしていて、そのためにどのような援助やサービスがいるのかがわかっていれば、それをリージョナルセンターのワーカーに話して、相談の上、どのようなサービスを受けるかを決めればいいのですが、自分が何をしたいか・どんな援助が必要かが不明確だったりうまく言えない場合、何から話していけばいいか、どのように本人からニーズを聞き出していけばいいかということを解説したマニュアルがいくつか出ています。
 IPPの話し合いでは、生活をする上での問題点・課題、生活の中で欠かせないこと、まわりの人の評価、健康のために必要なこと、好き嫌い、普段の生活でやること(どんな服を着るか、どんなところで働くか、どんなテレビを見るか、どんなことをして楽しむか、週末の過ごし方)、やりたいこと・やりたくないこと、必要なこと、やってほしいこと・やってほしくないこと、言われたくないこと、夢、目標、施設や親の心配や懸念、などを本人や関係者から出していくことによって、ワーカーはその人の現状を把握し、そこから具体的な将来像や必要な援助の内容を考えていきます。ここで大切なのは、自分やまわりの状況が把握できるように、たとえば、話していることを模造紙に絵で描いたりすることで、障害をもつ本人にもわかりやすく話をすることです。
 また、当事者の希望を最大限実現する方向で考えていくことです。「あなたはこれができないからだめ」「こんな援助は制度にないからだめだ」というのではなく、できないことがあればどうやってそれをカバーしていけばいいのか、地域に必要なサービスがなければどのようにその援助体制をつくっていけばいいのかということを考えなければなりません。

「生活の質を見る」―監視の必要性 

 このように、援助を受ける側が自分の生活やそのための援助の内容を決めることができるのですが、現実には、まだまだ十分に機能しているわけではありません。当事者の希望に添わない援助が行われたり、IPPをつくるときにリージョナルセンターの職員が当事者を無視したり、必要なサービスが得られなかったりしました。
 こうした問題に対処するために、障害をもっている人の生活をチェックする必要が生まれました。そこで1996年11月に始まったのが「生活の質を見る(Looking at Life Quality)」という生活の質に関する調査です。
 この調査は、サービス提供者以外のボランティアを中心として、あらかじめ定めた25項目の基準をもとに聞き取りをしていくもので、今後3年間で2000人を対象としています。この25項目の基準には、たとえば、次のような質問が含まれています。「あなたは自分が必要なもの・欲しいもの・好きなもの・嫌いなものを決定していますか」、「あなたは地域社会の一員として、統合された環境の中で生活し、働き、遊んでいますか」。
 サービスの内容をチェックするということについては、たとえば日本でも、入所施設で倫理綱領がつくられる場合があります。これは、支援体制や生活環境の改善、職員の対応の仕方や虐待などの防止などの目的で、主に職員のとるべき態度や禁止事項がまとめられている、いわば職員向けの施設内規則(指針)です。
 しかし、こうした倫理綱領と比較して、「生活の質を見る」の特徴として、第一にこれがひとつの施設の中で通用する基準ではなく、州レベルで通用するという点があげられます。第二に、当事者にも見える形で存在しており、当事者が自分自身でこの基準に基づいて自分の生活を評価できる点があります。「生活の質を見る」には、対象者用とは別に、援助を行う側が自分で自己評価をするためのガイドブックも用意されていますが、それは同じ基準でつくられています。
 さらに、調査で吸い上げられたものはその人自身の支援のあり方や、州全体のサービス提供のあり方にまで反映される資料となります。倫理綱領の場合、施設内だけでなく、さらに職員に限定して、「職員がどう行動するか・してはいけないか」を定めているにすぎず、しかも、しばしば言葉遣いは難解で入所者が使うようなものにはなっていません。また、入所者側からのニーズや問題の提示が行われるのではなく、むしろ提供者側の消極的な約束事にとどまっているために、限界があります。
 以前からIPPのチェックは行われてはきましたが、それは単にリージョナルセンターのケースマネージャーが、IPPに書かれたサービスが正しく提供されているかどうかを確認するだけにとどまっていました。しかし、サービスが正しく行われていることと、援助を受ける本人が生活に満足していることとは、必ずしも一致しません。新しいチェック制度は、当事者の視点から生活の満足度を見るものなのです。だから、これによって新しいニーズがあるとわかれば、そのためのサービスを新たにつくりだすこともできるのです。

障害をもつ人々の権利を明確化した法律

 IPPや「生活の質を見る」は、その根本に、障害をかかえ援助が必要だとしてもすべての人が地域で普通に暮らすという思想をもっています。それは、すでに州法(ランターマン発達障害者サービス法)が、「隔離されないこと」「暮らし方や将来を自分で決めること」などを知的障害をもつ人々の「権利」として認めているからです。最初に基本理念が明確化されているために、いちいち同じことを訴える必要はありませんし、もし基本理念に反した扱いがなされたときには、法に基づいて訴えを起こすことができます。
 それに比べ、日本では、こうした理念がサービスの中に含まれていませんし、それどころか、知的障害に限らず障害をもつ人々の権利が明確化されていません。障害の重い軽いに関わらず、地域の中で自立して暮らしたいという願いを実現するためには、当事者の個別のニーズにあった多様で柔軟な援助・サービスがなくてはならないでしょう。しかし、それをつくりだし、保証していくために、実際に活動しなければなりません。その具体的な方法として、ランターマン法やIPPや「生活の質を見る」があるのです。

(てらもとあきひさ 東京都立大学大学院)


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「ノーマライゼーション 障害者の福祉」
1997年5月号(第17巻 通巻190号)76頁~78頁