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1000字提言

仲間たちの甲子園

茅野 明

 ピッチャー振りかぶった。バッターは、電動車いすに乗っている早苗さん。バットを力いっぱい握りしめている手に、よしき君が軽く手を添えている。打った! ポテン、ポテンと3塁目がけてボールが飛んでいく。電動車いすフル回転、1塁へまっしぐら、セーフだ、やったー! みんなの歓声があがる。早苗さんは全身で喜んでいる。次のバッターは、難病のハンディをもつ健さん、足が不自由なので、高校生の明君が代走を務める。ピッチャー投げた、打った! ショートの頭を越えた、明君が全力疾走で走り出した……。
 先日、ある町のグラウンドで、ソフトボール大会が行われた。メンバーは、体にハンディキャップをもつ仲間たち、HIVと闘っている青年たち、養護施設にいる子どもたち、地元の高校生たちなど、一人芝居『冬の銀河』を通して知り合った仲間たちだ。参加者約50人。3チームに分かれ、みんなが関われるように、ルールを大幅に変えて試合を行った。楽しい笑い声が、空いっぱいに響きわたった。それは、仲間たちの甲子園のようだった。
 ハンディがあるのなら、そのハンディを何らかの形で補えばいいという発想、勝ち負けではなく、みんなが楽しく遊ぶことを第1に考えたこと、そして、お互いが思いやりをもちながら試合を進めていったこと、これらが、みんなで楽しめた要因だったように思う。
 考えてみると、今の世の中、「こうしなければならない」という論理が、いかに多いことか……。また、ルールを逸脱することが、いけないこととされ、ワクを決め、そこに入れる人と入れない人を区別し、いくつかのふるいの上にレールが敷かれていく。でも、私はこのソフトボール大会に参加することで、私自身が失いかけていた、人としての大切なことを改めて確認できたような気がした。生まれて初めて、バットを握ったという純君、まゆみちゃん、良さん。足が不自由だけれど、自分で走ると言い張り、見事に走り抜いた則さん、厳さん。そこには、生き生きと輝く一人ひとりが存在していた。終わった後のビールと焼肉は最高だった。そして、みんなの満足そうな笑顔、私は大きな宝物をもらったような気がした。
 人はそれぞれ、いろいろなものを背負ったり、抱いたりして生きている。重い荷物に押しつぶされそうになった時、隣に仲間が一緒にいてくれることが、心の支えになっている。仲間たちの熱い甲子園を通して、私はつくづくそう思った。

(ちのあきら 大分・かぼちゃの国農場)


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「ノーマライゼーション 障害者の福祉」
1997年8月号(第17巻 通巻193号)31頁