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1000字提言

持てる力を全部出し尽くせ

土谷道子

 ギャローデット大学では毎年、夏休みを利用して4週間の青年学習プログラムを行っています。財団法人たんぽぽの家の主催による「日米聴覚障害者芸術文化交流プロジェクト」で、日本から10人の学生たちが7月下旬から3週間、そのプログラムに参加しました。私は同行したスタッフの一人として、そのときの印象を記したいと思います。
 最初の1週間は、ホワイトハウス、ワシントン記念塔、連邦議事堂などの見学やスミソニアン博物館めぐりで、演劇の勉強をしに来たのにと思ったのですが、アメリカの雰囲気になじむためという主催者の気遣いがあったようです。残りの2週間はもっぱら演技のワークショップです。まず朝の体操で1日が始まり、午前中はネイティブアメリカ人のもとで文化学習、午後はチームワークのなかで自分の能力を自覚する野外活動に加えて、夜9時まで劇の練習が続くという流れでした。さらに週末には、川遊びやキャンプなどが行われ、息をつく暇もありませんでした。
 今回の演劇はネイティブアメリカの民話を取り入れ、ダンス、演劇と創作手話をそれぞれプロのろう者が指導することになりました。指導者たちは講師の助言を受けながら、3人で相談しつつ劇に仕立てていくのですが、その過程のなかで、学生たちに演劇的な表現をするように求めてきました。
 日本ではろう学校でさえ、異文化を体験し、かつ自己表現の訓練ができる場がないため、学生たちは容赦のない演技指導に自己表現が思うようにできず、また言語や文化の壁につきあたり、指導者の意図が理解できないまま、演技の練習に多くの戸惑いをみせていました。
 しかし、指導者たちは体全体を使って演技を指導し、納得がいくまで徹底的に繰り返させました。そのすごい意気込みに触発されたのか、また褒め言葉に乗せられたのか、学生たちは次第に体だけでなく、自分はできないという心の呪縛を解き放し、自己表現ができるようになりました。それでも、劇のできは、指導者たちを満足させるにはいたらず、学生たちは劇を発表する日を不安な気持ちで迎えました。
 幕が下りるとすぐ、客席から劇場内がわれんばかりの拍手が。大成功だったのです。感激のあまりに泣きだした人もいましたが、帰途についた学生たちの顔は、実にさわやかにみえました。困難にめげず、持てる力を出し尽くしたすばらしさを身をもって知ったのでしょう。日本にも、同様な自己表現を磨く場をもっとつくってほしいと思います。

(つちやみちこ 聴力障害者情報文化センター)


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「ノーマライゼーション 障害者の福祉」
1997年10月号(第17巻 通巻195号)40頁