音声ブラウザご使用の方向け: ナビメニューを飛ばして本文へ ナビメニューへ

特集/もう1つのオリンピック 日本の3月、パラリンピック。

長野パラリンピック後の障害者スポーツに期待する

アダプテッド・スポーツの提言

矢部京之助

■ アダプテッド・スポーツとは

 適切な身体運動が正常なからだの発育や発達を促進することは、健常者(児)に限らずこころやからだに障害をもつ人にも当てはまります。わが国では、昭和39年の東京パラリンピックを契機にして、身体に障害をもつ人のスポーツ参加が盛んになり、昭和54年の養護学校の義務教育化にともなって、心身に障害をもつ児童・生徒に対する体育・スポーツ指導が充実してきました。
 ところで、私たちが障害をもつ人のスポーツ活動に関心を抱くのは、2つの理由によっています。1つはスポーツの楽しさ、健康・体力の維持・増進を共有できること、2つにはその指導法が健常者でも初心者や高齢者など低体力者を対象にした場面にフィードバックできるからです。
 どのような障害があっても僅かな工夫をこらすことによって、すべての人はスポーツに参加できるようになります。例えば、高さの違う2対のゴールを使った重度障害者の頸髄損傷の車いすツイン・バスケットボール、あるいはツー・バウンドで打つ車いすテニスが典型です。さらに健常者と一緒になって競技するスポーツとしては、健常な伴走者とロープを握り合って走る盲人マラソンがあります。1本のロープは障害をもつ人と、もたない人とのバリアーを取り除く手段となり、ノーマライゼーション実践の絆といえます。
 このように、スポーツのルールや用具を障害の種類や程度に適合(adapt)させることによって、障害をもつ人はもちろんのこと、幼児から高齢者、体力の低い人であってもスポーツに参加することが可能になるのです。今日では国際的に障害者という言葉自体を使わない傾向にあることから、障害をもつ人のスポーツを総称して「アダプテッド・スポーツ=Adapted Sports」と呼びます。
 このアダプテッド・スポーツという概念は、障害をもつ人がスポーツを楽しむためには、その人自身と、その人を取り巻く人々や環境を問題として取り上げ、両者を統合したシステムづくりこそが大切であるという考え方に基づくものです。

■ スポーツ科学のサポート

 障害をもつ人の競技スポーツの特徴は、障害の種類と障害の程度に応じたクラス分けによって公平に競技することです。例えば、脊髄損傷者の運動能力は障害のレベルによって著しく異なります。頸髄損傷者では上・下肢の運動機能は極めて低いのですが、腰髄損傷者の上肢の機能は健常者とそれほど変わるものではありません。上位の脊髄損傷者の最高心拍数や最大酸素摂取量は、下位の脊髄損傷者に比較して極めて低い値を示します。これを車いすマラソンの記録で比較すると、約1時間の差となって現れてくるのです(図)。しかし、障害部位と体力・運動能力との間に必ずしも直線関係が成り立つ訳ではありません。十分に体力トレーニングを積んだ場合には、心肺機能に対して第6胸髄以下の障害は大きな制限因子になりませんが、トレーニングが不十分な場合には障害部位が制限因子になるといわれます。このようなスポーツ科学の裏付けがあってアダプテッド・スポーツは発展するのです。

脊髄損傷者の運動能力
脊髄損傷者の運動能力

 世界に目を向けると、国際障害者ヘルスフィットネス連盟(IFAPA)があります。この連盟は、体育・スポーツなどの身体活動を通して、障害者、高齢者などの心身に障害をもつ人の健康・体力を維持・増進させるため、基礎的研究、応用的研究、実践的研究の推進と、その国際交流を深める目的のもとに設立(1973)された学術団体です。1977年に第1回の国際会議(ISAPA)をケベック(カナダ)で開催し、横浜で第9回会議(1993)を開き、第12回会議はバルセロナ(1999)です。
 この連盟はIPCのスポーツ委員会(IPCSSC)と提携しながら、パラリンピック競技大会と同時期に学術的なパラリンピック会議を開催しています。第1回会議をバルセロナ(1992)で開催し、第4回パラリンピック会議(冬季パラリンピック・エキスパート・コングレス)は1998年3月7・8日に長野市で開催されます。基調講演、招待講演と一般発表があります。参加者・発表者は選手、コーチ、研究者、一般の方であり、どなたでも参加できます。会場に制限がありますので、詳しくは(財)長野パラリンピック冬季競技大会組織委員会(NAPOC)の佐藤・矢島宛にお尋ねください(Tel : 026-225-1800、Fax : 026-225-1810)。

■ リハビリテーション・スポーツから競技スポーツへ

 身体に障害をもつ人のスポーツは医学的リハビリテーションの一環として発展してきました。従って常用薬を必要とする選手も多いため、ドーピング検査は困難と考えられてきましたが、バルセロナのパラリンピック(1992)では、優勝した車いすバスケットボールの選手が陽性と判定され、大会組織委員会よりメダルの剥奪、返却を要求される事態が生じています。他方ではレースの賞金や広告料などの収入で競技を続ける選手が現れるなど、障害をもつ人のスポーツ観は、医学的リハビリテーションや健康志向のスポーツから脱却し、競技スポーツに移り変わっています。つまり、障害者の競技スポーツは健常者のスポーツやオリンピックと何ら変わるものではないのです。
 他方、パラリンピックを頂点とする身体障害者のスポーツは多少なりとも市民権を得てきていますが、障害者のスポーツ、イコール身体障害者のスポーツといった図式が成り立つかのように、知的な障害をもつ人のスポーツ、例えばスペシャル・オリンピック、ゆうあいぴっくなどは発展の途についたばかりです。
 長野パラリンピックの開催は、過去のオリンピック開催がもたらしたスポーツの生活化やスポーツ科学の発展と同様に、長野パラリンピックを契機にしてアダプテッド・スポーツの発展とそれを支えるスポーツ科学の発展が期待されます。

(やべきょうのすけ 名古屋大学総合保健体育科学センター)


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「ノーマライゼーション 障害者の福祉」
1997年12月号(第17巻 通巻197号)17頁~19頁