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1000字提言

心のバリア

川田隆一

 健康に悪いと知りながら、タバコを止められない。自宅近くのタバコ屋の自動販売機でセブンスターを買うのが日課となっている。
 「おにいさん」と声をかけられた。どうやらその店の奥さんのようだ。「今度の土曜日に販売機を新しくするのよ。ボタンの位置が変わってしまうから困るよね。どうしようかな……。そうだ、この門の所にベルがあるからこれを押してください。そうしたら出てきて教えてあげるから。何時でもかまわないからね」。
 彼女と話したのはこの時が初めてだった。私がタバコを買う様子を時々みていたのだという。おそらく彼女はバリアフリーの考え方について特に強い関心なり知識があるとは思えない。けれど、その奥さんには販売機が新しくなると目のみえない人は困るだろうと配慮してくれる「感性」のようなものが備わっているのだろう。
 とかくバリアフリーというと、物理的な側面に目が向けられがちである。しかし、世の中のすべての物に私たちにも識別できる表示を施したり、道という道に点字ブロックを敷設することは現実には困難だろう。それよりも、この奥さんのような人が日本中に増えてくれさえすれば、私たちへのバリアはすぐにでも激減するのではないだろうか。
 最近街中で見知らぬ人に道を尋ねると、「この黄色いぼつぼつの上を行けば大丈夫ですよね」と点字ブロックまで誘導してくれて立ち去る人が多くなった。たしかに点字ブロックは歩行の手がかりにはなるが、人による手助けに取って代われるものではない。バリアフリーのための物理的な対策が逆に人の心に新しいバリアをつくって欲しくない。私が1年間研修のために暮らしたアメリカには、点字ブロックや音声信号はほとんどなかった。でも、いつもだれかが声をかけてくれた。
 日本に帰って来てつくづく感じるのは、人の心の中にあるバリアの大きさだ。日本人は恥ずかしがりやだからとよく言われる。そうだろうか、本当にそれだけだろうか。
 人の心のバリアをなくすためには、障害者についての正しい情報を社会に提供し、理解を求めていくことが重要だと思う。私も情報にたずさわる者の一人として、メディアを通じて社会啓発を促進できるよう努力を続けたい。

(かわだりゅういち JBS日本福祉放送)


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「ノーマライゼーション 障害者の福祉」
1998年2月号(第18巻 通巻199号)37頁