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フォーラム’98

障害をもつ人へのコンピュータを用いたサービス・プログラム

―米国の場合―

原田潔

 1998年2月9日(月)から14日(土)にかけて、米国カリフォルニア州にあるいくつかの大学および自立生活センターを訪ね、障害をもつ人へのコンピュータを用いたサービスについて視察した。駆け足での訪問だったので、おおよそのサービス内容と課題について見聞きするにとどまったが、世界の先端をいくと思われるサービス・プログラムの現状と、それに取り組む人たちの息づかいを、現地で撮影した写真なども添え、多少なりとも伝えることができれば幸いである。本稿では、日程の前半に訪ねた2つの大学のプログラムについて報告する。

カリフォルニア州立大学ロサンゼルス校(UCLA)訪問

 空港から車で小一時間ほど、ロサンゼルス郊外のウエストウッドに、日本でもよく名の知られたカリフォルニア州立大学ロサンゼルス校(UCLA)がある。その広大な敷地は日比谷公園の7倍ほどで、キャンパス内を移動するための無料スクールバスやシャトル・バンまである。敷地の中には、手入れの行き届いた庭園に美術館のような校舎が建ち並び、日本でいう「大学」の観念からは考えられない規模の大きさとぜいたくさがある。

障害者コンピューティング・プログラム

 幸い散歩にはうってつけの好天だったので、広大なキャンパスをしばらく探し回ったあげく、ようやくこの日の訪問先である「障害者コンピューティング・プログラム(Disabilities and Computing Program)」にたどりついた。
 数学棟の5階にある小さな1室がオフィスになっていて、中にはパソコン数台に点字ピン・ディスプレイなど若干の機器、ソフトウエアの空き箱などが散在している。確かに障害者コンピューティングに関係する場所だとは思わせるのだが、ハイテクを駆使した特別な活動を行っているという印象は受けない。
 担当のパトリック・バーク氏に話を聞いてみる。氏によれば、UCLAの障害者コンピューティング・プログラムでは、障害をもつ学生だけが利用する特別な場所、特別なプログラム、特別な機器類などは、意識的に設けないようにしているのだそうだ。特別な場所やプログラムがあれば、障害をもつ学生がそこに集まり、隔離され、依存してしまう可能性がある。特別な機器類は、確かに効果的であるが、多くの場合高価であり、個々の学生が入手することは困難である。そこで学生たちには、できるかぎり普通のパソコンや周辺機器、ソフトウエアを勧め、それらをいかに工夫すれば自力で使いこなせるか、アドバイスをしているという。
 例えばUCLAには、つい最近まで障害者用のコンピュータ機器を集めて展示する「展示室(Demonstration Lab)」があったが、今ではそれを廃止し、代わりに10台のラップトップ・コンピュータを学生たちに貸し出して、自分の生活の場で使い勝手を試してもらうという、「モバイル・コンピューティング」に力を入れている。学生たちがそれぞれの生活の中で、それぞれが活用できる必要最小限の設備でコンピュータを使いこなすことにより、やがては職業の場などで、情報を得るうえでの自立を実現していく基礎を築くことが、1つの目標なのだそうだ。この理念の背景には、学生たちが自立していく能力に対する信頼がある。
 ただこの方法が適用できるのは、比較的障害の程度が軽い学生たちなのではないかという感想をもった。これはバーク氏自身も言っていたことだが、近年はより障害の重い学生の数が増え、机の高さや座位の調整を必要とするなど、普通の機器類では対応しきれないケースが増えてきているという。障害の重度化の背景には、医学分野などの技術の進歩があるが、重度の障害をもつ人たちが自立するためには、やはり高度な技術が要求される。「自立」という概念をどうとらえるか。コンピュータを用いた最新の取り組みにも、障害をもつ人の自立に関する共通の問題がある。彼らの活動の詳細については、文末に示すホームページを参照されたい。

カリフォルニア州立大学ノースリッジ校(CSUN)訪問

 ロサンゼルス空港近辺は、マンハッタンやロングビーチなどの海に面しているが、空港のホテルから車でハイウェイに入り、1時間ほど北に向かうと標高がぐんと上がり、緩やかな丘ともいえるし山ともいえるような風景になる。郊外というよりは田舎に近い、のどかでだだっ広い空間の中に、どうやら教育施設らしい土地や建物が、気まぐれのように立ち並んでいる。カリフォルニア州立大学ノースリッジ校は、こんな環境の中にある。

障害をもつ学生情報センター

 「障害をもつ学生情報センター(Students with Disabilities Resources)」は、小さな平屋の建物で、この閑静な環境の中で見ると、日本で言えばちょうど民家の一軒家といった趣である。同センターは、CSUNの「障害者センター(The Center on Disabilities)」の下部組織として、障害をもつ学生の学生生活全般についてさまざまな支援を行っている。例えば、ノートテイキング、朗読、家庭教師の派遣、キャンパス内のアクセス支援、車いす等の貸し出し、学習障害に関する相談、支援グループやリーダーの養成、障害関連の講座やイベントの実施など、枚挙にいとまがない。中でも内外の注目を集めているのが、さまざまな障害をもつ学生に対してコンピュータを用いた情報利用について総合的な相談と支援を行う、「コンピュータ・アクセス・ラボ(Computer Access Laboratory for Students with Disabilities)」である。
 建物の中に入ると、入り口の受付を兼ねた事務室とスタッフ用の個室のほか、さまざまなコンピュータを設置した部屋が2部屋あるが、このうちの大きなほう、約15平方メートルほどの部屋が、コンピュータ・アクセス・ラボである。ここには各種のソフトウエアや周辺機器を装備した最新のパソコンの端末が7台ほど、実際に使用できるように展示してあり、さまざまな障害をもつ学生が、とりあえずここに来れば、自分に合うソフトウエアや機器を見つけられるように工夫されている。もう1つの、10平方メートルほどの小さな部屋には、作業用のパソコンのほか、点字プリンターやスキャナーなどがあり、ここでは学生の要望に応じて、テキストやプリント類をパソコンで使えるように電子化したり、点字で打ち出したりする作業を行っている。
 これらの機器やサービスを、学生たちはどのように利用しているのか。担当のマーク・サカタ氏に話を聞いてみる。サカタ氏によれば、まず利用を希望する学生は、学期の初めなどに、サカタ氏を含むカウンセラーと面談し、必要なサービスについて確認と合意を行うが、そのあとは自由にこの場所に出入りしてもらっているとのこと。実際、私がサカタ氏と面談している最中にも、何人かの学生がやってきて、やあ、とばかりにサカタ氏と言葉を交わしていく。雑談でもしているような打ち解けた雰囲気だが、その中でパソコンの使い勝手についての相談や、それに対するアドバイスなど、必要な情報交換が行われている。決まった時間に予約をいれて、向かい合ってカウンセリングのセッションを行うということは、日常的にはあまりやっていないようだ。サカタ氏によれば、自分に適した情報活用の方法を見いだすには、1度や2度パソコンに触ってみるくらいでは無理で、とにかく試行錯誤を繰り返す必要がある。そのためには、いつでもこの場所を学生たちに開放して、何度でも気軽に立ち寄ってもらうのが効果的だという。こうして顔を合わせて話し合う中で、学生たちに何が必要かを判断してアドバイスを加えていく。またこの方法は、障害をもつ学生たちを「アクセス・ラボ」という特別な場所に隔離することなく、普段の学生生活の延長としてサービスを利用できるような、一種の開放感をつくり出しているように思えた。このとき出会った学生たちも、初めての訪問者である私を特に珍しがる様子もなく「君はどこから来たんだい」と当たり前のように話しかけてくる。
 こうしてみると、いかにも自然流と思えるやり方であるが、CSUNの「障害者センター」では毎年、障害をもつ人を支援するテクノロジーと、その適用法やリーダーシップに関するセミナーを開き、具体的な方法論と実際について参加者に伝えている。彼らの活動は、長年にわたる実践と研究に裏打ちされている。彼らの活動の詳細については、下記のホームページを参照されたい。

(はらだきよし 日本障害者リハビリテーション協会)

●UCLA障害者コンピューティング・プログラム :
  http://www.dcp.ucla.edu/
●CSUN障害者センター :
  http://www.csun.edu/cod/


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「ノーマライゼーション 障害者の福祉」
1998年5月号(第18巻 通巻202号)44頁~47頁