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介護サービスに対する障害者のニーズ

吉田行

1 はじめに

 仲間とともに第九を歌いたい、登山をしたい、外国旅行も経験してみたい。狭い屋内、室内で、介護を受けて毎日過ごしていくだけの生活は絶対に嫌だ。
 障害の種類や程度のいかんにかかわらず、障害をもつ人たちの職業、学習、文化、スポーツ等、社会生活のすべての領域にわたる活動参加への欲求は年々高まり、その活動は、社会全体において急速に活性化している。
 しかし、自立生活を志向する重度の身体障害をもつ全身性障害者の例でみても、彼らの社会生活欲求を実現していくためには、ADL面の日常生活介護をはじめとして、あらゆる生活場面における適切な介護等サービスの提供が制度としてシステム化される必要がある。
 そして一方で、社会全体の物理的・精神的バリアの除去が必要である。

(1) 高齢者介護保険制度との基本的な相違

 このような多様な障害者のニーズを解決していくためには、費用面だけで捉えても、介護保険制度における介護報酬の予定上限額では、多くの場合大幅に不足する。
 また、冒頭で述べたように障害者の場合は、要支援、要介護高齢者の場合と、生活行動の態様が基本的に異なることを考えれば、介護保険制度のシステムでは解決することができない諸課題を多く生ずる。
 それらの多くは、介護等支援サービス(以下、ケアマネジメントという)を実施する機関、相談員、手続き過程における評価(アセスメント)の内容の違い等で具体的に現実化する。

(2) 新たなケアサービス体制構築への取り組み

 現在、急ピッチで進められている社会福祉基礎構造改革検討の具体化の過程で、福祉施策は、個人の自立を支援する利用者本位の仕組みへと大きく転換しつつある。
 介護保険法の施行を控え、当面従来どおり、一般財源による福祉施策により実施することとされた障害者に対する介護等サービス提供についても、厚生省は、身体障害者及び知的障害者について、それぞれ支援または調整サービス指針をまとめ、障害者の特性を踏まえたケアマネジメントシステムの実施準備を進めている。
 その一環として、都道府県に対し、検討委員会の立ち上げ、モデル事業試行、介護支援専門員研修を国の補助事業として実施することを指示した。
 こうした経緯を受け、東京都では、平成10年5月に「東京都障害者ケアサービス体制整備検討委員会」を設置し、障害特性に基づく障害者の具体的ニーズの整理、介護等サービス提供方法及びケアマネジメントシステムの検討をほぼ1年間かけて実施した。
 そして本年3月、区市町のモデル事業試行に向けての指針(案)が答申としてまとめられた。
 本稿では、検討委員会の審議過程で、主として障害当事者委員から提起された主要課題について、以下、介護保険制度と比較しながら解説、検討を試みていきたい。

2 現行介護等サービス提供上の問題点

 他人に自らの生活を管理されたくない。たとえ家族といえども本人と意向が異なる場合がある。自らの生き方、生活の仕方は自分で決定する。そして、自らの生活を自分でコントロールするのは当然のことである。健常者なら当たり前のことが、障害をもつ者にとって、なぜ許されないのか。
 都の検討委員会では、障害当事者委員の一致した意見に基づいて、自立の意味を捉え、サービス利用者の「自己選択と自己決定」の原則を、新たに構築するサービス提供方法や、ケアマネジメントシステムの内容及び手続きの全過程で、最大限に具体化することを目標に検討が行われた。
 現行サービス提供上の最大の問題点は、中心的なサービスである公的サービスの特徴として、サービスを直接(または委託事業者を通して)利用者に提供する現物給付方式が中心であるところにある。この方式の問題点は、利用施設や提供者等を行政が決定し、利用者自身が選択できない制度になっていることにある。
 こうした方式を採用している主な理由としては、これまでの行政主導型のサービス提供を当然視してきた社会福祉の基本構造、法制度上の制約があげられ、また、資源量の不足、予算上の制約も無視できない。
 今後の制度構築に当たり、思考軸の原点のところから変革が求められる所以である。

3 新たなサービス提供方式―DFシステム

 自立生活を志向する障害者の自己選択、自己決定を可能にするサービス提供方法として、障害当事者委員によって、カナダ・オンタリオ州ですでに実施されているDF(direct funding)システムの採用が提案され、詳細に検討された。
 制度の詳細については、直接の提案者であるヒューマンケア協会の代表である中西正司氏から別稿で紹介されるので本稿では紹介しない。
 一口で言えば、この方式は、金銭管理能力があると認定されたサービス利用者の希望によって、介護サービス費用(直接サービス費用及び間接管理費用)を利用者に直接支給する方式である。仮にこの方式の制度としての実現が可能であれば、利用者が自己の生活条件に合わせ、選択した複数のサービス提供者を雇用し、生活の場面、場面に応じ、効率よく適切なサービス提供を受けることが可能となり得る。このため、障害者は、自らの生活を自分でコントロールすることができ、現行サービス提供の主要な部分を占める介護サービス提供方法の問題点を解消することが可能となる。
 しかし、この方式のストレートな採用については、利用者への直接現金給付に係る現行法上の制約及び他の福祉施策遂行上のバランスの問題から、政策上も困難であるとの指摘がなされた。
 現時点では、すでに多くの区市町村で採用されている、利用者が選ぶ推薦ヘルパーの登録制度(ただし、資格面での問題点をクリアすることが条件となる)と介護券方式の組み合わせにより、DFシステムのめざす理念を生かす方向で対応するという検討のまとめを行わざるを得なかった。
 ただし現在、基礎構造改革の一環として措置制度から施設の契約利用方式への転換、それに伴う施設利用料の直接現金給付方式が検討されている経過を考慮すれば、障害者の自立生活運動のさらなる活性化とあいまって、DFシステム採用の諸種の制約の解消が可能となるものと予測される。
 直接現金給付方式、現物給付方式の自由な選択によって、障害者自身の自立生活へ向けた取り組みが制度として保障されるよう、今後の行政の積極的な取り組みを期待したい。

4 障害者のケアマネジメントシステム

 当然のことではあるが、障害者の生き方、生活の仕方は多様である。すでに地域社会の中で自らの力で生活している者、今後そうした自立生活を志向する者、入所施設での生活や家族との同居生活を望む者、それぞれ多様な障害者が存在する。障害者のケアマネジメントシステムでは、かかわる人や手続きの過程で介護保険制度では律し得ない多様な対応が必要であり、多くの課題が生ずる。
 以下、主要な課題について検討してみたい。

(1) 対象者

 すでに自らの力で生活技術を身につけ、自立生活を送っている障害者については、いわゆるセルフケアマネジメントを行っているため、原則として、ケアプランの作成等ケアマネジメントの必要性はない。
 たえず変化するサービスに関する情報を容易に入手できる体制づくりと、利用サービスに係る苦情処理システムの制度化等の対応が今後必要となろう。
 なお、家族等との同居での生活継続を望む障害者については、本人や家族の希望により、高齢者の場合と同様なケアマネジメントの実施システムを相談機関の業務としていくことで十分であろうと考えられる。
 主要な対象者は、これから独力で地域社会の中で自活していくことを望む障害者である。これらの人たちは、必要なサービスを利用する力や具体的な生活技術を身につけていない場合が多い。早期にセルフケアマネジメントができるように支援していくとともに、当面必要なケアプランを利用者とともに作り上げ実行を見守る専門相談援助機関及び相談員についての地域社会における体制整備が必要である。

(2) 専門相談員

 障害者の自立生活支援のための相談援助にあたる専門相談員については、介護保険制度とは異なり、現在のところその任用について資格試験は予定されていない。
 障害領域での実務経験を有する者に対する短期間の研修終了者が介護支援専門員として任用される予定である。
 障害特性を理解し、職業倫理とともに高度な専門援助技術を身につけ、ケアマネジメントを行う専門相談員については、たとえば精神保健福祉士のような養成システムと資格制度を必要とするものと考える。
 また、たとえこのような専門職者を確保できたとしても、利用する障害者側には、専門職主導型でケアマネジメントが行われやすいとする警戒感がある。さらには、たとえば、障害に適合する住宅の具体的な確保や機器の利用、及び公的な多くのサービスの具体的な利用方法の修得等細部にわたる生活技術面については、経験を有しない健常者のケアマネージャーの支援のみでは不十分である。
 自ら自立生活を送っている経験豊かなそれぞれの障害領域の障害当事者相談員の併用が、どうしても必要となるものと考えられる。
 また、障害当事者相談員の主要な役割として、利用障害者を精神的に勇気づけ、エンパワーしていくピア・カウンセラーとしての機能が最も期待される。

(3) 評価(アセスメント)システム

 介護保険制度において予定されている要介護度認定のための一次判定調査は、85の項目からなり、主としてADL面を中心に調査され、介護必要時間が計算され判定されるシステムとなっており、加えて二次判定資料として、かかりつけ医の意見が求められている。また、制度上予定されているホームヘルプサービスの内容は、身体介護と家事援助である。アセスメントについては、社会生活全般にわたる活動支援の視点がほとんど盛り込まれていない。いわば、医療モデル型といっても過言ではないものと考えられる。
 これに対して、障害者の自立生活を支援するケアマネジメントの視点は、社会生活全般にわたり活動支援を行う社会生活モデル型でなければならない。おのずから、アセスメントの領域も広範であり、提供される介護等サービスの内容も多様かつ広範でなければならない。

(4) 参加保障の手続き過程における具体化

 ケアプランについては、利用者本人が作成することを原則とし、作成能力が十分ではなく利用者が作成を依頼する場合であっても、可能な限り、選択可能な複数以上のサービスの組み合わせによるプランの提示を原則とすべきである。
 また、特に複数の専門職、関係機関によるケアカンファレンスを必要とする場合は、単に結果について本人の同意を求めるだけでは不十分であり、手続きの全過程において主体的当事者として利用者本人及び必要な場合は、サポーター(支援者)がメンバーシップをもつことが必要である。

5 おわりに

 全身性障害者の例を中心に、今後の身体障害者ケアサービス体制整備に係る主要な課題について、介護保険制度と比較しながら概観を試みた。昨年6月の厚生省の指針案については、障害者の特性について十分配慮したものとはなっていないとして、障害当事者の評価は高くはない。
 今後の区市町村のモデル試行について、東京都の検討委員会の答申に基づく勇気をもった実行がなされ、今後その結果の検証が十分行われることを期待したい。
 なお、知的障害者に対する対応については、基本的には同一の考え方でまとめられたが、資源量の絶対的な不足解消、権利擁護制度との連携確保等の点が指摘されていることを付言しておきたい。

(よしだあきら 淑徳短期大学社会福祉学科)


〈参考資料・文献〉

1 「平成10年度東京都障害者ケアサービス体制整備検討委員会報告書」、1999年3月
2 「障害当事者が提案する地域ケアシステム」ヒューマンケア協会、1998年1月
3 「当事者主体の介助サービスシステム」ヒューマンケア協会、1999年1月