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ゆっくり生きる

佐野武和

 2人いる娘が摂食障害を起こしている。2人とも同じ高校に通い、同じクラブに在籍している。半年前から急激に姉のほうから痩せはじめ周囲を驚かせた。内科や神経科のクリニックにも通いだした。そしていま妹までも痩せはじめたのだ。とにかく食べない。部屋にこもっていることが多く、食事の時はまるで幼児のように泣きわめくだけだ。私はといえば、狼狽するだけで、何も彼女たちにしてやれないでいる。
 これまで、私自身は障害当事者としていろんな活動を続けてきたし、説教も講演までもやってきた。その自分の生き様が崩れる思いでいる。
 これまでの放ったらかしの子育ての罪滅ぼしのように、娘と出かけることが多くなった。彼女たちの希望にかなうところは都会のショッピングゾーンであったり、おおよそわたしには、娘同伴で歩くのがちょっぴり気が引ける場所ばかりだ。ところが私自身、ゆったりとした気持ちになれるのも事実だ。さしあたっての課題から逃れ、娘と同じ時間を過ごしている自分が大切なのだと感じるのだ。彼女たちは大学受験という人間選別のシステムから逃れたいと思い苦しみ、人を蹴落として生きていくことに身をもって抵抗している気がしてきたのだ。
 壁にぶつかった時、自分で解決していくたくましさに欠ける育て方をしてしまった責任は親である私自身にある。「障害をもった父」という娘の作文が入選したことをひそかに喜んでいたけれど、少し背伸びをした娘に「無理するな」と声をかけずにいたことも、今になって反省する一つだ。
 弱い人たちはどこにでもいる。学校に行けなかったり、食べることができなかったり、あまりにも身近なところでそれを発見したのだ。
 天然酵母のパンの店を、長浜の駅の近くに手づくりで出した。北陸線米原から三つ目の田舎の駅だ。ふつふつと自家製酵母で時間をかけて発酵したパンは私たちにふさわしい。急いでもだめだ。負け惜しみではないけれど、飛ぶようにたくさん売れても困るのだ。ゆっくり、ゆっくりやっていこうと思う。

(さのたけかず 自立生活センターCIL湖北)