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ハイテクばんざい!

知的障害をもつ人のための
シンボルコミュニケーション

高原淳一

コミュニケーションとQOL

 知的障害をもつ人たちのQOL(Quality of Life:生活の質)をどう高めていくかは、さまざまな議論があるところです。レベルの高い介助力やADL(Activity of Daily Living:日常生活動作)の獲得もそのアプローチの一つですが、より重要な要素として近年、注目されているのがコミュニケーションの保障です。たとえレベルの高い介助が得られてもどのような介助をしてほしいのか、また自分で食事ができても何を食べたいのかを表現できなければ、それは受け身的な生活であると言わざるを得ません。つまり、自己決定こそがQOLを高めるとの認識から、そのためのコミュニケーション能力が求められるようになったのです。
 知的障害をもつ人の中には、音声言語の理解・表出に困難をもつ人も少なくありません。その結果、ある人は直接行動でしか気持ちを表現できないかもしれませんし、ある人は分かってもらえないストレスから自傷やパニックのような問題行動を起こしてしまうかもしれません。このような場合、従来は「とにかくしゃべれるようにしよう」という傾向が強く、言語指導などによる発話訓練が一般的でした。しかしこれでは、しゃべれるようになるまでのコミュニケーションは保障されないままです。訓練ももちろん重要ですが、より大切なのは、彼らの今のコミュニケーションをどう保障し、コミュニケーションすることの楽しさ、便利さをどう経験してもらうかにあると思います。
 自立生活運動先進国である米国では、このような視点から、障害をもつ人たちのコミュニケーション支援技術に関する研究が盛んに行われています。この研究領域はAAC(Augmentative and Alternative Communication:拡大代替コミュニケーション)と呼ばれ、日本でも少しずつ広がりを見せています。その中でもよく使われている支援技術が「絵」を用いたコミュニケーション、つまりシンボルコミュニケーションです。

シンボルを使ったコミュニケーション支援

 シンボルとは、対象となる事物を分かりやすく表現した「絵」のことで、ピクチャーシンボルとかコミュニケーションシンボルとも呼ばれています。このような方法による情報伝達は何も特別なものではなく、私たちの生活の中にも実はたくさんあります。たとえば街でよく見かける道路標識やトイレの案内などがその例で、情報をできるだけ分かりやすく他人に伝えるための手段として、文字や音声だけでなく、シンボルという視覚的な手段を、私たちはうまく利用してきました。
 では、シンボルがコミュニケーションの中で実際にどのように利用されているかを、いくつかのケースを通してご紹介しましょう。
 A君は自閉的な傾向をもつ13歳の男児です。簡単な単語は話せますが、自分がほしいものがあるとすぐ手に取ろうとしてしまうため、周りの人から悪く誤解されることもあります。そこで「人に伝える」ことと「要求が満たされる」ことの因果関係をはっきりさせるため、彼がほしがるもの(「ジュース」とか「コンピュータ」など)のシンボルカードを作り、そのカードを人に見せる(渡す)ことで要求を伝えるという練習を始めました。カードを介したやりとりを繰り返し経験する中で、彼は複数のカードの中から任意のカードを選んで周囲の人に渡せるようになってきました。この方法では、コミュニケーションしようとする人をきちんと意識してその人にカードを渡すという具体的行動が伴うため、不安定な音声言語での伝達よりも要求が明確化されやすいと言えます(図1)。

図1 シンボルは音声言語と同じようにコミュニケーションのクッションとなる

図1 シンボルは音声言語と同じようにコミュニケーションのクッションとなる

 B君は、自閉的な傾向をもつ中学3年生の男児です。発話はありませんが言語理解能力は高く、簡単な働きかけに対しては電子手帳を用いて返答することができます。彼は行動の見通しをもつことが苦手で、今の活動をいつまでやるのか、終わったら次は何をするのか、ということに対して強い不安をもつことがあります。言葉で彼に教えてもどうも納得できない様子です。そこで、これからやることなどをシンボルで表し、それを順番に並べて提示してあげることで、彼が視覚的に活動の流れを理解できるようにしました。こうすることで、B君は並べられたそのシンボルを自分で確認しながら、安心して活動に取り組めるようになりました。このような方法は、自閉症の治療教育プログラムとして有名なTEACCHプログラムの中でも使われています(図2)。

図2 シンボルで見通しを立てることができる

図2 シンボルで見通しを立てることができる

 Cさんは知的障害をもつ18歳の男性です。発話は全くありませんが、人と話をすることは大好きで、小さなころから独自に編み出したサインを使って自分が経験したエピソードや要求などを伝えていました。しかし、この方法では相手の人がそのサインを理解してくれることが前提となり、そのため彼のコミュニケーションの範囲は必然的に狭められていました。そこで、彼のサインをだれもが理解しやすいシンボルという形に直し、話題ごと(「○○に行った」「××を食べた」など)のシンボルボードを作りました。彼がシンボルボードを使って話をすることで、いろいろな人に自分の話を理解してもらえるようになり、コミュニケーションできる人の範囲も大幅に広がりました。彼は今では、話題シンボルがたくさん収録されたシンボルブックを持ち歩いています(図3)。

図3 シンボルは共通のコミュニケーションメディアになれる

図3 シンボルは共通のコミュニケーションメディアになれる

 これらのケースからも、シンボルが人と人とのやりとりを結ぶ重要な道具になっていることが分かります。現在、米国では約20種類のシンボルが市販されており、そのうち日本では、PICやPCSのようなシンボルがよく使われています(図4)。

PIC

Maharajによってカナダで開発されたシンボルで、藤澤らにより日本語化されました。シンボル数は424個です。PICはシンボルが黒地に白抜きで表示されているのが特徴で見やすくなっています。『PIC-DIC』というコンピュータソフトウエアを用いることで、キーワードからシンボルを検索し、簡単にコミュニケーションボードを作ることができます。

PCS

Johnsonによってアメリカで開発されたシンボルです。3000以上というシンボル登録数が特徴で、世界でもっとも広く使用されているシンボルの一つです。『ボードメーカー』というコンピュータソフトウエアを用いることで、キーワードからシンボルを検索し、簡単にコミュニケーションボードを作ることができます。

図4 PICとPCSの例(PICは引用文献1より引用)

PIC PCS
こんにちは 絵 白い手 絵 手をふってる
買い物 絵 レジをしている 絵 買い物カート
ハンバーガー 絵 白いハンバーガー 絵 ハンバーガー
ほしい 絵 親子が手をつなぎ 子が者をゆびさす 絵 棚の上の者を 両手とる
あるく 絵 人が歩く 絵 人が歩く


まとめ

 最後に本稿のまとめとして、シンボルを使ったコミュニケーションに関係する問題について、いくつか指摘しておきたいと思います。

手段さえあれば……の間違い

 シンボルという手段を提供しさえすれば、すぐコミュニケーションがとれるようになるかというとそうではありません。コミュニケーションの意欲や技術は、実際にコミュニケーションを経験していく中でこそ高まっていきます。つまり、シンボルを使ったコミュニケーションの練習の場を、日常生活の文脈の中でこちらがどれだけ提供できるかが大きなポイントとなるのです。

複数の手段を獲得する必要性

 さまざまなコミュニケーション手段はそれぞれ一長一短で、一つの手段だけですべての場面をカバーできるわけではありません。たとえば、離れた所にいる人をシンボルカードで呼ぶことは困難であり、そのような場合は、ベルや音声出力装置のようなものでその人の注意を引くということが必要でしょう。つまり、一つのコミュニケーション手段に固執するのではなく、複数の方法を身に付け、それらを場面に合わせてうまく使い分けていくことが大切です。

シンボルは音声言語獲得のための道具か?

 シンボルなどの手段が、音声言語獲得のための道具として用いられることがあります。もちろん結果として、音声言語の獲得につながるケースもありますが、しかし、シンボルを利用する第1の目的は、できるだけ負担の少ない方法でのコミュニケーションの保障にあると考えます。形にこだわるよりも、楽しいコミュニケーション場面をたくさん経験させてあげることのほうが大切ではないでしょうか。
 知的障害をもっていても言いたいことは山ほどあるはず、周りの人とコミュニケーションをしたがっているはず。シンボルが、そのような彼らの思いを少しでも簡単に表現できるための手段になってくれればと思います。

(たかはらじゅんいち 香川大学大学院教育学研究科)


【引用文献】
1 藤澤和子、井上智義、清水寛之、高橋雅延著『視覚シンボルによるコミュニケーション:日本版PIC』ブレーン出版、1995

【参考文献】
1 中邑賢龍著『AAC入門』こころリソースブック出版会、1998
2 中邑賢龍編『コミュニケーションのための小さなヒント』こころリソースブック出版会、1997
3 中邑朋子、松原華子訳『PCSガイド』アクセスインターナショナル、1998
*これらの書籍は、下記にお問い合わせください。
●こころリソースブック出版会
  TEL 050-754-8525
●株式会社アクセスインターナショナル
  TEL 03-5248-1151

【紹介した製品の問い合わせ先】
『PCS』『ボードメーカー』
  株式会社アクセスインターナショナル
  TEL 03-5248-1151
『PIC-DIC』
  五大エンボディ株式会社 
  TEL 075-672-8400