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フォーラム’99

知的障害のある人のための
「わかりやすい本」製作活動の動き

武居光

はじめに

 知的障害のある人に「読みやすい本」を作る活動がある。漢字にふりがなをふるだけではない。文章をわかりやすくする方法としてたとえば、
●長文は避け文章は20字程度の短いセンテンスで構成する
●専門用語はできるだけ使わない(過労→はたらきすぎ)
●形容詞や副詞は制限する(見事なまでに完成された建物→よくできた たてもの)
●二重否定形は使わない(…できないことはない→…である)
●イラストや写真を文章と同じように大切にする
などである。
 このようにすれば知的な障害がある人の何割かは、自分で本を読むことができる。また読めない人の何割かは、だれかに読んでもらえば理解することができる。
 このような試行と手応えから、わが国で「わかりやすい本」が本格的に出版・販売されるようになったのは90年代になってからだ。この10年たらずの間に20冊近い本が出た。それほど多いとはいえないが、そのほとんどは出版を専門にしている会社からではない。知的障害児者の親の会「社会福祉法人全日本手をつなぐ育成会」が採算を度外視した形で出版している。
 主な本は表1の通り(店頭販売はしていない。注文はTEL03-3431-0668・FAX03-3578-6935へ)。

表1 わかりやすい本

★自立生活ハンドブックシリーズ(毎年1冊発行)

「ひとりだちするあなたに」(地域生活の案内とアドバイス)
「わたしにであう本」(知的障害とは何か。援助者向けテキスト付き)
「ほうりつの本」(知的障害のある人の権利と生活を守る法律)
「からだ!!げんき!?」(からだの仕組みと健康管理)
「ぼなぺてぃ・料理の本」(写真だけのクッキングブック)
「すき」(写真集)
「いや」(セクハラにどう対処すべきか)
「食(しょく)」(料理本の第2集)
「全日本育成会・岐阜大会本人部会・決議文」(98年大会の要望文)

★本人の編集による本

「元気のでる本」シリーズ(毎年1冊発行)
「かがやくみらい」「家族へのてがみ」ほか数冊

★海外情報関係

「よくわかる北欧の本人活動」(96年北欧会議参加報告)
「ともにつよく」(98年世界大会本人部会報告)
「こくさいれんごうによる わたしたちのためのきまり」(翻訳)

★みんながわかる新聞

「ステージ」年4回(毎日新聞記者の協力による編集)


 私はその全日本育成会事務局の熱心な編集担当者鈴木伸佳氏に協力してきた立場だが、読者層が限られ、また製作には意外に手間がかかるため出版社からみると「市場化」しにくい領域であるようだ。しかし視覚障害者に点字が、聴覚障害者に手話があるように、知能に障害のある人の生活と尊厳のためには「わかりやすい本や新聞」は水や空気のように必要であり、採算性が悪ければ公費で支えられるべき活動ではないか、と考えている。

The Center for easy-to-read(イージーリードセンター)の活動

 このように考えるきっかけをつくったのは、かなり以前から「おしまコロニーはまなす寮」(函館)の職員が退寮生にわかりやすいが核心をついた「自立をめざして―生活(人生)の手引き書―」を自家出版していた小さな実践と(この冊子は表1の「ひとりだちするあなたに」に姿を変えている)、世界的に類を見ないスウェーデンの“The Center for easy-to-read”の活動であった。
 92年にダスキン海外研修でスウェーデンの知的障害児者親の会(FUB)に訪問した時、親の会は本人向けの雑誌「ステーゲット」を発行していた。その内容は、各地に住む知的障害のある人の意見を写真とともに紹介したり、今の問題を共有するような内容だった。親たちは本人たちを理事に招き、「自己決定にはわかりやすい情報が必要」「市民になるということは、情報を共有すること」という明確な認識をもつようになっていたし、さらに政府はそれを支持する証として活動に補助金を出していたのである。そのお金で親の会は文章の専門家を置き、月刊誌以外にも、さまざまな図書を本人向けにわかりやすくリライトしたり製作していた。
 96年に「北欧圏知的障害者会議」(フィンランド)に参加した時に、4年ぶりに再会したその専門家キッテ・アルビデセンさんから渡された名刺は「わかりやすい本財団・The Center for easy-to-read」となっていて、若いスタッフも増え、仕事はますます盛んに行われているようであった。たとえば「8ページ」とよぶ週刊新聞の発行。EU参加に対する国民投票のための「わかりやすい資料」の作成。写真だけで構成する料理や恋愛やアウトドアの本。きれいな新刊案内のカタログ。読者にプレゼントされるかわいい傘やバッジなどの販促グッズ。北欧諸国の中でも、こうした本格的な情報提供活動があるのはスウェーデンが群を抜いているらしく、会議場の一角に設けられた展示コーナーには、人だかりができていた。

その哲学

 98年に「世界育成会本人会議」(オランダ)に参加した時にも、物静かなキッテさんはまた新しい資料をもって会場にいた。彼女が作ったセンターの新しい四つの紹介文(表2)をお土産にいただいた。センターの哲学をよく表している。

表2

◆We are proud of our small vocabulary.
  私たちは、わずかな言葉しかもっていないことを誇りに思う

◆We hate the word transcend and 29061 other difficult words.
  私たちは、理解を超える言葉、そのほか29061もの難しい言葉が嫌いである

◆Our texts are:expressive,compassionate and imaginative but without words like expressive,compassionate and imaginative.
 私たちの本は、表現豊かで、情感あふれ、想像をかき立てる。そうした言葉は一切使わずに

◆Exorbitant usage of advanced vocabulary leads only to the detonation of cognition and simple and congruent words used in appropriate context are what is left in cerebral storage.
  難しい言葉の過剰な使用は、認識を混乱させるだけであるが、単純で適切な言葉によって書かれたほどほどの文章は、思索の蓄積の中に生き残る


センターの壁に貼られていたコピー

We are proud of our
small vocabulary.


Our job is to make newspapers and books
that are easy-to-read and easy to understand.

That is why we write in simple Swedish

We publish everything from the newspaper 8 SIDOR
to detective stories and poetry.

Do you know anyone who needs an easy to read
newspaper or books that are easy to understand?

Call the Centre for Easy-to-Read.08-640 70 90


Easy to Read + Easy to Understand


THE CENTRE FOR EASY-TO-READ
BOX 4035,102 61 STOCKHOLM,SWEDEN,WWW.LLSTIFTELSEN.SE


文化的背景と文化的挑戦

 スウェーデンがこうした援助を発展させてきた理由には、1年のうち半年は室内で過ごす生活があり読書が占める割合が高いことや、リンドグレーン(代表作『長くつ下のピッピ』)やラーゲルレーフ(同『ニルスの不思議な冒険』)などの文学が児童文学という枠組みではなく、国民文学としてあるという文化的背景と無関係ではなさそうな気がする。センターには、専門スタッフのほかに数人の「本人モニター」がいて、彼らはセンターの出版物を評価したり、宣伝する役割を担っている。北欧会議の分科会で3人のモニターが司会者のインタビューで活動紹介をしていた。

モニター:私は子どもの頃は本が大好きでした。しかし大人になってからは読まなくなりました。
司会者:どうしてですか?
モニター:子どもの頃は、お母さんが子どもの本を読んでくれましたが、大人になると、読める本もないし、読んでくれる人もいないからです。
司会者:読みやすい本と出会って、どうですか。
モニター:私にも読める本がたくさんあって、再び読書が好きになりました。私は今まで読んだ中では『赤い靴』が一番好き。それから「8ページ」は必ず読みます。

 ジャーナリストであると胸を張る「8ページ」のライターの発言を聞くと、「わかりやすい文章にするのに一番手を焼くのが政治家の発言よね」とニヤリとした。ベストセラーになった小説は作家に「わかりやすい本」にリライトしてもらうよう依頼することもあるそうだ。その結果、原作よりもさらに文学的になることもあるという。この活動が、専門家や政治家によって築かれる「権威」に対する政治的、文化的挑戦という側面ももっていることをうかがわせる。平等や民主主義を希求する者には、どんなにか魅力的な仕事であろう。
 最後にわが国の例を紹介したい。昨年、岐阜県で開催された全日本育成会全国大会本人部会では、出生前診断について話し合い、その翌日に親の会、行政、マスコミに向けて発表された決議文には以下のような簡潔、明瞭な一文が含まれ、私たちの混乱を見事に静める力があった。

 おなかの赤ちゃんの障害がわかると生まないようにする出生前診断をやめてほしい。
 私たちは、「障害者は社会からいなくなればよい」という考え方に反対する。
 その考えは障害者をいためつける。
 (98年度本人部会決議文より)

(たけいこう 小児療育相談センター・「手をつなぐ」編集委員)