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生涯スポーツの実践と課題

高橋明

1 障害者と生涯スポーツの動向

 21世紀に向けて、スポーツをめぐる社会環境の変化が予測される中、わが国においても、性別・年齢・障害のいかんにかかわらず、すべての国民が生涯を通じてスポーツに親しみ、楽しむことのできるようにスポーツ環境を整備し、スポーツへの積極的な参加を促す「みんなのスポーツ:Sports for all」の理念が政治課題にもなっている。
 厚生省は、障害者施策におけるスポーツの意義と位置付けとして障害のある人にとってのスポーツは、
1.リハビリテーションの手段であるとともに、2.障害者の健康増進や社会参加意欲を助長するもの、3.障害や障害者に対する国民の理解を促進するものとして、非常に有効なものと位置付け、障害者の自立と社会参加の促進に寄与するとして、できる限り多くの障害者がスポーツに参加できるように関連施策を推進してきた。
 その施策の一環として、障害者対策推進本部は、平成5年に、「障害者対策に関する新長期計画」を発表し、「スポーツ、レクリエーション及び文化活動への参加機会の確保は、障害者の社会参加の促進にとって重要であるだけでなく、啓発活動としても重要である」と述べている。また、平成7年に策定した「障害者プラン」の中でも生活の質(QOL)の向上をめざすためのスポーツ、レクリエーションの振興を大きく取り上げている。
 これを基に、総理府が平成9年の「障害者白書」の中で、障害者スポーツに焦点を当て、障害者のスポーツとレクリエーションの必要性を述べている。この流れの中で、平成10年3月に開催された長野パラリンピックが、国民に大きな感動を与え、障害者のスポーツが国会の場でも幾度となく論議され、平成10年6月の補正予算により、300億円の「障害者スポーツ支援基金」が創設された。
 また厚生省は、文部省、学識経験者、パラリンピック代表選手等を招集して「障害者スポーツに関する懇談会」を設置し、障害者と生涯スポーツの今後の方向性を示す報告書が、平成10年6月に提出されたところである。
 文部省においても、平成9年「保健体育審議会答申」で「スポーツと生涯にわたるスポーツライフの実現」という項目の中で「…(略)…障害のある人とスポーツの関わりは、福祉の観点にとどまらず、各自の障害の種類、程度や体力等に合わせてスポーツを楽しんだり、競技力及び記録の向上を目指した取り組みなど多様化しつつあり、これらのスポーツのニーズにも適切に対応していくことが必要である」とまとめている。
 このように、厚生省、文部省ともに21世紀に向け、スポーツのもつ利点を活用し、生きがいのある充実した生活を送ることができるように、生涯を通じたスポーツの振興が勧められている。

2 障害者と生涯スポーツの実践

(1)障害者のスポーツのとらえ方

 「障害者スポーツという特殊なスポーツはない。障害のためにできにくいことがあるだけである」という理念のもと、一般にスポーツは、年齢・性別・体格・体力・技術等の違い(ハンディ)によって用具やルールを工夫しながら行われている。
 たとえば、バレーボールでは、中学生と大学生とではネットの高さとボールの大きさが違っている。
 スポーツそのものは、自然な遊びの中から生まれてきたものが数多くあり、一人ひとりに合わせた工夫によって、子どもから大人まで同じスポーツを楽しむことができるわけである。
 障害者のスポーツも、その障害(ハンディ)に応じて用具やルールを工夫することによっていろいろなスポーツが可能となる。
 パラリンピックの創始者、グッドマン卿が残した「失った機能を数えるな、残った機能を最大限に生かせ」の言葉どおり、「何ができないか」ではなく「何ができるか」ということに視点を向けることが大切であり、それが、障害者とスポーツをより身近なものとするきっかけづくりになると考える。

(2)障害者と生涯スポーツの意義

 わが国の障害者のスポーツは、リハビリテーションを主な目的に、医療スポーツとして歩み始めてほぼ三十数年が経過したが、生涯スポーツとして障害者がスポーツに取り組むようになったのは最近のことである。その中には、健常者と同じように健康の維持増進のため、あるいはレクリエーションや競技としてスポーツに親しんでいる人も多く、また、障害を少しでも軽くしようと医療の手段にスポーツを活用している人も少なくない。
 私の勤める大阪市長居障害者スポーツセンターは、昭和49年5月に、大阪市が全国に先駆けて、在宅の障害者を対象に「いつでも、1人で行っても、指導者や仲間がいて、いろいろなスポーツに親しむことができるスポーツ施設」として開設、今年で25周年を迎えた。
 年間の利用者は、延べ24万人を数え、多くの障害者の憩いの場となっている。障害者は受付で障害者手帳を提示するだけで、自分の意志で自由にスポーツができるシステムをとっており、障害者の自立促進と生涯スポーツのための理想的な施設として運営されている。
 利用者の主な利用目的(平成4年調査)は、
●障害を少しでも軽くする機能訓練のため(29%)
●レクリエーションとして(17%)
●健康の維持増進のため(25%)
●スポーツ(競技)の上達をめざして(7%)
●文化活動や話し相手を求めて(22%)
となっているが、最近の傾向としては、レクリエーションとして楽しむためにスポーツセンターを利用する人も増えている。
 このように、障害者のスポーツに対する意識もリハビリテーションの延長という考え方から日常生活の中で楽しむスポーツへと広がりをみせている。この意味からも、健常者にとってのスポーツの意義と障害者にとってのスポーツの意義は、一体化してきたものと言える。

【事例】夫婦でスポーツを楽しむ

 妻は、交通事故が原因で車いすに乗っています。その妻に、車いすテニスの新聞記事を見せたことから、彼女がスポーツをするきっかけになりました。事故後、家に閉じこもりがちであった彼女が、今では海外にまで試合に出かけます。そして、私自身もテニスが好きだったことから2人でよくテニスをするようになり、事故後途絶えがちであったコミュニケーションも、テニスのおかげで共通の話題ができ楽しく過ごしています。
 先日、開催された車いす使用者と健常者がダブルスを組む、ニューミックステニス大会には、妻とペアを組んで出場し、2人の子どもの応援もあり準決勝戦まで勝ち進むことができました。その時の妻と子どもの笑顔を見ていると、健常者と共に楽しむことができるスポーツが、家族の絆と生きがいにつながっていることを実感しました。

 これは家族で長居障害者スポーツセンターを利用するTさんの声である。彼女のように中途障害者が受傷後、スポーツを始めようとした時に「継続しようとする意欲を喚起する」ことが大切で、「継続は力なり」が社会復帰の第一歩と考える。特に脊髄損傷者にとってのスポーツは、尿路系などの二次的な疾病の予防にも役立っており、日常生活に密着したスポーツ活動が「最も自然なリハビリテーション」となっている。

3 障害者と生涯スポーツへの課題

 一般に、スポーツ振興の柱として、「施設の充実」「指導者の育成」「組織化の推進(仲間づくり)」「情報の提供」があげられる。中でも、施設、設備の充実は急務であり、学校と企業によって支えられてきたわが国の体育・スポーツの現状においては、大きな課題となっている。特に、障害者がスポーツを生活の中で楽しむことができるようにするためには、市町村よりもさらに身近な地域で、障害者も健常者も共にスポーツを楽しむことができるような機会を設けることや、地域にある公共的なスポーツ施設の利用を容易にすること、また地域における障害者のスポーツ指導者を養成して、スポーツ施設に配置すること等が、生涯スポーツの振興に必要であると考える。
 最近、建設されるスポーツ施設は、障害者の利用を考えて設計されている場合も多くみられるが、心理的・社会的側面からみて、必ずしも障害者にとって利用しやすい施設とは言えないのが現状である。現時点ではまだ、障害者の利用を中心に考えて建設したスポーツ施設(障害者スポーツセンター等)が必要であり、このことがわが国のスポーツ施設の問題であると言える。また、障害者と生涯スポーツを考えた場合の大きな課題ともなっている。

4 障害者と生涯スポーツの方向性

 わが国の場合、スポーツ振興は文部省の指導の下で進められてきたが、障害者のスポーツ振興については、厚生省の施策で推進されてきた。
 その施策の中で、障害者が生活の中で楽しむスポーツを振興していくには、以上述べてきたように、身近な地域でのスポーツ活動が容易でなくてはならない。そのためには、厚生省と文部省が協調してスポーツ施策を推進していくことが必要であり、両省が定期的、継続的に協議する機会を設けることによって、その連携をいっそう強め、行政として生涯スポーツを積極的に推進していくことができると考える。また、各都道府県の福祉センターや障害者スポーツセンター、学校や地域のスポーツ施設が連携をとり、情報交換や情報提供をすることも生涯スポーツの振興につながると考える。
 最後に、21世紀に向け、障害者が明るく豊かな生活が保障され、身近な地域でスポーツを継続していける環境が整えられることを期待している。

(たかはしあきら 大阪市長居障害者スポーツセンター主幹)


【参考文献】
1 SSF笹川スポーツ財団「スポーツ白書」1996
2 厚生省「障害者スポーツ懇談会報告書」1998
3 総理府「平成9年障害者白書」1997
4 藤原進一郎編著『障害者とスポーツ』大阪身体障害者スポーツ振興会、1997
5 野村一路・他『21世紀を見据えた障害者スポーツの在り方』日本身体障害者スポーツ協会、1998
6 藤原進一郎『生涯スポーツ論』大阪身体障害者スポーツ振興会、1997