フォーラム’99
手話通訳士養成の新しい展開
―手話通訳学科新設―
植村英晴
手話を使うテレビドラマが高い視聴率となり、手話ニュースがNHKで毎日放送されるなど、手話は多くの人に知られるようになりました。しかし、この手話で通訳をする人の数はまだまだ不足しています。特に、手話通訳の知識や技能が公的に認定された手話通訳士は不足し、この資格をもつ人が数人しかいない県もあります。このような状況では、病院や職場、学校などで手話通訳を必要とする人々に十分な通訳サービスを提供することはできません。したがって、この手話通訳士の不足を克服するための新たな動きが出てきています。
1 手話通訳士認定試験の現状
わが国の手話通訳士認定制度は、厚生大臣告示により平成元年から開始されました。社会福祉法人聴力障害者情報文化センターが試験実施法人として、現在まで10回試験が実施されています。受験者と合格者の状況は、表1のとおりです。
表1 手話通訳士認定試験の受験者と合格者
受験者(人) | 合格者(人) | 合格者(%) | |
---|---|---|---|
第1回試験 | 1,082 | 197 | 18.2 |
第2回 | 640 | 124 | 19.4 |
第3回 | 541 | 111 | 20.5 |
第4回 | 411 | 81 | 19.7 |
第5回 | 378 | 93 | 24.6 |
第6回 | 430 | 70 | 16.3 |
第7回 | 510 | 74 | 14.5 |
第8回 | 606 | 57 | 9.4 |
第9回 | 619 | 86 | 13.9 |
第10回 | 726 | 71 | 9.8 |
合計 | 5,943 | 964 | 16.2 |
受験者は、5回目までは減少していますが、6回目より増加に転じています。合格率は、9%から24%まで多少変動していますが、全体の平均は約16%で、6人に1人が合格している状況です。
この試験合格者を都道府県別に整理すると、表2のとおりです。手話通訳士認定試験の都道府県別合格者を見ると、東京都が237人と一番多く、次に神奈川県が98人、埼玉県が58人、大阪府55人、京都府53人の順になっており、大都市に合格者が集中していることが分かります。
表2 手話通訳士認定試験の都道府県別合格者
都道府県 | 合格者 |
---|---|
北海道 | 32 |
青森県 | 13 |
岩手県 | 3 |
宮城県 | 13 |
秋田県 | 5 |
山形県 | 2 |
福島県 | 14 |
茨城県 | 7 |
栃木県 | 5 |
群馬県 | 19 |
埼玉県 | 58 |
千葉県 | 17 |
東京都 | 237 |
神奈川県 | 98 |
新潟県 | 6 |
富山県 | 8 |
石川県 | 12 |
福井県 | 4 |
山梨県 | 6 |
長野県 | 15 |
岐阜県 | 9 |
静岡県 | 12 |
愛知県 | 25 |
三重県 | 17 |
滋賀県 | 4 |
京都府 | 53 |
大阪府 | 55 |
兵庫県 | 36 |
奈良県 | 14 |
和歌山県 | 16 |
鳥取県 | 5 |
島根県 | 5 |
岡山県 | 14 |
広島県 | 16 |
山口県 | 8 |
徳島県 | 7 |
香川県 | 6 |
愛媛県 | 25 |
高知県 | 5 |
福岡県 | 21 |
佐賀県 | 2 |
長崎県 | 11 |
熊本県 | 10 |
大分県 | 7 |
宮崎県 | 8 |
鹿児島県 | 11 |
沖縄県 | 4 |
合計 | 964 |
2 手話通訳士認定制度の課題
手話通訳士認定制度の開始は、聴覚障害者のコミュニケーションの確保、社会参加の促進に多大な貢献をしましたが、この認定試験の実施を通して次のことが明らかになりました。
すなわち手話通訳は、歴史的に聴覚障害者の福祉や教育に携わる人たちがボランティアとして行ってきましたが、体系的・組織的に教育を受ける機会がありませんでした。そこで平成2年から、国立身体障害者リハビリテーションセンターで手話通訳者の養成が始まり、ようやく体系的な教育がなされるようになりました。しかし、この養成コースの定員は10人で、全国的な需要に応えられるものではありませんでした。このような理由もあって、試験全体の合格率は約16%と低くなっています。
手話通訳制度調査検討委員会が報告書で示した、早急に2,000人の手話通訳士を確保する、という目標がなかなか実現できない状況にあります。この目標を達成するためには、手話通訳士養成機関の充実が喫緊の課題となっています。
3 手話通訳士養成の新たな展開
このような手話通訳に対する要望に応えて、手話通訳士を確保するために新たな取り組みが最近行われています。
まず第1に、厚生省は、1998(平成10)年4月から『「障害者の明るいくらし」促進事業実施要綱』を改正し、手話奉仕員養成事業を「手話奉仕員養成事業」と「手話通訳者養成事業」に分けるとともに、手話通訳者特別研修事業を新たに設けました。そして、手話奉仕員と手話通訳者の養成カリキュラムを示し、手話奉仕員や手話通訳者養成の充実に努めるように、都道府県及び市町村に通知を出しました。
さらに、この養成カリキュラムに基づいて「手話奉仕員および手話通訳者の学習指導要領」が作成され、1999(平成11)年には各都道府県に通知が出されました。この学習指導要領は、養成カリキュラムの基本的な考え方などを示す総則と各課程から構成されています。そして、この各課程は、手話奉仕員養成カリキュラムの1.入門課程、2.基礎課程、手話通訳者養成カリキュラムの1.基本課程、2.応用課程、3.実践課程から成り、それぞれ具体的な目標と内容が示されています。
このように、手話奉仕員および手話通訳者養成カリキュラムと実施要領を示すことで、全国的に統一した養成が行われるようになっています。
第2に、わが国で初めて、学校法人が運営する専門学校に手話通訳士養成のための「手話通訳学科」の設置が認められ、学生の募集が始まったことです。この手話通訳学科は、定員35名で、高校卒業の資格をもった人であればだれでも受験できます。これは、手話や手話通訳に対する学校関係者の理解が格段に広がったことを示しています。
手話通訳を必要とする人々が、今後、必要な時に、質の高い手話通訳サービスを受けられるようにするためには、手話通訳士養成校が整備され、十分な知識と能力をもった手話通訳士が多数養成されることが必要です。そして、この手話通訳士がその能力を遺憾なく発揮し、活躍するための環境条件の整備も必要になってきています。
(うえむらひではる 日本社会事業大学社会事業研究所助教授)