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ハイテクばんざい!

GUI環境と視覚障害者

長岡英司

1 パソコンがもたらした可能性

 パソコンが世の中に登場してから約20年になります。この間、社会の情報環境はめざましく変化しました。パソコンが人々の生活を一変させたと言っても過言ではありません。それは視覚障害者についても同様です。アクセス機器とスクリーンリーダ、そして各種専用ソフトウエアの開発が、視覚障害者のパソコン利用を可能にしました。アクセス機器とは、音声合成装置や点字プリンタ、点字ディスプレイ、表示拡大装置などです。スクリーンリーダは、画面表示をリアルタイムで音声や点字に変換するソフトウエアです。専用ソフトウエアには、音声出力機能を備えたワープロソフトや文書読み上げソフト、自動点訳ソフトや点字エディタなどがあります。それらによって、視覚障害者の生活は大きく変容しました。
 まず、「墨字(目で読む普通の文字)を自分で書きたい」という全盲者の夢がかなえられました。漢字も自在に使えます。弱視者の場合も、手書きに比べて能率が良く、より確実です。
 一方、墨字を読むことについては、パソコンを介して多彩な墨字情報に視覚障害者が自らアクセスできるようになりました。これを実現させたのは、文字読み取り技術の発達や、コンピュータネットワークの普及です。文字読み取りシステムを使って、墨字文書をパソコンにデータとして取り込むことができます。パソコン通信では、個人間の通信文だけでなく、ネットワーク上で広く流通している各種の文章データをパソコンに取り込めます。それらの文章データを音声や点字に変換したり、あるいは拡大表示して読みます。墨字をすべて完全な点字や音声に変換できるというわけではありませんが、ある程度ならば墨字情報を独力で読むことが可能です。
 また、点字の読み書きがパソコン上で行われるようになった結果、点字のもつ種々の不便が改善されました。点訳作業もパソコンの利用で能率が著しく向上し、点字での情報供給が、量的にも質的にも時間的にも飛躍的に進展しました。
 そのほか、パソコンによって、データの処理や管理を独力で能率良く行えるようになりました。たとえば、名簿や出納簿などのデータを、自在に処理し確実に管理することができます。しかも、そうしたデータは、晴眼者と共有できるものです。
 このようなことから、視覚障害者の教育や職業の可能性はさまざまに拡大しました。日常生活での利便も向上しました。さらに、パソコンによるゲームや音楽などで、娯楽の世界も広がりました。

2 Windowsの普及による痛手

 パソコンを作動させるにはOS(基本ソフトウエア)が必要です。パソコンの草創期には、機種ごとに異なるOSが用いられていました。その後1980年代の半ばになると、MS-DOS(以下、DOSという)が世界標準のOSとして定着しました。視覚障害者のパソコン利用は、このDOS上で開花しました。前述したさまざまな可能性をもたらすソフトウエアやハードウエアが開発され、パソコンユーザの数が急速に増加しました。
 しかし、DOSの供給元であるマイクロソフト社は、この間に次世代OSのWindowsを開発しました。Windowsでは、画面上のアイコン(絵文字)やウインドウ(窓)などの図形的な対象をマウスで処理する操作方式が採用されました(図1)。これがGUI(Graphical User Interface)です。主に文字を介して操作するDOSの方式とは基本的に異なります。

図1 Windowsの操作画面

図 Windowsの操作画面

 1995年に発売されたWindows95は急速に普及し、DOSに取って代わって主要OSになりました。WindowsではDOS用のスクリーンリーダは機能しません。そのため、画面表示が見えなければWindowsの操作は難しく、DOSで使っていた視覚障害者用ソフトなどもWindows上では利用できませんでした。加えて、Windowsが世の中の主流になってしまったために、DOS用のソフトウエアやハードウエアは次第に供給されなくなりました。DOS自体のバージョンアップが打ち切られ、Windowsでしか使えないパソコンも登場しました。こうしたことから、視覚障害者のパソコン利用を巡る状況は総体的に悪化しました。

3 Windows用スクリーンリーダの登場

 1996年の11月に、日本語版Windows用の最初のスクリーンリーダ「95Reader」が発売されました。実は、Windowsはキーボードでも操作できます。マウスによる操作に比べるとかなり不便ですが、これによって視覚障害者もWindowsに指示を与えることが可能です。95Readerは、キーボードでWindowsを操作すると、それに対応して、説明のための発声をしたり、画面上の関連事項を読み上げたりします。たとえば、Windowsキーを押下するとスタートメニューが開き「スタートメニュー」と発声します。次に、下向き矢印キーを押すと、そのたびにスタートメニュー内の次の項目に注目が移り、その項目が読み上げられます(図2)。

図2 スタートメニュー

図 スタートメニュー

 1998年の8月には、新たなスクリーンリーダ「PC-TALKER」と、それを既存のDOS用スクリーンリーダと類似の操作体系に改造した「VDM100W」が同時に発売されました。この二つも、キーボードでWindowsを操作することを前提にしています。さらに、マウスによる操作をキーボードで代替する疑似マウス機能が付加されています。
 いずれのスクリーンリーダでも、カレットが現在位置している行を読ませるなど、画面表示の特定の部分を読み上げるよう指示することができます。漢字の読み上げ方には工夫が凝らされており、同音異字を識別できるよう説明読みの機能があります。声の種類や発声の速度、漢字や英単語の読み上げ方など、読みのモードを細かく設定することができます。また、起動中のソフトウエアの数や名称などを、問い合わせに応じて答える機能も用意されています。
 残念なことは、どのスクリーンリーダについても音声化に対応しているソフトウエアが極めて少ない事実です。そのため現在のところ、視覚障害者はまだ一部のソフトウエアしか使えません。
 1999年の9月には、第4のスクリーンリーダ「Out Spoken」が発売されました。これには、音声に加え点字を出力する機能が具備されています。95Readerも、点字出力機能の開発を進めています。

4 パソコン利用の現状

 スクリーンリーダの登場で、視覚障害者もWindowsを操作できるようになりました。スクリーンリーダに対応しているソフトウエアはまだ極少数ですが、ワープロ、文章編集、通信、表計算、辞書検索、文書読み取りなどのソフトウエアの利用が可能です。最近では、DOSからWindowsに乗り換えるユーザや、初めからWindowsでパソコンの利用技術を学ぶ入門者も次第に増えてきました。しかし現在でも、視覚障害者の間ではDOSが根強く好まれています。それにはいくつかの理由があります。本来がGUIで視覚による操作を前提にしているWindowsは、視覚障害者にとってその仕組みの理解が容易でなく、たとえキーボードで操作できて画面の読み上げがあっても本質的に操作しにくいというのが、最大の理由です。また、Windows用のソフトウエアでスクリーンリーダに対応しているものがまだ少ないことや、点字に対応しているものがないことも、DOSから離れがたくしている要因です。
 Windowsを使用している視覚障害者の多くが、実はその中のDOS窓を利用しています。これは、DOSと同じ操作環境を提供する機能で、その中では従来のDOS用のソフトウエアを使うことができます。

5 今後の課題

 視覚障害者もいつまでもDOSだけに執着しているわけにはいきません。WindowsのGUI環境になじんでいく必要があります。そのためには、これについて十分に習熟できるよう、学習の機会や教材、情報などが提供されなければなりません。スクリーンリーダに対応するソフトウエアや点字対応のソフトウエアを増やしていくことも重要です。そして、聴覚や触覚、あるいは限られた視力でGUI環境に能率良く対応する方法や手段を、さらに継続的に研究開発する必要があります。

(ながおかひでじ 筑波技術短期大学)