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フォーラム2000

ADAを巡る最近の動向
-最高裁判決を中心に-

指田忠司

1 はじめに

 障害をもつアメリカ人法(Americans with Disabilities Act of 1990:以下、ADAという)が制定されてはや10年目に入り、米国内でもその評価を巡っていろいろな議論が展開されている。
 そのような中、1999年6月22日、連邦最高裁判所がADAの解釈に新しい判断を示した。この日判決が下された事件は4件で、うち3件がADAの「障害」の定義に関するもので、1件は精神障害者のケアに関するものであった。
 本稿では、紙幅の制約もあるので、これらのうち前3件の判決の概要を簡単に紹介し、その意義について検討するとともに、ADAを巡る最近の動きについて若干紹介してみたい。

2 最高裁判決の概要

 まず、今回の最高裁判決の内容だが、事実関係、判断内容など、複雑に絡み合っているので、ここでは後掲の文献を参考にしながら、簡単にまとめてみたい。なお、最高裁では連邦控訴裁判所の判決に対する不服申立てが審判されるため、当事者は上告人または被上告人と呼称されるが、本稿では便宜上、原告または被告と呼ぶことにする。

(1)サトンvsユナイテド航空[97-1943]

 原告は双子の姉妹で、ともに裸眼視力0.1以下の強度近視である。しかしながら、原告らは眼鏡等を使って矯正すると1.0の視力になることから、ローカル線のパイロットとして働いていた。原告らが被告会社の国際線パイロット職に応募したところ、裸眼視力0.5以上でなければならないとする社内の規定に適合しないことを理由に拒否されたため、裁判所で争われることになった。
 最高裁は、原告らの請求を退けた第10巡回控訴裁判所の判断を支持して、原告らの視力は、眼鏡等で矯正することによって、主たる日常生活活動に実質的な制限を及ぼす障害とは言えないので、原告らはADAによって保護される「障害」をもつ者に該当しないとした。また、原告らは、その矯正視力をもってすれば、ローカル線のパイロットとして乗務することもできるし、航空機操縦の指導員として乗務することもできるとし、この判断が原告に過重な不利益を強いるものではないとしている。

(2)マーフィーvsユナイテドパーセルサービス(UPS)
   [97-1992]

 原告は被告会社で自動車機械工として働いていた。原告は、250/160の高血圧症であるが、投薬等の治療によって160/102程度にまで血圧を下げることができる。他方、連邦運輸省の規則では、自動車機械工は州際商用貨物自動車運転免許を所持していなければならないとされており、商用貨物自動車の安全運行に支障の恐れがあるような高血圧症との臨床的な診断がないことが免許の条件となっている。被告はこれを理由に、原告を自動車機械工としての仕事から外した。
 最高裁は、原告の請求を退けた第10巡回控訴裁判所の判断を支持して、医療的処置によって降下させることの可能な高血圧症の場合には、ADAにおける「障害」に該当しないとした。また、原告は自動車機械工としては働けないとしても、一般機械工として働くことは可能だとして、この判断が、原告に過重な不利益を強いるものではないとしている。

(3)アルバートソン社vsカーキングバーグ[98-591]

 被告は片眼の視力しかなく、原告のもとでトラック運転手として働いていた。被告が運転手としての仕事をするためには、連邦運輸省の定める規則に則った視力が必要とされた。それによると、片眼視力0.5以上では足りず、両眼とも0.5以上の視力が必要となる(ここでの視力は矯正視力でも可)。原告はこの規則に適合しない被告を運転手としての仕事から外すことになり、それが争いとなった。
 最高裁は、第9巡回控訴裁判所の判決を破棄し、連邦運輸省の規則に従った雇用主の判断を支持した。そして、片眼の視力しかない者が「障害者」としてADAの保護を受けるためには、他の場合と同じく、その障害が主たる日常の生活活動を、実質的に制約していることを証拠をもって証明しなければならないとし、本件では、「片眼」即障害を理由とする差別禁止からの保護にはつながらないとした。また、被告が長年安全運転してきたことの証明は直ちに、連邦運輸省の規則が要求する基準に代わるべきものではないと判断したほか、片眼の視力をもつ者が、長年の生活によって両眼視の者と同程度にまで適応していることについては、ほとんど斟酌しなかった。

 以上、紹介した3件の判決の概要をさらにまとめてみると、次のようになるであろう。
 まず、右の第1と第2の判決について共通するのは、ADA第3条で定義される障害が存在するかどうかを判断する際に、眼鏡や降圧剤の服用など、機能障害を緩和ないし軽減するための装置や、医療処置の存在を考慮に入れている点である。眼鏡や降圧剤などを考慮に入れなければ、機能障害が主たる日常生活活動に実質的な制限を及ぼす範囲が広範にわたり、ADAによって差別が禁止される障害者の範囲が広がることになる。その反対に、最高裁判決の立場は、こうした装置や薬剤の服用を考慮に入れるため、ADAの下で障害をもつ者の範囲が減少することにつながるのである。
 また第3の判決には、いろいろな論点が含まれているが、ADAとの関係でみるならば、片眼視力しかない者は、原則として、ADAの対象となる障害者であるが、その機能障害が、主たる日常生活活動に実質的制限を及ぼすという証明をすべきだという点にあるであろう。

3 最高裁判決の評価

 こうした最高裁判決に対しては、立場の違いによって賛否が分かれている。ADAの障害の定義の広範さゆえに、これを制限的に解釈してほしいと考えている者にとってみれば、当然のことながら歓迎すべき判決と言えるであろう。しかし、障害者の権利擁護をめざして、ADAの制定に尽力してきた陣営からは批判的な評価がなされている。障害者の権利・教育・擁護基金(DREDF)のメイヤーソン弁護士は「ADAが開いた裁判所の大きなドアが、この判決によって狭き門になってしまった。影響を受ける障害者は数百万人にもなるのではないか」として、次のような問題点を指摘する。
 障害者の中には、てんかんや糖尿病による障害者もおり、こうした人々は、医療的処置を受けることによって日常生活を送っている。このような人々がADAを根拠として不当な差別から救済を求めようとしても、この判決のように、医療的処置の実施まで考慮したうえで障害の存在を判断していたのでは、権利救済の途が狭まってしまう。ADAの趣旨は、こうした場合にも、障害者がこれを根拠として差別に立ち向かうことができるようにする点にあるのだという。
 では、強度近視、片眼の視力など、今回の判決の対象となった視覚障害の関係者はどうとらえているのであろうか。後掲の文献からも分かるように、視覚障害関係者もこの判決には注目しているようであるが、関係団体からこれといってまとまった意見表明がなされているわけではない。今回問題となったのが、矯正視力1.0という、日常生活活動にとってまったく支障のない事例だったことも理由として挙げられるであろう。
 ここで、オコーナー判事の意見を紹介しておこう。同判事は、そもそもADAの制定当時、このような近視の人までを念頭において法律が制定されたのかについて疑問があるとしている。ADAの制定当時、該当障害者は約4,300万人いるとされていたが、もし近視の人を障害者として算定していたならば、それだけで1億人を超えてしまっていただろうと指摘するのである。

4 おわりに

視覚障害者とADA

 筆者は日頃、米国の視覚障害者団体の動向に注目しているが、一般に米国の視覚障害者は、ADAにあまり期待を寄せていないようである。米国には全米盲人連合(NFB)とアメリカ盲人協議会(ACB)という二つの視覚障害当事者の全国組織があるが、これまでのかかわりからみると、NFBよりもACBのほうがADAに対する関心が強いようである。NFBが視覚障害者独自の要求を前面に出して運動を進めていくのに対して、ACBは他の障害種別の団体とも交流しながら運動していくという、両者の取り組みの差の表れであろう。
 このNFBの代表として、1998年9月、京都で開かれた国際シンポジウムに参加したスナイダー博士(元全米障害者評議会事務局次長)は、ADAの障害定義について、それが広範すぎることを指摘したうえで、これを何らかの基準で狭め、真に救済の必要な重度の障害者が、ADAを根拠に速やかに権利主張ができるようにする必要があることを指摘していたのが印象的であった。
 去る11月5日、NFBのマサチューセッツ州支部の会員が、米大手インターネットプロバイダーのAOLを相手取って、ボストンの裁判所に訴訟を提起した。AOLのサービスが視覚障害者用音声ブラウザを通じて利用できないことが、ADAによって義務づけられる公共施設のアクセシビリティの保障に違反するという理由である。インターネット時代を迎えて、いよいよ視覚障害者もADAを利用し始めたのである。

(さしだちゅうじ 障害者職業総合センター)


〈引用・参考文献〉
1 共同通信ニュース速報(1999年11月5日)
2 京都府視覚障害者協会『京都府視覚障害者協会結成50周年記念国際シンポジウム報告書』(1999)
3 Asseo L.,Court Limits Disabilities Law’,“AP ONLINE”June 22,1999.
4 Greenhouse L.,‘High Court Limits Who Is Protected by Disability Law’,“New York Times”,June 23,1999.
5 Mayerson A.& Diller M.,‘The Supreme Court’s Near-Sighted View of the ADA’,BLINDLAW July 14,1999
6 “Words from Washington”July2,1999,Vol.106 No.5,American Foundation for the Blind,1999
7 http://www.usdoj.gov/crt/ada/aprjun99.htm