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北米における権利擁護とサービスの質に関するシステム 連載9

カナダ・ブリティッシュコロンビア州における
福祉サービスの質保証プログラム(RQAP)

北野誠一

1 はじめに

 日本における社会福祉基礎構造改革の一環として「福祉サービスの質に関する検討会」が始まって、1年以上が経過した。私も委員として参加させていただいているが、いまひとつ委員会での議論が煮え切らない。
 そこで今回は、カナダ・ブリティッシュコロンビア州の継続ケア局に所属するサービスの質保証プログラム(Regional Quality Assurance Program)を検討することによって、日本における福祉サービスの質に関する参考になればと思う。

2 サービスの質保証プログラム(RQAP)とは(注1)

 ブリティッシュコロンビア州は、それぞれの行政区の継続ケア局(Continuing Care Division)にサービスの質を保証するプログラム(RQAP)をもっている。ここでは私がインタビューしたバンクーバーエリア(バンクーバー市と近隣市を含む)のRQAPをみておきたいと思う。

(1)実施主体と担当スタッフ

 このプログラムは、バンクーバー市の継続ケア局の行政スタッフによって実施されており、バンクーバー市と近隣市を管轄している。スタッフはスーパーバイザー1人、担当スタッフ(コンサルタント)3人、受付1人の5人であり、3人のコンサルタントの監査担当福祉サービス機関数は平均30か所である。

(2)監査対象サービス機関

 日本でいう療養型病床群、老人保健施設、特別養護老人ホーム、身体障害者療護施設、デイサービスセンター、身体障害者グループホーム、ホームヘルパー協会等、介助を必要とする高齢者を含むすべての身体障害者の施設及び在宅福祉サービス機関の質をチェックする。
 モニタリングされるのは、市の継続ケア局が利用契約したすべてのサービス機関であり、RQAP自体はサービス機関を解散させる権限はもたないが、モニタリングの結果、利用契約が打ち切られて廃止に追い込まれるサービス機関も存在する。

(3)モニタリングの手続き

(ここでは入所施設をモデルとして取り上げる)
 1.その施設の担当コンサルタントは最低年1回、入所施設ケアマニュアルのデータの収集方法を用いて、各必要条件のクライテリア(基準)に基づいて評価を行う。その際施設職員のみならず、サービス利用者のヒアリング等も行う。
 2.担当コンサルタントは改善行動計画のフォーマットを使用して、各必要条件の基準を大きくはずれるものはレベル1、少しはずれるものはレベル2という形で、改善勧告を行う。サービス機関はそれぞれについて、改善に向けた行動計画とその完了予定をフォーマットに記入して提出する。
 3.コンサルタントは次回のモニタリング時に、改善行動計画がどの程度確実に実行されたかを確認し、再度不足する部分の勧告を行う。また、うまく実行できない場合には、そのノウハウをも含めて、粘り強く指導する。そのためにコンサルタントは、実際には担当施設を年数回は訪問することになる。
 4.勧告が何度もなされているのに、行動計画の実行が全くなされていない場合には、利用契約を取り消し、利用者を措置変更する。

(4)サービスの質の問題で最も多いのは直接ケア

 直接ケアについての利用者の不満や苦情は最も多く、かつ難しい問題である。
 1.基本的にできる限り本人及び家族に、本人のケアプラン作りに参加してもらう。
 2.職員によってケアのやり方が異なることがないように、本人のケアプランを関係職員と利用者が一緒に立てることによって、利用者の意見を徹底する。
 3.職員のパーソナリティーに関する問題は調整困難であるが、感受性トレーニング等の個人トレーニングを実施する。

(5)サービス利用者のプライバシー

 サービス利用者のプライバシーに関する不満は多いが、その権利は絶対ではない。プライバシーの権利は、サービス提供者の管理・監督責任と無関係ではない。たとえば利用者の個室に勝手にサービス提供者が入れないようにするためには、本人に一定の管理能力と責任能力が必要となる。なぜなら、サービス提供側がふだんの管理監督を怠れば、サービス提供側に責任を問われるような状況においては、プライバシーの権利はある程度制限されざるを得ないからである。

(6)モニタリング以外のRQAPのプログラム

 サービス提供機関のスタッフに対する研修が大きなプログラムであるが、現状では内部研修の勧告はできても、参加費用や勤務保障との関係で、外部研修への参加の強制は困難とのことである。

(7)RQAPのアドバイザー(諮問)委員会

 RQAPのアドバイザー委員会は、行政メンバーと、4人のサービス提供者協会のメンバーと、4人以上の利用者代表メンバーが入っており、意見交換の場として重要であるのみならず、年に一度モニタリングの必要条件とその基準の見直し作業を行っている。
 今後、日本の監査制度においても、このような利用者代表の入ったアドバイザー(諮問)委員会が必要であろう。

(8)RQAPとIQAP

 バンクーバー地域のサービスの質保証プログラムのモニタリングにおける必要条件の中には、IQAP(Internal Quality Assurance Program:サービス機関内部の質保証プログラム)が含まれている。つまりRQAPの改善勧告を受けて、勧告をどのような形でいつまでに実行するのかを検討して、改善行動計画を作成し、内部からモニタリングするプログラムがIQAPなのである。
 その際最も大切なことは、それを理事者や一部の職員のプログラムとせず、すべての職員や時には利用者委員会も参画するような、全体的な取り組みとして実行することである。そうしなければ小手先の表面的な改善にとどまり、真に利用者や職員のエンパワメントにはつながらないからである。

3 日本における今後の福祉サービスの質の保証の展望

 カナダのブリティッシュコロンビア州のRQAP等を踏まえて、日本において、福祉サービスの質保証システムを構想するためには以下の4点が整備され、明確にされねばならない。

1.これまでの都道府県行政の社会福祉法人に対する監査制度と、新たに構想されつつある第三者によるサービスの質評価機関との関係

 実はアメリカにおいて、連邦政府が1998年に行った、行政による監査システムと民間のサービスの質評価機関の比較検討を行った膨大な報告書がある(注2)。
 結論から言えば、法的強制力をもつ行政の監査制度に変わりうるような民間によるサービスの質評価システムなどあり得ないのである。
 もちろん日本においても都道府県の監査制度をやめて、民間の第三者評価機関に一元化しようなどというわけではない。アメリカでの論議も、その中心はJCAHO(Joint Commission on Accrediting Healthcare Organizations:ヘルスケア機関認定合同委員会)といった民間評価機関に一元化せず、むしろ行政の監査制度の権限強化と監査方法の改善を打ち出している。1999年度に入って、それらの報告書やGAO(会計監査院)の報告書(注3)等に基づいて、クリントン政権は一連の州政府による施設監査制度の強化・改善を打ち出し、ナーシングホーム改革を押し進めようとしている。

2.福祉サービスの質に関する評価基準と既存の施設最低基準との関係

 これも1999年3月の「福祉サービスの質の向上に関する基本方針」の段階では不明確なままである。施設最低基準がどちらかといえば外形的基準を中心としていたことは事実であるが、最低職員配置基準や入浴サービス等の基準も含んでおり、かかる最低基準の底上げなくしては、いくらサービスの質の評価をしても仕方がないとも思われる。
 実はこの問題は、アメリカにおいても同様である。カリフォルニア州でのナーシングホームの利用者の死亡事件が発端で、連邦議会とGAOによる調査の結果、カリフォルニア州においては1370か所のナーシングホームのうち407か所、つまり3分の1が利用者の生命を脅かすケアの問題を抱えていることが明らかとなった(注4)。アメリカにおいては、州によって直接処遇職員の配置基準が異なり、カリフォルニア州は特に低い点が、カリフォルニア州オンブズマンコーディネーターから指摘されている。

3.児童・高齢・障害それぞれの固有のニーズをどのように評価基準に反映するのか

 これに関しては、障害児・者については「障害児・者施設サービス評価基準検討委員会」が独自の「サービス評価基準(案)」等を出してきており、全体的コンセプトと各分野の固有性との関係が問われている。その意味でもサービス利用者の一般的な権利性を明確にした全体的コンセプトが求められている。その点ではアメリカ、カナダのサービスの質に関する評価システムは、行政や民間システムを問わず、サービス利用者の権利性を極めて明確に打ち出しており、学ぶべき点が多い。

4.どのような機関が、どのようなサーベイヤーのもとで、どのように評価を行うのか

 今回は、カナダのブリティッシュコロンビア州における行政システムによるRQAPを取り上げたが、実際には州には行政監査システムが二つある。
 一つは許認可局(CCFL)による監査であり、もう一つが実際に措置権限をもつ継続ケア局のRQAPによる監査である。
 日本においては許認可権をもつ都道府県による行政監査しかなくて、措置権をもつ市町村は何らの監査権をもたない。実際には、サービスをコーディネート(マネジメント)する機関が、本人の自立生活支援計画に基づいてサービスが実際どのように実行されるのかについて、モニターしなければならないし、また苦情等の相談や情報を得やすいはずである。
 今後は、市町村やその委託を受けたサービスコーディネーション(マネジメント)機関が何らかの法的権限に基づいて、モニター機能やチェック機能を果たすことが求められる。その意味でも、日本の介護保険におけるケアマネジメント機関(居宅介護支援事業者)に何らの法的義務も権限もないことは問題である。
 最後に、日本におけるサービスの質の評価機関が、行政監査システムと二重構造になると想定した場合、行政監査システムが、いわば問題のあるサービス機関の監査と指導を徹底して行い、サービスの質の評価機関が質の高いサービス機関を評価し、アドバイスすることによってますますそのレベルを向上させるという役割分担がある程度想定できる。
 そのためには、行政監査システムの監査と指導がやりやすくなるような、理事会システムを含む社会福祉法人システムそのものの構造的改革が必要不可欠である。また問題のある施設と質の高い施設の間の中間層の施設が、二つのモニタリング制度の狭間で放置されてしまわないような工夫の一つとして、施設オンブズマンの導入と徹底した情報公開が求められる。
 さらにサービスの質の評価機関は「医療機能評価機構」のようなコンシューマーに開かれていない専門家主導の仕組みでは無意味である。評価機関の運営機関や諮問機関に、障害者や高齢者やその家族等のコンシューマー代表の参画を求めるだけでなく、サーベイヤーにも大胆に、一定のトレーニングを受けた当事者を入れるべきである。あるいはアメリカの州の監査システムのように、施設監査に基づく調査報告の委員会に監査官と施設関係者と共に、その施設担当のボランティアオンブズマンが入るといったことが日本でも求められる。
 もちろん監査システムや評価機関の調査対象は施設長や職員だけでなく、利用者へのヒアリングもなされるべきである。施設職員や利用者による覆面モニター制度等も考慮していくべきであろう。その意味でも、ブリティッシュコロンビア州のシステムは参考になるであろう。

(きたのせいいち 桃山学院大学教授)


(注1) RQAPについての記述の大部分はバンクーバーRQAPのスーパーバイザーであるJan Fisherに対する数度のインタビューによる。また彼女から入手した「継続ケア局年次報告書」(Continuing Care Division 1995)「バンクーバー継続ケアシステム検討報告書」(Vancouver Health Board 1996)「入所施設マニュアル」(CCD 1995)「デイケアセンターマニュアル」(CCD 1995)「グループホームマニュアル」(CCD 1995)「ホームサポートマニュアル」(CCD 1993)等を参考にした。
(注2) Study of Private Accreditation (Deeming) of Nursing Homes, Regulatory Incentives and Non Regulatory Initiatives, and Effectiveness of the Survey and Certification System (Health Care Financing Administration 1998)
(注3) Nursing Homes:Additional Steps Needs to Strengthen Enforcement of Federal Quality Standards (GAO 1999) Nursing Homes:Complaint Investi gation Processes Often Inadequate to Protect Residents (GAO 1999)等
(注4) California Nursing Homes:Care Problems Persist Despite Federal and State Oversight (GAO 1998)