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シリーズ 働く 47

「福祉」工場から福祉「工場」へ
-知的障害者福祉工場ダイア磯子の取り組み-

渡邉努

工業地帯の真っただ中に

 海の方角から吹く風が季節の深まりを感じさせる秋の日、横浜駅からJR根岸線(京浜東北線)に乗り込みました。横浜の中心地を貫き、ランドマークタワー、横浜スタジアム、中華街と続く車窓は、1859(安政6)年、横浜港開港以来発展を続けるこの町を象徴する景色といえます。ほどなく電車は大きくカーブを描き、短いトンネルをいくつか抜けると、目の前に石油コンビナートが現れます。そして巨大工場群。横浜のもうひとつの顔、工業都市としての横浜を象徴する景色が広がります。そんな工業地帯の真っただ中、磯子駅で電車を降り、大型トラックが激しく行き交う道路をしばらく歩くと、左手の壁に「DIA ISOGO LINEN」という大きな文字が目に入ります。そこが、今回紹介する「知的障害者福祉工場ダイア磯子」です。

ダイア磯子のスタート

 ダイア磯子は、ホテル・レストランなどのリネンサプライのクリーニング工場として、1992年、横浜市内で授産施設などを運営する、社会福祉法人同愛会によって事業が開始されました。それまで横浜地区には福祉工場がなく、かねてから行政(横浜市)も設置に向けてプランニングを進めていました。当時、同愛会では授産科目としてクリーニングの作業を取り入れていました。そこで、行政のバックアップのもと、それを発展させる形で福祉工場を設立、製品の受注元となる企業の協力が得られたことで条件が整い、事業がスタートすることになりました。
 事業開始にあたって社員を公募したところ、40人の定員に対し120人もの応募があったことをみると、福祉工場のような福祉的就労の場を求めるニーズが潜在的にあった、ということがうかがえます。その中から選考された社員33人でスタートしました。

ダイア磯子での仕事

 現在、ダイア磯子の社員(知的障害者)は40人(男子23人、女子17人)、定員いっぱいの状態です。これに、健常者の生産スタッフ11人、社員を指導する職員5人を加えた総勢56人が現場での生産にあたっています。ほかに事務員、調理師、看護婦などのスタッフがバックアップする体制がとられています。
 就業時間は、朝8時20分の朝礼、ラジオ体操に始まり、午後4時45分の終業まで、通常の会社とほぼ同じ1日7時間の勤務体制です。
 工場の中には、他のクリーニング工場と同じように、大きな洗濯機や乾燥機などが設置されています。仕事の内容も他のクリーニング工場と何ら変わりません。作業場は主に工場の1階と3階に分かれていて、1階では、搬入されたものの仕分けから洗濯、及びタオル類のたたみから結束までを行っています。3階では、シーツ・浴衣類のロール機械による乾燥からプレス仕上げが行われています。これらは、クリーニング工場に共通したことですが、ほとんどの作業は立仕事で、工場内は非常に蒸し暑く、特にロール仕上げを行う3階は、夏の時期には室温が40度以上にもなります。私も何度かお邪魔しているのですが、慣れないと工場内に短時間いるだけで気分が悪くなるほどです。このような、決して楽とはいえない環境の中、日々作業が行われています。

福祉工場としての「役割」

 ところで、「福祉工場」とはそもそもどんなものなのでしょうか。知的障害者福祉工場運営要綱によれば、次のようになっています。
 「知的障害者であって、作業能力はあるものの、対人関係、健康管理等の事由により、一般企業に就労できないでいる者を雇用し、生活指導、健康管理等に配慮した環境の下で社会的自立を促進することを目的とする」
 当日お話をお伺いした安藤施設長は、このことについて次のように話しています。「ダイア磯子では、健常者の60~70%の作業能力を基準に社員を採用していますが、中には、それ以上の健常者レベルに近い作業能力を発揮することが可能な人もいます。ただし、その能力はダイア磯子のような支援のある環境にいて初めて実現することだと思います」。
 ダイア磯子で働いている人たちは、単純に「知的障害」という枠でくくれるような人たちではなく、働くことを続けるうえでそれぞれに問題を抱え、支援を必要としている人たちです。自閉、精神疾患、てんかん、身体障害といった障害や疾患、家庭環境や対人関係に起因するものなどさまざまです。そういった問題を抱える人たちの就労を支えるために、ダイア磯子ではさまざまな工夫・支援を行っています。

「仕事」をやりやすくする工夫

 作業に適応することに時間がかかる人が多いため、まず、わかりやすい指導を行い、仕事をわかってもらうことからスタートします。「指導は言葉だけでなく、一緒にやることが大切」とのこと。それぞれの特性を考え、適材適所に配置することも大切なことです。

「仕事」に意欲をもってもらう工夫

 ダイア磯子の賃金体系は時給制で、四つのランクに分かれており、年2回の査定によって時給のランクが決定されます。また、ボーナスも査定や年次に応じて支給されます。査定を行い、作業能力や勤務状況を時給に反映させることで、意欲的に仕事に取り組めるようにしています。

「余暇」を充実したものにする支援

 余暇活動の充実をはかるため、ダイア磯子では社員自治会「ダイア会」を結成し、年6回の行事(春・秋のお楽しみ会、納涼会、忘・新年会、1泊慰安旅行)を企画・実施しています。毎回の行事は、総会で社員の中から選出された実行委員会によって行われます。毎回2か月の準備期間を設けているため、ほぼ一年中何らかの形で余暇活動が行われているようになります。ダイア会の運営は、指導員のバックアップのもと、社員が自主的に行っています。

「生活」の安定をはかる支援

 社員の中には、家庭状況や対人関係などに問題があり、生活そのものの支援が必要な人も少なくありません。ダイア磯子では、本人に対する指導はもちろん、家庭訪問や家族との相談を通じ、就労を続けるための環境づくりを行っています。場合によっては、グループホーム等の地域生活援助事業を活用した支援も行っています。
 このような支援は、福祉工場の“福祉”の部分に当てはまるといえるのではないでしょうか。ダイア磯子の社員40人中31人が3年以上の長期雇用で、しかもそのうちの半数以上の人たちが事業スタート時からのメンバーです。こうして、さまざまに問題を抱えた人たちが、長い間職場に定着できている現実を目の当たりにして、職場の外の支援、仕事以外の面の支援の必要性を痛感しました。

「福祉」工場から福祉「工場」へ

 「福祉工場は正しく認知されていない」。施設長のこの言葉には、福祉工場の“福祉”の部分だけが強調されて、“工場”の部分、つまり本来“企業”であるという部分が忘れられている、という思いがあります。製品をマーケットに出していくという部分においては、福祉工場の“福祉”の部分は関係ありません。製品のグレードや価格など、同業他社と同じ土俵で勝負しなければなりません。「福祉工場は仕事を続けてもらうために生活支援を行っているのであって、生活そのものに支援の主眼を置いた施設ではない」というのが施設長の考えです。「企業」という枠の中に「福祉」を取り入れたもの、それが、福祉工場の本来目指すところなのだと認識しました。

おわりに

 障害をもつ人たちの就労形態は多様化し、さまざまな形で就労の可能性を広げる取り組みがなされています。今後、障害をもつ人たちの企業就労というものを考えた場合、可能性を広げるためのひとつの方策として、福祉工場が有効なものであるということを、今回の訪問をとおして感じました。

(わたなべつとむ 神奈川障害者職業センター)