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社会福祉の立場から

大島巌

 日本で地域精神保健福祉プログラムが取り組まれるようになったのは1980年代後半以降であった。まずよく知られているように、日本の地域精神保健福祉を先導したのは1980年前後より家族会が中心に設立した小規模作業所であった。今日でも毎年100か所以上が設置され(2000年現在1563か所)、地域精神保健福祉活動の中核的存在となっている。また、87年の精神保健法改正後は社会復帰施設が各地に作られ、施設数が増加した。一方、92年にグループホームが創設され、住居プログラムにも本格的な取り組みが始まろうとしている。さらに、地域福祉の三本柱の一つとされながら精神障害者に適用されずにいたホームヘルプサービスが99年に法制化され、2002年より市町村等で実施されることになっている。
 このような動きの中で、従来、医療施策の対象であっても福祉施策の対象とは見なされなかった精神障害者が、日常生活・社会生活上の困難をもつ「障害者」として社会的に認知されるようになった。93年の障害者基本法では、精神障害者が障害者施策の対象として明確に位置付けられ、さらに95年、精神保健福祉法では施策目標として「自立と社会参加の促進のために必要な援助を行う」ことが明確にされた。
 以上のように、精神障害者福祉施策の近年の進展には顕著なものがある。この動きの原動力として、家族会をはじめとした当事者団体や精神保健福祉関係者の熱心な運動や実践など多くの努力があったことは言うまでもない。その成果は高く評価される必要がある。
 しかし、一方で地域精神保健福祉は、主に最近10年間のわずかな歴史しかない。高齢者や他の障害者の地域福祉施策や、本来望まれる精神障害者の福祉施策と比べていまだ不十分なレベルにとどまっている。
 最大の問題は、これまでの精神保健福祉施策が最も深刻な状況に置かれた精神障害をもつ人たちにいまだ十分な影響を及ぼしていないことがあげられる。具体的にその対象をあげると、精神病院への長期入院者であり、地域で生活しながらも日中行き場のない「ひきこもり」を続ける人たち、厳しい生活状況を余儀なくされながら独居生活する人たちなどである。これらの人たちが真に必要とし、その問題解決に有効な施策が残念ながらまだ十分に導入されていないと言える状況にある。
 中でも長期入院者の問題は深刻である。その2~6割が地域に適切な受け皿があれば退院可能と判断されており、また約6割が退院の意志をもつにもかかわらず、多くの人が身体的自由を制限された病棟生活を余儀なくされている。最近20~30年間、世界各国が精神病床数を減少させる中、日本のそれは近年まで増加を続けていた。人口10万人対精神病床数は287床(1998年)で世界最高である。またその施設生活は一般国民の生活レベルに比べて制約が多く、質的・内容的に恵まれていない。われわれの全国調査では、精神病院入院者は国民の最低生活を定めた生活保護法の救護施設より厳しい生活環境にあることが分かっている。
 これらの長期入院者は比較的重い障害をもつ人たちである。彼らが継続して安定した地域生活を営むためには、複数のサービスを包括的かつ継続的に提供できるサービス、すなわちケアマネジメントが不可欠であることが欧米諸国の地域実践が明確に教えている。特に、長期入院を経験した人たちは、介護保険で導入されたあっせん調整型のケアマネジメントでは十分な効果をもたらさないことが知られている。ケアマネジャー自身が利用者と直接的に密度の濃いかかわりをもつ「集中型ケアマネジメント」が必要である。これは、利用者約10人にスタッフ1人を割り当てる集中的な援助モデルである。確かにスタッフ数は多く、実現可能性を危惧する声もある。しかし、長期入院者への受け皿として国が検討している施設(長期在院患者の療養体制整備事業:利用者5人にスタッフ1人〈福祉ホームB型〉)と比べてもスタッフ数は少なく、その多様な効果は世界各国で立証されている。集中型ケアマネジメントの実施には、医療機関の協力や関与は不可欠である。入院中心ケアから地域中心の精神保健福祉体制へ移行するために、医療機関の関与を含めた検討が必要となるだろう。
 他の対象者として特に注目したいのは、「ひきこもり」を続け、日中行き場のない精神障害者である。彼らに対して、どのようなデイサービスを提供すべきか、障害特性を考慮しながら十分に検討する必要がある。モデル的実践の結果から、訪問援助を含んだ福祉型デイサービスが不可欠と思われる。従来「日中の活動の場」の創設に大きな役割を果たした小規模作業所の今後の方向性を示唆する重要な視点と考える。
 最後に、地域精神保健福祉の実施主体、推進主体について触れておきたい。これまで地域活動の第一線機関は保健所とされてきた。しかし、その統廃合が進み、対人援助サービス機能は著しく低下した。他方市町村の取り組みはいまだ端緒についたところである。
 まずは、本格的な地域精神保健福祉施策を実現できる行政システムを真摯に検討する必要がある。いくつかの自治体では二次医療圏ごとに基幹保健所を設置し、管内の精神保健福祉業務を総括し、直接的に援助サービスを提供するとともに、市町村精神保健福祉活動のバックアップ、技術援助を行っている。これを発展させて、保健所組織の一部改組により地域精神保健福祉センターを創設することを提案したい。
 次に、一般の地域福祉領域では、近年対人サービスの実施者として民間非営利法人の比重が増大している。他方で、精神保健福祉領域では地域精神保健福祉の担い手として医療機関が大きな力をもち続けている。医療機関が福祉施策に深くかかわる利点がある一方で、たとえばグループホームの多くが病院敷地内に設置されることを黙認するなど、ノーマライゼーション実現を歪める側面ももつ。精神保健福祉領域でも市民活動を中心とした民間非営利活動の活性化が不可欠と思われるが、そのための奨励施策を積極的に実施する必要があろう。

(おおしまいわお 東京大学大学院医学系研究科精神保健学分野助教授)