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ベンチレーターを持って旅に出よう

佐藤きみよ

 重度の障害をもつ私の旅行には、いつもベンチレーター(人工呼吸器)が一緒です。旅先でのハードなスケジュールをこなしたり、疲れた体にエネルギーを送ってくれるベンチレーターは、私にとっては大切なパートナーです。このベンチレーターを持って、これまで私の旅は北海道旅行から始まり、大阪、京都、東京そしてアメリカへと旅の世界は広がりました。
 旅を重ねるたびにカバンの中の荷物は少しずつ軽くなり、準備もスムーズに行えるようになりました。まず、ベンチレーターに関しては行く先の街の業者に連絡をとり、現地でのサポートを受けられるようにしておきます。トラブルが起きた時のために、もう1台バックアップ用のベンチレーターを旅行先のホテルへ届けておいてもらいます。その街に業者がない場合は、宅急便でホテルに送ってもらいます。ベンチレーターのジャバラやフィルター加湿器などは、他のものでは代用がきかないので、ジャバラに穴があいたり、加湿器が割れたりした時のために、必ず余分に一式を持っていくようにしています。
 また、私は側弯が強く自分の体に合ったマットでないと眠ることができません。旅先でのホテルや民宿でのベッドのマットは、ふかふかで柔らかすぎたり、時には硬すぎたりするので、いつも自分の家で使っている医療用マットを持っていきます。タテ180センチ、ヨコ90センチの大きなマットを飛行機や汽車に積んで歩くので、周りの人たちからは「まるでカメの甲羅をしょって歩いているようだ」と笑われます。でも、慣れない旅行先で眠れなかったり、体に痛みを感じることくらい辛いことはなく、少しくらい荷物になることがあっても、快適に眠ることを優先します。2泊3日くらいの旅行では、ホテルのベッドに備え付けてあるマットをはずし、そこへ自分が持ってきた体に馴染んだマットを乗せます。それだけではリクライニングにならないので、寝たり起きたりの高さを調節できるバックレスト(背もたれ)をマットの下にはさみこみます。これで家で使っているリクライニングベッドと同じ状態になります。このバックレストは、自分の使っているマットに合わせて友人が手作りしてくれました。長期の旅行の場合は、自宅で使っているリクライニングのギャッジベッドと同じものをレンタルし、ホテルに許可をもらい、それをホテルの室内で使います。これも業者がベッドをホテルまで運び、組み立てまでやってくれるので、ホテルへ着くと私より早く、ベッドが待っていてくれます。どうしても旅先では、自分の体に合わないものでも我慢しがちですが、そうではなく、障害のない人たちが使っているものに自分の体を無理して合わせるのではなく、自分に合ったものを使うことで、快適な旅行が味わえると思います。
 旅行の楽しみのひとつに「食べる」ことがあります。知らない街でそこでしか食べられない料理を考えただけで、食いしん坊の私はワクワクしてしまいます。けれど、どんなごちそうも何日も続けば飽きてきます。レストランで少しオシャレをして食べる食事も大好きですが、外食ばかりだとこれも辛くなってきます。そこで私はとにかくホテルへ着き、チェックインをしてカバンを置いたらすぐに、近くのスーパーを探します。散歩をしながら、パン屋さんのおいしそうな香りがする方向へ歩いたり、小さな商店街にある八百屋さんをのぞいたり、これがとても楽しいのです。魚屋さんでは私が住む街では見たことのないような魚が並んでいたりします。
 「ヘエー」とか「フーン」とか言ったりしながらスーパーの中をめぐり、旅行中に食べる朝ご飯をそこでそろえます。パンを買ってチーズを選んで、あとは野菜不足にならないようにレタスやトマトも買います。忘れてはいけないのが、大好きなハーブティーです。これらをホテルに持ち帰り、朝はベッドの上で食べます。ゆっくりお茶を煎れたり、野菜を切ったりしてなんだかハイキングのようです。だから私の旅行カバンには、必ず小さなまな板とナイフが入っています。
 地図を広げ、どこか遠くへ行く旅行も好きですが、日常の中にも旅はあると思います。入ったことのない喫茶店に行き、ケーキを食べながら紅茶を飲んだり、家の近くの公園で散歩をしながら夕日が落ちるのを眺めたり、アジアンムードたっぷりのお店でバリ料理を食べたり、そんなひとときさえも、私は旅と呼びたいといつも思っています。
 新しいものに出逢うこと、心が豊かになること、胸いっぱいに感動すること、それこそが旅そのものだからです。

(さとうきみよ ベンチレーター使用者ネットワーク代表)