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ヒヤヒヤドキドキの夢を追うわが家の“旅”

大坪正美

 近くってもドキドキしながらお出かけするのは、わが家にとっては旅なのです。
 わが家には双子の息子たちがいます。10歳、2人とも養護学校の5年生です。自閉的傾向がある重度の知的障害で、愛の手帳を持っています。この手帳はいろいろ威力を発揮してくれますので、旅には欠かせない必需品です。
 はじめは家族で旅行なんて無理と思っていました。でも暑い夏、都会のアスファルトの照り返しに耐えられないし、熱帯夜にもうんざり。子どもは夏休みで1日中、家の中でエネルギーをもてあましています。あ~もうイヤ!どこか涼しいところに行きたい、温泉にゆったり入りたい、ともかくこんな毎日から脱出したいと思う気持ちが抑えられなくなってくるのです。そう、障害児をもつ親こそ旅が必要なんです。
 まだ息子たちが4歳ぐらいの時です。落ち着きのない子どもたちで、そのうえ偏食が激しかったので、外食もしたことがありませんでした。たった1泊するのでも紙おむつを1パック、昼食と子どもの夕食分のお弁当、大量のお菓子。それにぞうきん、小さな掃除機、1食するたびに汚すのでシャツも山ほど。おまけに喘息もあるので吸入器も事に積んで出かけました。旅というより大移動です。行き先は涼しいところ、人が少ないところを狙います。宿は部屋食のところ、飛び跳ねても響かないところを探しました。まさに意を決しての旅行です。
 旅行の時にはいろいろな問題があります。たとえばお風呂。大きなお風呂をプールと勘違いしていますから大変です。また小さい時は女湯でも一緒に入れましたが、大きくなるとそうはいきません。小学校に入るころからは男風呂に入れるようにしました。でも髪を洗っている最中に脱走した1人を、頭を泡だらけにして脱衣場まで追いかけて以来、お父さんは3回もお風呂に入る羽目になりました。それでも最近は慣れてきて、2人連れて3人で男風呂に行っています。こうなれば母は楽ちん。1人でゆっくり温泉につかれるなんて…!
 またこのごろは、偏食が治ってきてみんなと同じ物が食べられるようになってきたことと、食事のマナーも前ほどではなくなったので、食堂で食べられるようになってきました。これができると、公共の宿やペンションなどに泊まれるようになります。
 知的障害の子にとって、旅は社会のルールを学ぶ絶好の機会です。パニックにもなりますが、公共の乗り物に乗る、ふだんと違う寝床で寝る、混んでいる時は並んで待つ、こうしたさまざまな刺激が経験となって子どもを成長させてくれます。回数を積み重ねることで親も子どもも旅に慣れ、慣れるにしたがって行動範囲もどんどん広がっていきます。昨年は飛行機で沖縄へ行く機会にも恵まれました。
 さて、単に移動とお泊まりが上手にできるようになると欲がどんどん出てきます。今度は旅先で何して楽しもう? と考えるようになってきます。
 スキーが大好きだった私が、子どもに障害があると分かったころは、もう2度とスキーはできないって思い込んでいました。子どもはスキーの靴も板もつけさせてくれないだろう、リフトなんて乗ったら飛び降りてしまうのではないかなどなど。諦めていたはずのスキーにまた行こうと思うようになったのは「ファクトリースマイル」との出会いでした。「お手伝いします。夢が夢でなくなる」という触れ込みに心動かされて、「エイッ」てお金をかけてやってみました。子どもが1年生の時です。案ずるより産むが易し。初めからリフトに乗ってコーチに板を押さえてもらいながら滑っていました。びっくり。でもうれしかった。これで私もまたスキーに来られる!毎年、冬になって雪景色の映像がテレビに映るとワクワクします。今年も行くぞっ!
 今までぜったいに無理だって決めつけていたことがひとつ、そしてまたひとつって感じで打ち破られていきます。諦めないで、思い続けていくことが、チャンスにつながることになると思います。いつか海外旅行も行けるかな? たとえばカナダでスキー、ハワイでイルカと泳ぐ、バリ島で音楽を聞くなどなど、夢はどこまでも膨らんでいきます。

(おおつぼまさみ 東京都在住)