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働くことの意味と実現

工藤正

 日本では『第3の道-効率と公正の新たな同盟』で有名な、イギリスの社会学者アンソニー・ギデンスは、現代の職業労働、つまり働くことの意味について次のように述べています。
 「われわれのほとんどにとって、労働は、自分の生活のなかで他のどの活動類型よりも大きな比重を占めている。…中略…労働は、骨の折れる単調な仕事以上のものになっている。…近現代社会では、職に就くことは、自尊心を維持するために重要である。たとえ労働条件があまり快適でなく、課業が退屈な場合でさえ、労働は、人々の心理的特性や毎日の活動のサイクルを構成する重要な要素になりやすい」(ギデンス・松尾精文・他訳『社会学』)。
 職業労働(就業)は個々人と社会を結ぶ基本の活動です。労働年齢期(18~64歳)の障害者は、近年減少傾向を示しているのですが、これらの人々にとっての社会参加の具体的目標は働くことにあるはずです。職業労働というと生計の維持という経済的側面だけが強調されがちですが、豊かな現代社会では、過酷な労働が減少、職場の仕事仲間との相互コミュニケーションを通しての学習、個性発揮や自己実現、その過程を楽しむといった側面も大きいのです。また、毎日の生活のリズムをつくることによって日々の活動の方向をつくるうえでも重要なことだとも言われています。
 障害の定義・範囲の違いもあって厳密な国際比較は難しいのですが、日本の障害をもつ人の就業率は先進諸国のなかでも高い水準にあります。それだけ多くの就業機会を創り出しているのですが、就業者のなかで労働関係法規が適用される「雇用者」の割合が少なく、それ以外の「非雇用者」が極めて多いのが特徴です。「非雇用者」の多くはいわゆる「福祉的就労」ということになりますが、そこでは福祉制度のもとで指導員などの支援者を配置、簡単な作業を中心に訓練・指導を含む活動をしています。いわば「支援者付き就業」と言ってもよいでしょう。しかし、この活動から得られる収入が極めて低水準にあること、また、それを一般の「工賃」と同じと理解してよいかどうか(京極高宣「ノーマライゼーション」平成12年6月号)など、職業労働の視点からみると多くの問題を抱えた就業形態です。本来、「福祉的就労」は「一般雇用」に向けての一つのステップあるいは相互の移動関係があってもよいはずですが、両者は分断されているのが現状です。これは日本に限らず、他の先進諸国も抱えている共通の問題のようです。
 これからさらに支援プログラムを充実させ、障害者の就業機会の拡大を実現していくには、二つの大きな発想転換が必要です。一つはこれまでの「一般雇用」と「福祉的就労」の区分・分断をなくし、労働市場の枠組み=「一般雇用」の中で、要支援サービスの多寡や内容に配慮したいろいろな支援プログラムを整備、多様で柔軟な就業機会をつくるということです。その中には、従来の「福祉的就労」に近い形が一部存続するかもしれません。そして、その枠外にある「福祉」では限られたデイサービスに限定、働く意志と能力のある障害者は、支援サービスを含む環境整備の進展状況とも関係しますが、できうる限り労働市場に参加・統合することです。そうなると、最低賃金水準以下の働き方に対する経済的保障の問題がでてくることが予想されますが、それは賃金プラス社会保障給付をうまくリンクさせて解決していく必要があります。さらに、障害者の就業条件整備のためにも必要ですが、それだけでなく、近年のIT革命などによる就業形態の多様化や柔軟な働き方の進展に対応した労働関係法規の改正も必要となってきています。
 もう一つは、企業・職場や地域を重視した支援プログラムの拡大です。とくに重度障害をもつ人に対する支援サービスで、これまでの「準備・訓練を終了してから就職をめざす」という考えから、「まず、就職、その職場で準備・訓練・支援」と発想を大きく転換することが必要です。これはアメリカで80年代にスタートした援助付き雇用(SE:Supported Employment)の考えで、実践例もあります。企業・職場から離れた、施設・組織での指導員などによる訓練・指導には限界があり、具体的な職場環境のなかで、ジョブコーチなどの支援者による訓練・支援がより効果的だからです。緊急雇用対策の一つとして労働省と日経連が共同で実施している「トライアル雇用」、地域障害者職業センターの「職域開発援助事業」など、企業・職場と連携したプログラムに人気があるのもこうしたことが背景としてあります。
 また、重度障害をもつ人の場合、職場以外での地域生活への支援も職業生活を維持するためには必要ですから、福祉関連組織と連携した地域ベースの支援プログラムの整備が労働省と厚生省との共同プロジェクトとして始まっています。さらに、これからは専門・技術スタッフによるサービス提供だけでなく、ボランティアや障害をもつ当事者たちによるサービス提供、当事者の企画・選択をもっと重視したプログラムもますます必要となります。

(くどうただし 障害者職業総合センター雇用開発研究部門主任研究員)