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会議

ユニバーサル・デザイン国際会議報告

 川内美彦

1 はじめに

 6月中旬にアメリカ・ロードアイランド州プロビデンスで「21世紀へのデザイン2」という会議が開かれた。これは1998年に開かれた「21世紀へのデザイン」会議の2回目であり、いま話題になっているユニバーサル・デザインについての国際会議である。
 ある日本からの参加者がこの会議についての印象を、「得るもののない会議」だと評したと聞いた。その方はメディア関係者であり、取材のために来ていたようだが、正直な感想だと思う。
 確かにこの会議は、一部のハウツー的な答えを求める人や、雑誌に写真付きで紹介できるようなものを求める人にとっては不満足なものだったろう。もともとこの会議はそういうことを意図したものではなく、ユニバーサル・デザインの可能性を議論し、それをどう広めていくかを主要なテーマとしており、この報告もそのような立場で書き進める。

2 「みんな」とは

 ユニバーサル・デザインはアメリカの建築家であり工業デザイナーであったロン・メイスによって提唱された。車いす使用者でもあったロン・メイスは、バリアフリーと呼ばれるものが障害をもつ人以外の人には魅力がなく、したがって一般市場での競争力もなく、そのために不当に高く入手しにくいうえに、デザインとしても非常に未熟なものが多いという現実を打開するために、特定の人のための特別なデザインという発想をやめて「みんなのためのデザイン」という方向で考えていくことを提案し、ユニバーサル・デザインと名付けた。このように、「みんな」という発想はユニバーサル・デザインの大きな特徴であり、それがユニバーサル・デザインの考え方の魅力なのだが、これは同時にユニバーサル・デザインの分かりにくさにもつながっていて、この会議でも「みんな」とはだれなのかについてさまざまな議論が行われた。
 従来の考えとしては、「みんな」のニーズを考えていくうえで「障害」と「高齢」という二つの重要な切り口があり、これについてはだれも異論はない。しかし人種、宗教、文化、性別などさまざまな要因から多様なニーズが生み出されているわけで、そのような複雑な要素をどうデザインに取り込んでいくか、「みんな」の概念をどう定義づけるかについて、いくつかの提案がなされた。しかしまだ多くの人の同意を得るまでには至っておらず、今後もまだまだ議論の必要な部分だといえる。

3 日本からの参加者

 2年前の会議には20か国から約500人の参加があり、そのうちおよそ90人が日本からだった。今回は28か国から約700人、うち日本人はおよそ70人と言われている。
 日本でのユニバーサル・デザインへの関心は企業が中心をなしていると思われ、2年前の会議では日本からの参加者のほとんどは企業関係者だったという印象がある。しかし今回はそれが大きく変わった。企業からの参加者は激減し、自腹を切っての参加、そして若い人の参加が増えた。ユニバーサル・デザインを考えていくうえで、もちろん企業の役割は重要なのだが、かかわる人の多様さが絶対に必要で、その点からすると今回の日本人参加者の構成は、ずいぶんいい方向になってきたという印象を受ける。
 会議における日本人の発表も多く、私も全体会議でのスピーチの機会を与えられた。また今回の会議から設けられた「ロン・メイス21世紀デザイン賞」では世界中の7団体9個人が表彰されたが、その中に日本から、建設省建築研究所の古瀬敏氏と私が選ばれ、わが国におけるユニバーサル・デザインへの関心がアメリカでも十分認識されていることを印象づけた。
 アメリカ人の参加者の多くは大学等で教育にかかわっており、最終日にはユニバーサル・デザインの教育についてのワークショップが行われた。わが国におけるユニバーサル・デザインへの関心は結果を求めるものに傾きがちだが、このような傾向は息の長い改善への努力とは必ずしもつながらない。ただ単にデザインの結果を求めるのではなく、そこまでの過程を大切にするような腰の据わった教育を模索する動きが、アメリカを軸としてこれから本格化することが考えられる。

4 直面する問題

 このように着実に前進しているように見えるユニバーサル・デザインの実践だが、現実問題としてはある種の壁に直面しているのも事実だろう。たとえば会議中に行われた学生によるデザイン・コンペでは、私も審査員を務めた2年前には応募点数も多く、審査員全員がこれはいいと同意できるものがいくつかあった。しかし今回は応募点数も少なく、レベルも低く、該当作なしという残念な結果となった。冒頭に述べた「得るもののない会議」という感想が一概に正しいとは思わないが、大多数の人にとっては、ややこしい理屈よりも目の前に示されたものが使いやすいかどうか、値段が妥当かどうか、魅力的かどうかが第1の関心事であって、そういったわかりやすい実例をつくり出すこともユニバーサル・デザインの理解を深めることに欠かせない。
 バリアフリーは障害をもつ人や高齢の人のためのものであると見なされ、一般のものとは明らかに違う特別なものと考えられているという反省から、ユニバーサル・デザインの特徴の一つとして「目立たない」ことがあげられている。したがって、これがユニバーサル・デザインの実例ですと示すこと自体が結構難しいことなのだが、それにしても、多くの人に受け入れられやすい形で考えを示していく努力は必要であり、そのための材料がなかなか出てこないという感が強い。

5 今後の行方

 多くの人にとってユニバーサル・デザインという考え方は、何か夢のある理想主義的な響きをもって迎えられていると思う。しかしそれは何でもかなう魔法ではない。
 地道に利用者のニーズを探り、少しでも多くの人が使いやすく入手しやすいものをつくっていこうとする姿勢、その過程こそユニバーサル・デザインの本質である。
 一時の熱気や関心が去った後、それでもユニバーサル・デザインにこだわる人たちの手から真のユニバーサル・デザインが生み出されると思う。この会議は、そのような地道な活動を後押しするものであってほしいと思うが、そのとき日本はこの会議にどのように関与しているのであろうか。

(かわうちよしひこ アクセスコンサルタント)