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交通プロジェクトの歩み

三澤了

交通環境整備に向けて、政策的な論議の必要性

 自由に交通機関を利用し、自由に移動することは障害者にとって長年の夢であり、切実な願いであった。そして、そうした状況を作り出したいという欲求はきわめて強いものである。そんな願いや欲求が一つにまとまり、さまざまな形での交通施設の改善を求める運動が行われてきた。これらの交通施設の改善を求める動きが一つにまとまり、十三年前から全国的に交通アクセスの改善を求める運動「だれもが使える交通機関を求める全国行動」をDPI日本会議が呼びかけた。この行動の中で、障害者が交通機関を利用することの困難な状況を訴え、障害をもつ者が交通機関を利用する権利を尊重すること並びに設備改善等を、運輸省をはじめとする行政当局や交通事業者に求めてきた。
 一方で、交通施設の改善、交通環境整備の充実を図ろうとするには、当事者の利用実態の困難さや設備の必要性だけを訴えているだけでは、より大きな進展が望めなくなり、交通環境整備のための法整備の必要性に対する認識が強まってきた。

「すべての人々のための交通環境整備プロジェクト」の発足

 障害者が障害をもつ当事者として政策立案能力を高めていかなければならないという認識から、一九九五年に障害者政策研究集会が立ち上げられた。この研究集会は、障害者の生活に密接に関連する課題ごとにプロジェクトチームを結成し、年間を通してその課題に関する学習等を行い、一定の政策提起をねらいとするものである。その一つの課題として、「教育」「労働」「自立生活支援」等と並んで「住宅・交通・まちづくり」のプロジェクトが設けられ、学習活動を行ってきた。
 このプロジェクトでは、住宅やまちづくりというテーマより、交通問題、特に交通に関する基本的な法整備に向けての学習活動に取り組むこととなった。一方で、「市民がつくる政策調査会」(市民政調)においても、交通政策にもっと障害者の声を反映させた政策を実現させようという話が持ち上がり、定期的な学習活動を行うことになった。そこで、この二つの動きを一つにして交通問題を考える「すべての人々のための交通環境整備プロジェクト」を発足させることとなった。
 メンバーは、日頃から交通問題あるいは福祉のまちづくりや生活環境整備といった課題に強い関心をもち、状況の改善に取り組んでいる障害当事者を中心に選び、少数ながら実効的な構成となるよう心がけた。川内美彦氏(リーガル・アドボカシー)、大須賀郁夫氏(わかこま情報室)、尾上浩二氏(DPI日本会議)、今福義明氏(アクセス東京)、上園和隆氏(障害者総合情報ネットワーク)、今西正義氏(DPI日本会議議長)、それに三澤が加わった七人を固定メンバーとし、事務局を市民政調の小林氏にお願いした。
 当初このプロジェクトでは、だれもが自由に交通機関を利用することを権利として認める交通アクセス基本法といったものの必要性を社会にアピールし、その素案となるものを作成し、世に問うことで行政等に揺さぶりをかけようという、大それた計画を持っていた。このような動きの中で運輸省から「公共交通ターミナルのやさしさ指標評価事業」が打ち出され、建設省においても交通接続円滑化に向けた鉄道駅総点検事業という似たような事業が明らかにされた。これらの事業に関して運輸省、建設省に質問書を送付し、両省との話し合い等をしているときに、最も肝心な法整備に関して、九九年七月に、当時の川崎運輸大臣が交通機関のバリアフリー化に向けた法律を作るということを新聞で発表し、政府案を策定中であるというニュースが飛び込んできた。

法案審議に際してのロビー活動

 こうした動きに対して当プロジェクトとしては、法案骨子が出された時点からプロジェクト内での意見交換を行い、より権利性の高い、そしてすべての移動制約者を対象とする普遍的な法律とするために、障害をもつ当事者の視点からの意見提起を行うこととした。
 このプロジェクトの意見提起を元に、DPI日本会議、全国自立生活センター協議会の連名で運輸省に対する申し入れを行うとともに、民主党をはじめとする政党に対しても、障害をもつ当事者の意見提起に対する理解を求める要請行動を積極的に行った。また、法案の国会審議が始まる寸前の三月七日には各党の関係議員に出席を求め、この問題での緊急の政党懇談会を憲政記念館で行った。この懇談会の中では、複数の議員から国会審議の中で参考人意見陳述の機会を設け、当事者からの意見に耳を傾ける必要性が高いということが指摘されていた。国会審議が始まってからは、プロジェクトメンバーを中心に委員会傍聴を積極的に行い、審議経過を正確に把握することに努めた。
 さらに国会の参考人意見陳述には、川内、尾上の両人が立ち、1.移動の権利を保障する法律とすること、2.既存施設の整備を数値目標と達成までの計画の義務づけを図ること、3.当事者参画のシステムを明確に位置付けること、4.エスカレーターではなくエレベーターの整備を、ワンステップではなくノンステップバスの原則化を、ということを柱とした当事者としての意見提起を行った。
 法律は「高齢者、身体障害者等の公共交通機関を利用した移動の円滑化の促進に関する法律」として五月十七日に成立した。法律としては未完成な部分が残るにしても、交通施設改善の根拠となるトータルな法律が成立したことは評価すべきことである。ただしこの法律は、細かい基準部分等の多くを政省令で定めるということになっており、基準の策定が重要な意味を持つものとなっていた。基準策定に関しては、運輸省、建設省が共同で基準策定検討委員会を立ち上げた。基準策定委員会は、三回の委員会を経て七月二十日前後に委員会としての案をまとめ、その案に対するパブリックコメントを求めることとなった。

パブリックコメントに対する対応

 これに対しては、プロジェクトとしてはできる限り多くの意見提起をしていくことが必要であるとの認識に立ち、DPI日本会議を通して全国の仲間たちにパブリックコメントに応じていくように呼びかけた。そしてその際には、川内氏の委員会案に関する問題点の指摘を含んだ解説文と、それぞれが出すコメントの中に必ず組み込んでほしい五つの問題提起を記して呼びかけを行った。
 その五点とは、1.基本構想並びに交通事業者が策定する実施計画には障害当事者の参画を原則とすること、2.垂直移動の困難の解消は、エレベーターかエスカレーターの並列ではなく、エレベーターかスロープによって図られなければならないこと、3.新設、並びに大規模改造に関しては、ホームドアあるいは可動式のホーム柵の設置を義務づけること、4.プラットホームと電車の段差解消にあたっては、具体的な数字を示して可能な限り段差をなくす基準とすること、5.公共路線バスはノンステップバスを原則とすること、である。
 八月末までのパブリックコメント募集期間に全国から寄せられたコメントは一五七に上るということであるが、DPI日本会議の呼びかけに応じて、各地の障害当事者からこの五点を含んだ意見提起が寄せられたものと思われる。もちろんプロジェクトメンバーは全員コメントを出している。八月末には運輸省の消費者行政課から、これらのコメントについて話し合いたいという申し入れがDPI日本会議にあり、プロジェクトメンバーと消費者行政課の課長とが直接意見を交える機会をもつことができた。
 九月十九日には移動円滑化基準が明らかにされた。それを見ると、先の五点の基本的課題に関して、可能な限り、われわれ当事者の意見を基準の中に組み入れようとした努力の跡が見られるものとなっている。
 当初、パブリックコメントの募集にそれほどの期待は持ち得なかったが、パブリックコメントに対してまじめに対応しようとした今回の運輸省消費者行政課の姿勢は評価してよいし、われわれの提起により、部分的にせよ移動円滑化基準が当事者よりのものになったことに関しては、大きな前進であると認識している。

(みさわりょう DPI日本会議事務局長)