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1000字提言

「わたしね、医者になりたい!」

後藤久美

 週末、私は聴こえない子どもを集めて一緒に勉強したり遊んだりするフリースクールのスタッフをやっている。そこの子どもの一人がとびっきりの笑顔で私に話しかけてきた。
 「わたしね、医者になりたい。でも勉強いっぱいしないとなれないんだよね。私、勉強だいっきらいなのに・・・」
 笑顔を思いっ切りしかめて、私の前にチョコンと座った。私は、この子どもに勉強をいっぱいしても医者にはなれないと、正直に言うべきなのだろうか? 
『欠格条項』という「聴こえない人は医者や薬剤師などになることはできない」と明記した法律がある。
私はそれによって、国家試験をパスしながらも薬剤師になることができなかった。どれだけ努力しようと、どれだけその人に力があろうと、障害によって職業を選ぶことの自由を狭まれているという現実が、残念ながらこの日本で起きている。
 私たちは、障害そのものよりも乗り越えなければならないことが多い。障害をもつ者を制限する環境と偏見と戦わなければならないのだ。
 甘やかしてほしいのではない。えこひいきしてほしいのではない。自分の持つ実力を発揮するスタートラインに立つために、本人の資質と努力によってかなえられる社会であってほしい。そこに立つまでに、障害というだけで夢を妨げてしまってはならない。スタートラインに立ったあとは本人の実力勝負なのだ。
 私は、この幼いながらもひたむきな眼差しを向けるこの子どもに、何をしてあげられるのだろうか?やがて知るだろう現実に、この子はどう感じるのだろうか?耳が聴こえないことに誇りをもつことができるだろうか?この子がやがてぶつかる壁を思うと、私はいてもたってもいられなかった。
 この子には、私は現実をしっかりと今伝えよう。
そして、私はこうも付け加えたい。
 「あなたは医者になるための努力をしなさい。その努力を妨げる壁は私たち大人が必ず取り除く。大切なのは、この壁の存在がいかに意味がないことかを、あなたは医者になって身をもって多くの人に伝えていくことだよ」

(ごとうくみ 製薬会社勤務、東京都聴覚障害者連盟青年部委員)