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ブックガイド

手話学習のためのおすすめ本

神田和幸

 聴覚障害者とコミュニケーション手段として手話が有効であることは常識になってきました。実際には読話や筆談もよく使われているのですが、聴覚障害者でない人々は聴覚障害者とのコミュニケーションは手話だと思うようです。手話ならスムーズなコミュニケーションができると想像するからのようです。それはハンディキャップを持つ人々に対して、自分が学習して役に立ちたいという気持ちの表れてあり、とても大事な善意です。
 しかし、その善意も学習があまりに困難であれば後退してしまうかもしれません。何とか楽しく速く理解して、早く実務に出たいと思うのは無理からぬことですが、「学問に王道なし」と言います。特に語学は地道な努力が必要とされます。手話学習は語学学習のひとつであり、上達にはかなりの努力が必要なのも事実です。英語の場合、通訳とか国際舞台で自由に意見を述べるというレベルではなく、ちょっとした英会話程度なら基本的な単語と小数の文章パターンを覚えれば何とかなるものです。手話についても同じことが言えます。まずは、自分のレベルに合わせた学習法を選ぶことが大切です。

1. 入門・初級用

 入門者はベテランから手ほどきを受けるのが一番です。これは何の学習でも言えることなのですが、実際にどこへ行って、どうすればベテランの指導が受けられるのか、その情報すらありません。
 手話も含めて語学の場合は、「NHK教育テレビ」の番組を見るのが簡単な方法です。ただで、いつでもどこでも見られ、テキストも安く、入手が簡単です。入門者は意気込みが強いため、学校に通ったり高価な教材を買う傾向にあるのですが、投資に見合わないのが普通です。
 ます数か月テレビ番組を見て、1 本当に興味がもてたか、2 きちんと定期的に続けられるか、3 番組だけではもの足りないと感じたか、の3点をチェックします。このうち2点以上が、〝×〟なら上達は諦めたほうがよさそうです。でも安心してください。たいていの学習者がそうです。自分は怠惰で記憶力のない学習者だと認識することが大切です。ほとんどの学校や教材は、理想的な学習者を想定してカリキュラムが組まれています。100%の学習効果が得られる人はいないのが当たり前なのです。
 完璧主義を捨てて適当に学習することを前提に、まず単語学習から始めます。基本的とか基礎かとかいうことを忘れて、自分の興味のある単語から学習してください。それが「必要な単語」です。自分が必要な単語を選び出すには大きな辞書が理想ですが、すべて選び出すという完璧主義は捨てて、半分あれば、くらいの気持ちで単語辞書を選びます。どの手話辞典も入門書もそれなりに工夫があるのですが、あくまでも指導者側の経験から導き出されたもので、学習者の必要に合っているとは限りません。結局、ベストセラーがだれにも合います。手話辞典のベストセラーは「わたしたちの手話」(全日本ろうあ連盟発行(1)~(4)各945円、(5)~(10)各840円、会話編(1)~(2)各840円、会話編(3)945円)です。何度も改訂され、大勢の人々の検証を経ているので、第1巻には基本的な語が含まれています。問題は手話がイラストで描かれていることです。手話は動きがあるので、イラストから想像して自習するには限界があります。どうしてもだれかの指導を受けることになります。その場合、その指導者の手話と異なることがしばしばあります。どの単語でも教科書は標準語であり、現地ではすべての人が方言を話していることを理解してください。
 手話には大別すると、ろう者の用いる日本手話と、主として難聴者の用いる日本語対応手話があります。基本的な違いは日本手話には独自の文法があり、日本語対応手話は日本語の文法を用いることです。
 日本手話学習には文法学習が不可欠ですから、「ひとさし指のマジック」(サイン加藤/穂高由佳著、1600円、福村出版、1995年)や「はじめての手話」(木村晴美/市田泰弘著、1200円、日本文芸社)は、手話文法を解説している数少ない本です。多くの入門書は聴覚障害者の実態についても触れていますが、分かりやすく解説しているのは「LOVEコミュニケーション」(全日本ろうあ連盟発行、1262円)です中・高校生向きですが、簡単な例文も載っています。

2.中・上級用

 基本的な会話ができるようになり、手話通訳をめざすようになると専門的知識が必要になります。「基礎からの手話学」(神田和幸・藤野信行編著、2200円、福村出版、1996年)は手話通訳士をめざす人々のための教科書であり、言語学から福祉現場までが解説されていますが、はじめての人にはむずかしい内容も含まれています。
 手話の専門書は数が少なく、言語学書の一部に手話について書かれていますが、ほかの内容があまりに専門的過ぎて手話学に関心のある方以外にはお勧めできません。

(かんだやすゆき 中京大学教養部教授)