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フォーラム2001

重度の障害をもつ人たちの新しい就労支援
―具体的な事例を通して―

藤村出

「働く場におけるインクルージョン」

 10年前に設立された自閉症者の生活支援を行う社会福祉法人横浜やまびこの里では、当時から重度の障害をもつ人たちの就労支援を模索して、アメリカで開発されたサポーティッドエンプロイメントを日本に導入しようと試みました。現在でもまだ、法律がない、制度がない、お金がないという状況は続きますが、これまでの実践のなかから、サポーティッドエンプロイメントの考え方やその手法を活かすことで、日本の重度障害者の就労はさらに進められると確信します。その中心的な役割を担うのが「ジョブコーチ」ですが、制度の開発も進められ、平成12年度から、このジョブコーチを職場に配して支援を行う試行事業が労働省(現厚生労働省)により開始されました。
 本稿では、すでに日本で行われている事例を紹介しながら、サポーティッドエンプロイメントの理念を、もう一度考えてみたいと思います。

 アメリカのサポーティッドエンプロイメントの歴史は、第一次世界大戦時の傷痍軍人への職業リハビリテーションにまでさかのぼることができます。1970年代以降、その障害を認め、なおかつ、労働の権利を保障するという考え方と手法を重度の障害をもつ人たちの就労支援に広げ、現在のジョブコーチによる支援を前提としたサポーティッドエンプロイメントのシステムへと発展しています。
 サポーティッドエンプロイメントの最大の特徴は、「就労可能性と職業準備性」という概念を廃し、これまで就労支援の対象外であった重度障害者の働く権利を保障しようとしている点にあります。障害者も労働の権利を有する人であるという基本的な権利保障の考え方に立つことで、「働くためにどんな支援が必要であるか」を導き、それを作り出す、という発想の転換がそこに見られます。

1.サポーティッドエンプロイメントの特徴

(1)重度の障害者を対象とする

 これまでの、就労可能性があるかどうか、職業準備性があるかどうか、という評価では、能力や障害特性などから、全く就労支援の対象となりえなかった重度の障害者を対象としています。「就労できるのはだれか」ではなく「どうすれば就労できるか」を考えることにより、「支援されながら就労する」という新しい概念が生まれました。

(2)分離環境での指導・訓練から統合環境へ

 就労可能性・職業準備性を高めてから、あるいは仕事に就くための技術や能力を身につけてから、という発想の下では、まず学校や施設での準備や訓練が先にあり、ある一定の条件を満たした人だけが就労にチャレンジできるというものでした。
 サポーティッドエンプロイメントのシステムにおいては、まず就労し、そして実際の職場での労働を通じて、ジョブコーチによる訓練や環境調整が行われます。ここでポイントとなるのは、ジョブコーチによる職場・仕事の環境調整を重視するということです。障害があってもその仕事ができるように、さまざまな工夫がなされます。
 また、必要な援助や支援は、長期にわたって、継続的になされます。これは、「仕事に就く」ことはもちろんですが、さらに「就労を維持する」ということを大切に考えるからです。

(3)生産性に応じた賃金

 ジョブコーチがついて職場でも支援は受けていますが、就労という形態を大事にし、賃金はその生産性に応じて雇用主から支払われます。

2.サポーティッドエンプロイメントのプロセス

(1)対象者のアセスメント・企業のアセスメント

 「就労できるか否か」「職業能力を持っているか」という評価ではなく、あくまでも「職業選択」のためのアセスメントが行われます。
 対象者の能力・特性・希望など、また家族の希望も就労とその後の仕事の継続のために大切な評価ポイントです。そして、地域・企業・雇用主のアセスメントがあります。その人の住む地域あるいは就労を希望する地域の特徴、景気の状況、企業や雇用主の需要などを知ることが、現実的な就労支援に結びつきます。

(2)マッチング

 企業の要求に見合う仕事、そして障害者ができる仕事を開発するということもジョブコーチの大切な役割です。ですから、実際の職場に入り、仕事をしてみて、対象者と職場の両方の需要に見合う仕事を探し出す、あるいは作り出すということが行われます。

〈事例1〉

 ある生活協同組合の店舗(スーパー)で就労のチャンスが見つかりました。作業所では、パッキングの仕事の得意だったAさんは、野菜の袋詰めの仕事。いつも近所のスーパーで品物を並べることにこだわっていたBさんは、商品棚の整理と商品の補充の仕事。細かい作業は苦手だけれど体力のあるCさんは、お客さんが使うカートの整理を担当しました。

〈事例2〉

 新興住宅地の駅周辺の清掃を、清掃チームを組んで始めたところ、その実績が認められ、現在では区から事業委託を請け、継続して行っています。

(3)現場でのトレーニングと調整

 実際の職場で実際の仕事を身につけていくのです。これまでのような分離された環境で訓練をつむやり方では、就労してからまたその仕事を覚えるための訓練が必要となりました。結局、就労前の訓練が意味をなさない場合も多くあります。そこで、サポーティッドエンプロイメントでは、OJT(on the job training)を重視します。新しい職場、新しい仕事、新しい人間関係、特に上司や同僚との関係など、トレーニングの段階からジョブコーチがついて実際の職場で調整していきます。そのため、より効率的・合理的な就労支援ができます。
 実際の仕事・職務についての調整は、ジョブコーチが実際に仕事をしてみて、職務分析・課題分析を行い、一人ひとりの対象者の苦手なところ、できないところを補うための支援を組み立てます。

〈事例3〉

 事例1のスーパーで働く人たちも、さまざまな支援や環境調整があって初めて働くことができます。野菜の袋詰めのAさんは、他の人たちと道具を一緒に使うなど、動線が重なることがあると、自分のペースがくずれて作業になりません。そこで、少し離れた一角にAさん専用の場所と道具を用意してもらい、そこで一人で集中して仕事をしています。カート運びのCさんは、張り切ってカートを集めてくるのはいいのですが、どんどんつなげてお店の真ん中までカートの行列ができてしまいました。そこで、カート置き場にビニールテープでラインを引いて、ここまで並べたらとなりの列へという方法をジョブコーチに教えてもらいました。

(4)継続的な援助

 以上のように、ジョブコーチは就労の前から就労後までさまざまな支援を行いますが、ジョブコーチが行っている支援を、職場の同僚や上司に徐々に引き継いでいけるように調整します。ナチュラルサポートと呼ばれる職場の人たちの自然な援助を引き出すことができれば、ジョブコーチがいなくても障害者が職場で仕事が継続できるのです。

〈事例4〉

 DさんとEさんが働くある町工場で、一緒に働くパートのおばさんが、次のようなことを話してくれました。「最初は大丈夫かなぁと思っていたけれど、一生懸命よく働いていますよ。一緒に働くうちに、なんだかかわいくなってきて、今では今日は何の仕事をしてもらおうかな?と考えたり、このお菓子をもっていって一緒に食べようかなと思ったりするようになりました」

3.サポーティッドエンプロイメントの形態

(1)個別就労/individual placement

 これまでの就労支援の形に一番近い形です。開拓期/就労開始期にジョブコーチは集中的に支援に入ります。定着後、徐々に支援は減少していきますが、ジョブコーチは職場との連絡は継続します。ジョブコーチが職場を離れた後も、何か問題が起これば支援に入ることを想定しています。

(2)エンクレーブ/enclave

 企業内で数人のグループが作業をし、ジョブコーチが継続的に支援に入る形です。前述の生活協同組合のスーパーでの事例がこの形態にあたります。ジョブコーチが毎日、一緒に仕事をしながら、数人の人たちの仕事を支援していきます。

〈事例5〉

 モップのレンタル会社で、回収されたモップを部品ごとに仕訳する作業に取り組んでいる人たちがいます。ここでは、ジョブコーチが障害をもつ労働者二人に対して、仕事ができるように、写真や記号などをつかったさまざまなジグや指示書を作り、仕事の調整や組み立てを行っています。

(3)モービルクルー/mobile crew

 ジョブコーチが数人の対象者と一緒に移動しながら作業を行うチーム形式の就労支援です。事例2の地下鉄の駅周辺の清掃作業がこれにあたります。

〈事例6〉

 ある大学の構内の清掃作業を行っているチームもあります。学生ボランティアにも作業のサポートに入ってもらって、同年代の障害のない人たちとの接触の機会が増えました。

4.これからの日本の就労支援の課題

 重度の知的障害をもつ人たちの就労の支援は始まったばかりです。これまでに行われてきた、軽度の人たちへの雇用促進や就労支援の手法や制度と比較すると、効率といった指標の点だけでは、たいへん手間のかかる、効率の低い、数値実績の上がらない方法のように思えてしまうでしょう。しかし、一人ひとりの労働の権利を保障し、障害をもっている人を社会が包み込むインクルージョンという視点で考えた時に、こんなに合理的な方法はほかには見いだせません。
 そういった意味での効果を考えると、これまで施設や作業所に使われていたお金を、サポーティッドエンプロイメントの考え方に基づく就労支援に振り向けることができれば、重度の障害をもつ人たちの社会参加の可能性がさらに広がっていくと思います。

(ふじむらいずる 仲町台発達障害センター)