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厚生労働省に期待すること

大山博

1.障害者の雇用ニーズへの焦点化を図ること

 国際障害者年の十年の活動の中で、国際障害者年日本推進協議会は、障害者の雇用・就労施策に関して、日本のシステムの構造的問題の一つとして、労働行政と厚生行政の間に溝があり、縦割り行政の弊害があることを指摘し、その改善を求めてきた。
 そこで、両省の一体化で、長年の懸案事項も解決に向けての第一歩を踏み出すことで大きな期待が寄せられるところである。
 しかしながら、これまで長年の伝統と業務上の縄張り意識をもち、異なる性格をもつ組織が急に一体化しても、縦割り行政の弊害は解決しないのではないかという懸念をもつ人が多いのではないかと思われる。
 そこで、いわば異質の組織が一体化することで、縦割り行政の弊害の克服に向けて留意すべきことに関して、特に障害者雇用に関する厚生労働省としての「使命」をもつべきであることを提言しておきたい。
 この「使命」は、ドラッカーもしばしば組織の最も重要なこととして強調しているが、二つの省組織が一体化によって共通の行動目標をもつことである。
 この共通の行動目標をどのように設定すべきかについて触れておきたい。

 これまで雇用政策と福祉政策の関係をめぐっては、両者を相互補完的関係ととらえるか、雇用が福祉の機能の肩代わりをする代替的関係にあるととらえるかについて、よく議論されてきた。
 このような議論は、労働行政と厚生行政の枠組みを前提としており、しかも、経済不況や失業状況などによって、どちらにコミットするか振り子のように振れてきた。
 これは、障害者の雇用ニーズを客観的にとらえていないことから起こる問題であった。この点、すでに、ILO、WHO、RI(国際リハビリテーション協会)など国際機関を通じてもかなりレベルの高い調査研究の蓄積がある。そして近年では、その成果を踏まえて「障害者の権利条約制定」「ユニバーサルデザインの推進」を政策提言し、国際的な取り組みをしている。
 そこで、まず、厚生労働省として、こうした研究成果を共有化し、焦点化することが必要である。

2.厚生省と労働省の一体化による長所を活かすこと

 これまでの両省が永長の間に蓄積している「ヒト・モノ・カネ」および情報の共用化を図り、それぞれの長所を出し合い、一体化によるメリットを最大限に発揮するために、何が必要であるかをまず検討することである。
 そして、「ノーマライゼーション」や「ユニバーサルデザイン」などの理念を実現するための具体的な行動目標を明らかにし、そして、それを達成するための手段を具体的に検討する必要がある。

3.厚生労働省として障害者雇用について信念をもつこと

 前述したように、障害者雇用については、すでに国際的に高いレベルの理論や政策研究の蓄積が行われている。
 このような成果をバックボーンとすることがまず重要である。しかしながら、これを実現するにあたって、常にコスト負担が障壁となってきた。この点、1981年第67回ILO総会でのブランシャール事務局長の「職業リハビリテーション―完全参加と平等」の報告書の一節に次のような指摘がある。
「確かに初期のリハビリテーションの開発コストは高いだろう。しかし、障害は社会にコストを生むことも確かである。リハビリテーションから得られるhuman gainの効果は社会全体にとってsocial gainになる。またリハビリテーションの生産利益は国際的にも国民生産の一助となっている」と。
「多くの国で職業リハビリテーションのコストの効率性が研究されているが、その多くは、建物、設備、装置の資本コストとスタッフなどの循環コストのみを考慮に入れている。障害者や家族、コミュニティにとって一生かかわりのある障害の隠れたコスト(hidden costs)について、ほとんど考慮されていない」と。
 このような指摘は、外国ではデータの裏付けがあるが、日本でも調査研究を行えば、社会全体のコンセンサスを得るためにも説得力がある。こうした説得力のある調査研究によって裏付けられた信念をもつことも重要である。

(おおやまひろし 法政大学現代福祉学部教授)