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「良い会社」づくり

高田三省

 一頃よく、障害者福祉を目的とする助成財団の関係者が集まって情報交換などを行った。集まるのは20人くらいである。各財団の母体はいろいろだ。NHK、朝日新聞社などは別格として、金融、保険、ゼネコン、商社など、みんな有名な企業ばかりだ。運輸関係はわがヤマト福祉財団だけ。当然、それぞれ社会貢献を掲げて活動しているが、「うちは親会社の支店のない地域には助成金は出さない」などと正直に言う人がいてもだれもおかしな顔をしない。社会貢献だというが、母体企業のイメージアップのための別動隊、といった認識が見え隠れする。へんに慈善づらをするよりそのほうがよい、と私は思う。
 ところで、わが財団の場合はどうか。

 財団法人ヤマト福祉財団は、障害者の自立支援を目的に、1993年に設立された。母体はヤマト運輸株式会社である。
 同社は、財団設立と前後してCI(コーポレート・アイデンティティ)を制定したが、その中の「企業姿勢」の第一項で、
 「ヤマト運輸は、地域の一員として信頼される事業活動を行うと共に、障害者の自立を願い、応援します」と謳(うた)っている。障害者支援はヤマト運輸の“社是”でもあるのだ(これについてよく福祉関係の人から「なぜ障害者支援なんですか」と質問を受ける。一企業の“社是”として、突出して見えるのかもしれないが、私には、抽象的な美辞麗句よりも具体的でいいじゃないか、と思える。が、実はこの“社是”には、次に書くような私なりに忖度(そんたく)する深謀遠慮のワケがある気がする)。
 財団の設立では、当時、ヤマト運輸会長で財団理事長に就任した小倉昌男氏の指導力が大きい。財団設立に当たって小倉氏は、自ら保有していたヤマト運輸株式のほとんど(時価約75億円)を財団の基本財産として寄付する一方、ヤマト運輸とその関係会社、そして社員や労働組合に財団活動への協力を呼びかけた。
 全員経営を基本理念に、社員とともに、「宅急便」のヤマト運輸を育ててきた小倉氏に対する社員の敬愛の念は強い。その小倉氏が、自分の資産を投げ出し、障害者支援に協力を、と呼びかけて、これに黙っている社員は少数派である。
 ヤマト福祉財団には、「賛助会員」制度がある。小倉氏の指示によって設けられた。財団設立当時のヤマト運輸の社員は約5万人であるが、このうち約3万6千人が希望して財団の賛助会員になった(現在は社員約9万人、賛助会員約5万人)。賛助会員は夏と冬のボーナス時期に500円ずつ会費を納入するが、この会費は、あえて言うなら財団にとっては実は第二義的なものである。
 狙いは、とにもかくにも一人でも多くのヤマト運輸社員に賛助会員になってもらうことである。賛助会員になることによって、障害者福祉への意義を高めてもらう。障害者に対する思いやりの気持ちを深めてもらう。できるだけ福祉活動に参加してもらう。
 小倉氏はクリスチャンである。だから、障害者福祉への思いも、キリスト者としての“愛”の精神に根ざしていることは容易に理解できる。が、ここにはいま一つ、企業経営者、小倉氏の「経営哲学」があると私は考える。
 小倉氏は、あるとき私にこう言ったことがある。
 「利益を出すだけが良い会社ではない。良い会社とは、社員一人ひとりがお互いに思いやりの心をもって助け合いながら仕事をしている会社だ。それはむろん、顧客への接し方についても同様だ。利益はそんな努力の後についてやってくる」
 その小倉氏をして、障害者福祉の精神が社員と社員、社員と顧客の優しくてホットな関係づくりに有効に作用すると考えたとしても無理はない。
 ヤマト運輸の“社是”は、小倉氏の意向を受けてのものだと私は思う。同社の障害者雇用率は1.9%程度である。法定雇用率を超えてはいるが小倉氏は不満で、最近でもよく会社の人事担当者を呼んで障害者をもっと雇用するよう求める。ヤマト運輸の営業所は全国2千数百か所に散在するが、まず1営業所に1人は障害者を雇用してほしい、と要求は具体的だ。そのとき小倉氏が頭に描くイメージが私には想像できる。
 多くの場合、障害者は何らかの形で健常者の手助けを必要とする(障害者の中には秀でた特技の持ち主がいて、健常者のほうが逆に頼りにするというケースも少なくないが)。
 一つの小集団が一人の障害者をめぐり、日常的に助け、助けられながら作業をする。そのことによってお互いに助け合うことの大切さ、喜びを知り合い、それはおのずからヒューマンであたたかな企業風土の構築へと向かう。小倉氏の「良い会社」づくりである。
 障害者とともに助け合いながらの「良い会社」づくりの理念が、企業という枠を超え、地域へ、社会へと拡がっていくことができれば、それはきっと、「良い地域」、「良い社会」、そして「良い国」づくりへと飛躍していくのではないかと、ふとそんなことを考える。

(たかださんせい ヤマト福祉財団常務理事)