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会議

第4回脳外傷に関する世界会議

阿部順子

 第4回脳損傷に関する世界会議が、5月6日から9日までイタリアのトリノで開催されました。この会議は6年前のデンマーク・コペンハーゲンを皮切りに隔年で開催されています。トリノはイタリア北部にある人口100万人の中都市で、フィアットという自動車産業の町でもあります。日本で言えば、さしずめ豊田市にあたるのでしょうが、駅から王宮に至る旧市街はどっしりとした石造りの見事な街並みで、大きな街路樹が青々と繁る落ち着いた都市でした。会議の行われたリンゴット会議場はフィアットの工場跡地とのことで、会場使用にかかわる便宜を始め、輸送やセーフティーセンターの見学ツアー、カバンやペンの供与など、フィアットがさまざまな形でバックアップをしていたようです。
 会議には20数か国から620人余りが参加していました。ほとんどがヨーロッパの国々からで、アジアは中国と日本の2か国のみでした。日本からは、昨年発足したばかりの日本脳外傷友の会がツアーを企画し、友の会10人(うち4人が当事者)と専門家4人が参加しましたが、ほかに個人で参加された方もいました。
 大会長はクロウディオ・ペリーノさんという神経リハビリテーション医の大学教授で、私たちが後日、施設見学に訪れたアウストリアーチェ病院という、イタリアでも有名な脳損傷者専門の神経リハ病院の代表者もしておられるという、大変気さくな方でした。
 今大会のテーマは『新ミレニアムにおける研究、革新、生活の質』で、このテーマに沿った全体会とさまざまな分科会が開催されました。友の会の一行は、世界の動向に関心をもって、ファミリーデイ・フォーラムの分科会に参加しました。もっとも、会議は英語またはイタリア語ですし、通訳をお願いした現地にお住まいの宮川婦人はイタリアで生まれ育った方で、英語とイタリア語は堪能ですが、日本語はおぼつかないという状態でしたので、私たちの理解は不十分でしたが、この内容の一端をご紹介します。
 ファミリーデイ・フォーラムのテーマは『生活を改善するための最新の道具と将来展望』で、13題の発表があり、このうちの2題は当事者によるものでした。専門家からも家族からも、専門家と家族のギャップ、病院と地域生活のギャップに掛け橋をかける必要性が報告されました。そのために、イギリスでは入院中からのケースマネージメントが、イタリアやフランス、アメリカでは、サポートに関するさまざまな資源の情報提供が行われているようです。しかし、いずれも家族と専門家が相互に聞き、話し合って体験や情報を分かち合うことの大切さを強調していました。
 また専門家は家族と本人の両方をサポートすることが必要であり、その中心である本人が新しい生活を切り開いていけるよう辛抱強く待たなければならないということや、専門家や家族が代わりにやってしまうのではなく、本人の尊厳を守り、本人が自分でやれるように心で助けなければならないと本人の自立を援助する大切さを語っていました。これらの話は脳外傷に限らず、すべての障害者に共通する事柄でもあります。
 一方、脳外傷固有の問題は、このフォーラムの最初のあいさつで述べられた「事故によって新しい人間が生まれる。新しい人間は完全に以前とは変わっている。しかし、新しい人間も以前と同じようないい人だと思わないといけない」という言葉や、軽症脳外傷当事者の「私の人生は劇的な変化があった。一見、何の問題もないように見えるが、前と同じ仕事はできない。専門家や家族、周囲の援助が必要だ。回復に時間がかかるので家族の負担は大きい」という発言に伺うことができます。事故によって変わってしまった脳外傷者を、家族と本人が理解し受け入れていくことの難しさと、見かけがいいゆえの社会的なサポート体制のなさや一般的な理解の得られにくさは、各国共通の課題でした。
 先進国と言われるアメリカやイギリスでも国内の地域間格差は大きく、イギリスでは七割の脳外傷者がリハサービスを受けられずに在宅となっているようですし、アメリカでも情報やサポートの全くない州において、孤立して悩んでいる脳外傷者の状況は日本と変わりないようです。最後のスピーチをした重症脳外傷のバーバラさんは、カリフォルニア州で事故に遭い、専門家からは何もできないと言われて7年を過ごした後、バージニア州に移り、仲間と出会い、当事者の体験記を読み、リハセンターでトレーニングを受け、自分の人生が変わったと話していました。また、大事なこととして「自立」「家族」「サポートグループ」「専門家との良好な関係」の4点をあげていました。
 今回の会議に参加した友の会の人たちは、どの国も同じ問題を抱えており、どの国の家族の思いも同じであることを確認し、医療が終わった後の、地域生活や生活の質が大事だということを改めて感じたと話していました。残念だったことは、せっかく家族の日が用意されていたのに、交流の場や機会がほとんどなかったことです。会が終わった後のバーバラさんとの話や、展示ブースでの脳損傷者と家族の欧州同盟(BIF-EC)との交流、会議が終了した後の施設見学などが印象に残りました。
 また、イタリアはカトリックの信仰をベースとした愛と家族主義の伝統が強く残る国で、家族とともに暮らすことが当たり前であり、「自立」もアメリカのような一人暮らしが目標ではなく、家族の中での自立が目標とのことで、家族の役割がとりわけ大きいようでした。国情によってこれらの考え方に違いがあることも、今回の会議で分かったことです。
 2年後のストックホルム大会では、日本からも当事者や専門家が発表できるといいと思いつつ、帰国の途につきました。

(あべじゅんこ 名古屋市総合リハビリテーションセンター福祉部主幹(臨床心理士)、日本脳外傷友の会顧問)


*会議後の施設見学については、脳外傷友の会「みずほ」のホームページでもご覧いただけます。
 http://www.hat.hi-ho.ne.jp/nagoya-mizuho/index.htm