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障害者権利条約制定とその国内的意義

松井亮輔

1 99号勧告と身体障害者雇用促進法制定

 国連・障害者権利条約制定を前面に掲げた、国際リハビリテーション協会(RI)の「2000年代憲章」(1999年)や「世界障害NGOサミット」での「新世紀における障害者の権利に関する北京宣言」(2000年)等に象徴されるように、最近、同条約制定への国際的関心が高まってきている。
 こうした動きなどを受け、2000年4月国連人権委員会は、「障害者の人権」という決議を採択した(注1)。これまで障害問題は、社会(開発)問題の一部として国連社会開発委員会で取り扱われてきたのが、人権としての視点から人権委員会で正式に取り上げられることになったのは、まさに画期的なことである。いまのところ、障害者権利条約が来年あるいはそれ以降国連総会の議題となるかどうかは、来年4月に開かれる人権委員会にかかっているといわれる。もし同委員会が国連総会の議題として提案することを決議すれば、同条約制定に向けての動きが本格的にはじまることになる。
 ここでは、同条約制定のわが国にとっての意義について、国際労働機関(ILO)総会で採択された「障害者の職業リハビリテーションに関する勧告(99号勧告)」(1955年)、ならびに「職業リハビリテーション及び雇用(障害者)に関する条約(159号条約)」および「同勧告(168号勧告)」(1983年)が、わが国の障害者雇用分野に及ぼした影響等を参考に考察することとしたい。

 わが国で身体障害者の雇用が、雇用対策の一環として明確に位置づけられることになったのは、1960年に制定された「身体障害者雇用促進法」による。同法は、1955年のILO99号勧告等を踏まえてつくられたものである。
 同勧告が対象とする障害者は、「身体的及び精神的障害の結果、適当な職業に就き、かつそれを継続する見込みが相当に減退している者」とされるが、同法では、対象は身体障害者に限定され、知的障害者については「明確な判定基準がない」などを理由に当面対象外とされた。
 同法で身体障害者雇用対策の柱と位置づけられた「身体障害者雇用率制度」(以下、雇用率制度)は、「雇用関係が人間関係の上に立つものであることから、徒に雇用を強制することが真に身体障害者の福祉を図るゆえんではないと考えられること」等を理由に、その雇用について法的義務化をせず、努力義務にとどめることとなった。しかし、その後の経済情勢や労働市場状況の変化に対処すべく、1976年に同法は大幅に改正された。その際、雇用率制度は、「すべて事業主は社会連帯の理念に基づき身体障害者の雇用に関して共同の責務を有する」ことを理由に、法的義務化されるとともに、それを担保するため、「身体障害者雇用納付金制度」(以下、納付金制度)がつくられた。同制度は、「事業主間の身体障害者の雇用に伴う経済的負担の調整を図る」こと等を目的としたものである。

2 ILO159号条約と障害者雇用促進法への改正

 1975年の国連総会で採択された「障害者の権利に関する宣言」が意図する、障害者の「完全参加と平等」の実現をめざした「国際障害者年」、「国連・障害者の十年」および「障害者に関する世界行動計画」等の一連の動向を踏まえ、ILOは、1955年の99号勧告の見直しを行った。その結果、新たにつくられたのが、1983年の159号条約および168号勧告である。これらは大筋では99号勧告の内容を踏襲しつつも、障害者の職業生活における「完全参加と平等」を実現するために、職業リハビリテーションの目的を「すべての種類の障害者が適当な雇用に就き、それを維持し、かつ、それにおいて向上することができるようにすること、並びに、それにより障害者の社会への統合又は再統合を促進すること」と再規定している。
 同条約が採択されたこと等を受け、わが国では、1.身体障害者雇用促進法の対象を身体障害者からすべての種類の障害者に拡大し、知的障害者については雇用の義務化は行わないものの、雇用率制度および納付金制度の対象とすること、2.雇用の促進に加え、雇用の安定を図ること、3.障害者雇用対策基本方針を策定すること、および4.職業リハビリテーション対策の推進を図ること等を内容とする改正が行われた。この改正により同法は、その名称が「障害者の雇用の促進等に関する法律」(以下、障害者雇用促進法)に変えられた(注2)。
 こうした改正をはじめとする国内的条件整備を経て、わが国は、1992年6月同条約を批准している。
 その後、1997年に行われた同法改正で、知的障害者の雇用義務化が実現し、知的障害者も雇用率の算定基礎に加えられることとなった。しかし、精神障害者については、「企業の管理面での配慮事項が明確になっていない」などとしてその雇用の義務化は見送られる。
 以上見てきたように、わが国の障害者雇用施策は、99号勧告および159号条約等に対応して整備されてきたといえる。しかし、旧厚生省の所管である身体障害者福祉法等に基づく、各種障害者授産施設等での福祉的就労施策については、これまでそれらの勧告や条約等に関連づけて検討されることはほとんどなかった。

3 人権の視点から見た現状と課題

(1) 障害者雇用について

 わが国で雇用率制度の対象とされる民間企業における障害者雇用は、同制度発足時(1977年)の約12万4,000人から2000年の約25万3,000人へと、この間2倍以上に増えている。その間、実雇用率の伸びは、常用労働者数1,000人以上の大企業でもっとも大きく、その結果、従来小企業との間にあった障害者雇用上の格差は、縮小傾向が見られる。それに伴って身体障害者については、賃金も含め、労働条件は常用労働者全体のそれに近づいている。
 その一方で、知的障害者の場合は、依然として製造業分野の小企業に偏っていること等のため、賃金水準は、常用労働者全体のそれの半分以下で、しかも実労働時間は逆に1割近く長くなっている(注3)。このように知的障害者の労働条件が悪いのは、最低賃金法の適用除外の対象とされたり、正規職員ではなく、嘱託や臨時雇い扱いにされることが少なくない、といったことの反映と思われる(注4)。つまり、知的障害者の多くは、159条約が規定する「障害を有する労働者と他の労働者との間の機会及び待遇の実効的な均等のための特別な積極的措置」の恩恵にはそれほど浴しえていないといえよう。
 最近、障害者への欠格条項を廃止すべく「医師法等の改正」が行われたが、それを実効あらしめるためには、なお取り組むべき課題が少なからず残されている。

(2) 福祉的就労について

 現在、わが国では約15万人の重度障害者が、各種の障害者授産施設・福祉工場および小規模作業所を利用している。障害者授産施設利用者の4割以上が施設を出て、「(一般の職場で)働くことを希望している(注5)」にもかかわらず、毎年の一般就職率は1%前後とされる。これらの施設は、少なくとも制度上は、一般就職を目的とした訓練施設と位置づけられてはいるものの、利用者に対する一般企業等への移行支援機能は、ほとんど働いてはいないのが実情である。授産施設利用者の平均工賃月額は、1万円台から2万円台で、小規模作業所のそれは、数千円程度にとどまっている(注6)。この程度の額では、障害基礎年金と合わせても、地域で自活することは到底困難である。
 99号勧告では、「賃金および雇用条件に関する法規が労働者に対して一般的に適用されている場合には、その法規は保護雇用の下にある障害者にも適用すべきである」と規定されているが、残念ながら、これまでのところわが国の福祉的就労施設利用者にとっては、この規定はほとんど無縁の存在である。

4 障害者権利条約の必要性

 わが国の障害者雇用施策の根幹をなすともいえる雇用率制度および納付金制度が、障害者雇用の量的な改善に寄与してきたことは評価されるが、その質的改善にはあまり有効には機能していないように思われる。
 障害者の職業生活における完全参加と平等を実現するためには、わが国の障害者雇用・福祉的就労の従来のあり方について、障害者の権利あるいは人権という視点から見直すこと、すなわち、雇用・就労の場でさまざまな権利侵害を被っている障害者に対して、救済措置を講じ得るようなメカニズムの整備が求められている。
 障害者権利条約制定は、そうしたわが国の取り組みを加速化するに違いない。そのためにも国連人権委員会の構成メンバーであるわが国が、来年4月の同委員会で同条約を国連総会の議題とすることを支持するとともに、国連総会においても賛成するよう、関係者が総力をあげて、国会や政府に精力的に働きかける必要があろう。仮りに国連総会で同条約が採択されたとしても、関係法改正等、国内の条件整備に相当の時間を要することは、159号条約批准に9年近くの年月がかかったという経験からも明らかである。したがって、関係者はかなり息の長い取り組みを覚悟しなければならない。

(まついりょうすけ 北星学園大学教授)

〈参考文献〉

(注1)長瀬修、『障害者の国際条約─国連での動きを中心に─』、「働く広場」No.275、2000年8月、日本障害者雇用促進協会
(注2)手塚直樹、「日本の障害者雇用─その歴史・現状・課題─」、光生館、2000年
(注3)労働省・障害者雇用対策課、「平成5年度身体障害者等雇用実態調査結果報告書─平成5年11月調査─」、1994年
(注4)荒木兵一郎他編、「講座障害をもつ人の人権(2)社会参加と機会の平等」、有斐閣、1999年
(注5)朝日雅也、『福祉的就労から一般雇用への移行─その現状と課題─』、「働く広場」No.283、2001年4月、日本障害者雇用促進協会
(注6)高齢者・障害者の就労環境と就労支援システムの研究委員会編、「高齢者・障害者の就労環境と就労システムの研究」、東京コロニー、2000年