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1000字提言

アメリカで垣間見たこと、感じたこと

助川征雄

 昨日、サンフランシスコ在住の友人から電話があった。彼女は、アメリカで臨床ソーシャルワーカー資格を得て、長年、精神障害者支援などに従事してきた人である。
 同時多発テロ事件発生から1週間後、周りの心配をよそに、夫の転勤の手伝いを兼ねてニューヨークに行ってきたそうだ。テロの現場近くにも行ってみたが、街には悲しみや緊張感がただよい市民の対応がおしなべてやさしかったという。その話を聞いて、私は阪神淡路大震災時の長田の街を思い出した。あの時も街中が悲しみとやさしさに溢れていた。
 この春、私は彼女が企画に協力した「サンフランシスコ(アルメダ郡)精神保健福祉研修旅行」に、社会福祉系の大学教員や学生たちと参加した。この機会に、アジアン・メンタルヘルス・サービシーズ(ACMHS)での彼女の活躍ぶりを見たいと思った。また、13年ぶりにロンドンで世話になったパキスタン人の友人にも会いたいと思ったからである。
 さて、サンフランシスコではまず、現地の担当者から精神障害者支援や多発するドメスティクバイオレンスの現状と厳しい対策などの話を聞いた。また、精神障害者ピアサポート活動(仲間による支援)、精神病院(救急医療)、ACMHSのアートセンター(木版画製作・販売、デイケア活動の拠点)、日系痴呆老人グループホームなども見学した。
 パキスタン人の友人は短い間に2回も、2時間もかけてサンノゼから会いに来てくれた。「ロンドンはよかった」「重税なので昼夜働かなければならない」「君との付き合いが、唯一僕が人間の証だ」と憮(ぶ)然としていた(だからロンドンから動くなと言ったのだ!)。
 今回の旅行で私の印象に強く残ったことは、「マネージドケア」の酷な一面だった。サービス等の利用に対する「査定」が厳しく、精神障害者の多くが病院や施設から短期間で地域へ放り出されてしまう現実だった。街中には、カラカラと物乞いの紙コップを鳴らす精神障害者を含むかなりの浮浪者の姿があった。夜はホームレスだらけであった。それらの狭間に立ち、精神障害者等を支え続ける彼女たちの苦労は並大抵ではないと感じた。
 日本は精神医療も精神障害者福祉も改革途上だが、社会福祉基礎構造改革やケアマネージメント導入がこのような結末をまねかないよう心して取り組まねばと強く思った。

(すけがわゆきお 神奈川県立精神保健福祉センター)