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フォーラム2002

障害者権利条約制定への大きな一歩
-国連総会でメキシコ政府決議案採択-

松井亮輔

 昨年11月30日国連総会第3委員会で、メキシコ政府提案の障害者権利条約に関する決議案が採択された。次いで、12月19日には、国連総会(本会議)で同決議案の正式採択が決まった。同決議案の共同提案国は、メキシコも含め28か国で、その内訳は、中南米(カリブ海諸国を含む)19か国、アフリカ5か国、アジア2か国(フィリピンとバングラデシュ)、中近東2か国となっている。このことからも明らかなように、同決議の推進力となったのは、もっぱら中南米を中心とする途上国である。
 そもそも障害者権利条約については、今年3月ジュネーブで開かれる国連人権委員会の議題として取り上げられることが決まっていることから、国連総会での議論は、この9月以降というのが大方の予想であった。ところが、昨年10月29日にワシントンに本部があるインターアメリカン障害研究所ロサンジェラ・バーマン・ビーラー会長名で、「数日前メキシコ政府が、現在開催中の国連総会第3委員会に『障害者の権利と尊厳を保護し推進するための包括的かつ全面的な国際条約をつくることを目的とした、すべての国連加盟国およびオブザーバーが参加する、ひらかれた特別委員会を設置すること』および『事務総長が特別委員会の業務に関して(2002年の)第57会期総会に対して報告を提出すること』などを主な内容とする決議案の提出を決定したこと(正式の提出は、11月19日)。同決議案が国連総会第3委員会で過半数の賛成が得られるよう、アナン国連事務総長および各国政府に対してメールなどで働きかけてほしい」との支援要請が、わが国の国際リハビリテーション協会(RI)加盟団体である、日本障害者リハビリテーション協会などに寄せられた。
 こうしたメキシコ政府の動きを歓迎しながらも、それがきわめて唐突だっただけに、この協力要請にどう対応すべきか、戸惑いを覚えた各国関係者も少なくなかったようである。

■決議案採択の経緯

 その後、RI本部などから届いた情報などによれば、メキシコ政府決議案の内容をめぐって、同政府と各国、とくに後述するような理由で、時期尚早として同決議案取り下げを要請していた欧州連合(EU)諸国などと精力的な協議が重ねられた結果、11月29日までには妥協が成立し、翌30日の第3委員会で投票に付すことなく同決議案は採択された(1975年の障害者権利宣言の場合も同様に処理されている)。
 採択された決議では、当初案にあった「国際条約をつくることを目的とした特別委員会の設置」が、「国際条約への提案を検討するための特別委員会の設置」に修正(トーンダウン)されるとともに、「人権と差別禁止分野での全体的なアプローチに基づき、人権委員会と社会開発委員会の勧告を考慮に入れるものとする」が新たに追加されている。これは、ノーマライゼーションの観点から、障害者を対象とする権利条約を検討するまえに、まず既存の人権条約などで障害問題に対応すべきとする意見や、人権委員会がアイルランド国立大学のデジュナー教授などに委託して行った「障害分野における国連人権協定の現在の利用状況と今後の利用に関する調査」結果が2001年末に出ること。また、2002年2月には、社会開発委員会に対してリンドクビスト特別報告者の最終報告の提出が予定されていること。したがって両委員会がどう判断するかを見たうえで具体的な検討に入るべき、とするEUなどに配慮したものである。

■条約制定検討のプロセスと展望

 メキシコ政府のイニシアチブによって、障害者権利条約検討に向けての一歩が踏み出されたことは、大いに評価されるべきと思われる。しかし、果たして障害当事者をはじめ、関係者が望むような条約制定が実現しうるかどうかは、人権委員会や社会開発委員会での取り組み、新たに設置されることになった特別委員会での検討(同決議では、2002年の第57会期総会までに10日間の特別委員会が開催されることになっている)、それに関連した地域レベルでの会議等(同決議では、「政府が、地域委員会、人権高等弁務官や社会政策・開発部、および社会開発委員会の障害者の機会均等化に関する標準規則の実行をモニタリングする特別報告者の協力の下、国際条約において考慮されるべき内容や実際的な施策について勧告を行うことで、特別委員会の業務に貢献する、地域レベルの会議やセミナーを開催するよう求める」とされる)、そしてさらには、国連総会第3委員会での討議などにかかっている。同決議案採択の経緯からも、同条約制定までにはかなりの紆余曲折が予想される。
 したがって、同条約の制定を確実なものにするには、当事者団体および関係団体関係者としても、連携してこれらの会議等での議論に積極的に参加するとともに、ひろく世論にも訴えかけていく必要があると思われる。

(まついりょうすけ 北星学園大学教授)