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ベトナムのろう者との交流を通して思うこと

小椋武夫

 私はアジア太平洋ろう者地域事務局長をしています。この事務局は世界ろう者連盟(WFD)に加盟していて、毎年代表者会議を各国持ち回りで開催し、アジア各国のろう者の福祉向上のために活動しています。
 昨年12月5日から9日に開かれたアジア太平洋地域代表者香港会議からハノイに到着して吃驚の連続でした。自転車とバイクでびっしりとなった道路、自転車で多くの物を運び、天秤棒を担いでいる三角形の麦藁(むぎわら)帽子をかぶった婦人たちのパワー、買い物の時、私が日本人と分かれば3倍くらいの値段をふっかけられたり…。ベトナム戦争が終わって以来、ベトナムはどう変わっていたのか、まったく知識がなかった私は周りを見て驚きました。
 ハノイ会議に参加してたくさんのベトナムのろう者と話し合う機会を持てたことをうれしく思っています。ベトナムのろう者の話によると、ベトナムは長い戦争から政情安定化のため、民権より国権の確保を優先させ、治安体制の強化また国家主導の経済開発政治を作り始めています。そのために障害者団体には国家から補助金もなく、聴覚障害者の福祉問題を悩む状況のなか、なかなか立ち上がれない現実があります。よりよい生活を求めて社会的、文化的側面から議論しなければならないところに、経済的要因で教育問題の難しさが出ています。
 ベトナムのろう者たちは今、全国組織を結成しようと努めていますが、手話通訳制度、テレビの字幕放送はまだ作られてないし、ろう者に対する具体的施策がなく、展開が見られません。教育の環境整備、聴覚障害者への情報保障は不十分で、ろう成人社会との結びつきがありません。協会作りのために種を蒔いても政府の支援である水がなく、育てられないという状況があって、社会的な視点が欠けています。現実には組織化の問題、教育の問題をどのように解決するのか、どのように活動していくのか、それぞれ深刻で考えるべき問題は山積しています。国際障害者年のテーマでもある「完全参加と平等」とはほど遠い現実です。
 ろう者の教育環境の改善、情報保障の手話通訳者育成、ろう者組織作りなどを重点に、推進すべき目標として定めていかなければならないのは、私のアジア太平洋ろう者地域事務局長としての仕事ですが、多くの関係者の協力が必要です。「何かをしてあげる」ではなく、ろう者の抱える問題を、共通の課題としてどう活動していくのか、どう支援していくのかということを考えることが大切ではないかと思います。ベトナムの問題だけでなく、アジアの生活を見るとき、アジアの人々に接する態度は真摯(しんし)であってほしい。また基本姿勢としても、物珍しさを見る視点でなく、共通性と異質性を学ぶ姿勢が大切と思います。皆さんのそのような気持ちこそが、アジアの社会全体を変えることができます。
 今回ハノイ会議に参加して、アジアの人々が一生懸命に生きていることの幸福を感じられて、こちらも元気が湧(わ)いてきて、魅力を感じています。たくましく成長していく、貧しさと闘うアジアの人々に関心があって、これからもじっくりアジア太平洋地域に向き合って、ろう者社会を見つめていきたいと思います。

(おぐらたけお アジア太平洋ろう者地域事務局長、全日本ろうあ連盟理事)