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1000字提言

想い出の人

野上温子

 2002年の幕明け、今年も多くの人との年賀状のやりとりがあった。ふだんご無沙汰している人たちからの年1回の賀状をいただくのは、ことのほかうれしいものである。
 そんな中で今年も、北海道旭川に住むK氏からの賀状を受け取った。10年来1年も欠かさずに新年のあいさつをいただいている。このK氏との出会いは、10年前当時働いていた自立生活センターのスタッフとして、旭川で開かれたピアカウンセリング講座のリーダーで出向いた時が最初だった。2年間続けて旭川で講座が開かれ、彼は受講生であり、主催者側のオーガナイザー役でもあった。その頃彼は20代後半の青年で、言語障害も重い重度のCPの人で、ピアカウンセリングをとても気に入ってくれた。
 今でも鮮やかに想い出すのは、うす暗い雑貨屋の片隅で「たばこ」売りの店番をしていた姿と(私が彼の家を訪れた時)ピアカウンセリング講座2年目の時、講座中に感情解放して、スバラシイ涙を見せた姿である。
 彼の青白い端正な顔を、今でも私は忘れていない。それ以来、彼はずっと賀状をくれ続けている。しかし今、彼がどうしているのか、幸せに暮らしているのか、念願だった自立生活をしているのか、私は何も知らない。ただ今も変わらず、旭川に住み続けていることだけを知っている。
 考えてみると、この14年くらい全国あちらこちらに、ピアカウンセリングを伝え歩いてきた。たくさんの仲間のピアカウンセラーの働きにより、ピアカウンセリングは全国に普及したと思う。
 96年には、国の施策「市町村障害者生活支援事業」の必須事業の一つにもなって障害者の自立支援には、欠かせないものになった。私もこの目で、肌でピアカウンセリングで元気になった人、自信をつけ、自立生活や仕事に取り組んだ仲間を知っている。この方法が有効と信じて、自分も使い、仲間にも伝えてきたのだけれど…。
 でも今なぜか、K氏からの年賀状を手にして、彼のことを気にしている。2年間受講した講座は、今も彼の生活に生かされているのか。今も変わらず、自信に満ちた生活をおくっているのだろうかと。そして、これまでにピアカウンセリングを知った多くの仲間たちが、自己信頼を深め、幸せに暮らしていてほしいと、心から願っている。そしてまた、来年も再来年も旭川のK氏からの賀状を待っていたい。賀状が届くことが私の仕事への証(あかし)にもなっていると思えるからだ。

(のがみはるこ CIL立川障害者生活支援事業部統括責任者)