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欠格条項改正前後の状況と今後の課題

舟田縁

はじめに

 筆者は聴覚障害者であるが、欠格条項改正以前に診療放射線技師免許を取得し、医療現場で働いている。筆者自身の体験から法改正前後の状況を概観するとともに、今後の課題について考えてみたい。

欠格条項改正以前―免許取得まで

 筆者は幼少の頃に聴覚障害を負い、小学校就学後に補聴器を常時必要とする難聴となった。現在でも補聴器を装用すれば電話による会話も可能であるが、やはり相手の話し方や声の高低などにより完全に聞き取れない場合もある。
 学生の頃は「薬剤師になりたい」という夢を持っていた。しかし、薬剤師をめざそうと考えた筆者に大きな壁が立ちはだかった。「欠格条項」である。これを知った瞬間、果たして自分は欠格条項に該当するのか非常に悩んだ。条文の「耳の聞こえないもの」という文面があまりにも漠然としすぎていたからである。紙数の都合で詳細は割愛させていただくが、それでも夢を叶えたい一心で薬学部をめざそうと決心する。だが、結果的に聴覚障害を理由に複数の大学から受験そのものを暗に拒否されたうえ、周囲の反対に遭ったために薬剤師は諦めざるを得なかった経緯がある。
 憲法では「法の下における平等」「学問の自由」「職業選択の自由」が定められているにもかかわらず、それが全く保障されていないことに憤りを感じざるを得なかった。紆余曲折の末に放射線技師をめざすことになった訳であるが、診療放射線技師法にも薬剤師法と同様の欠格条項が存在することを知っていたため、技師免許を取得するまで不安が付きまとうことになる。実際には、免許申請の際に聴覚障害の有無が細かく調べられる訳でもなく、“難なく”免許を取得できたと言っても過言ではない。

免許取得後

 こうして晴れて診療放射線技師となったが、欠格条項の存在を知りながら現場で働くことは恐怖との闘いでもあった。欠格条項に該当するという指摘があったら免許を剥奪(はくだつ)されるかもしれないという怖れ、大学を卒業し国試にも合格したのだからそのような理不尽なことは有り得ないという思いが交錯した。加えて、放射線技師という仕事は男性が多いことで知られるが、筆者の職場内でも筆者が紅一点であり、健聴者の中の聴覚障害者という環境が災いし、自身の聴覚障害に対するサポートを上手く求められないまま働き始めたために、当初はコミュニケーションのすれ違いによるトラブルも絶えなかった。

欠格条項改正後

 それでも技師として働き、間もなく10年になろうとしている。昨夏、これほどまでに筆者の運命を翻弄(ほんろう)させた欠格条項もようやく改正された。だが、法律が変わったからといってすぐさま就労環境が改善された訳ではないし、今までの不便さを払拭(ふっしょく)すべく要求しても「今さら」と言われるであろうことは容易に想像がつく。
 法改正によって以前よりはサポートを求めやすくなった面での前進はあるが、現実には上手くことは運ばない。やはり前例が少ないことが影響していると思われ、欠格条項が当然とされてきた時代の長さを改めて感じるのである。

今後の課題

 筆者自身、医療現場で働いてみて思うことであるが、障害者自身が周囲に働きかけて就労環境を改善することも当然大事である。だが個人の努力だけでは解決できない問題も多い。「社会受容」という言葉があるが、社会が障害者も同じ人間として対等に認め合う環境が育たなければ根本的に現状は変わらないと考える。
 実は、筆者のように法改正以前に聴覚障害をもちながら医療関係資格を取得した人がおり、その仲間とともに2001年2月「聴覚障害をもつ医療従事者の会」を結成した。会員のうち、大学入学時点ですでに聴覚障害があった者は、一様に講義における情報保障がなく大変であったという。近年は聴覚障害学生も増えており、一部地域ではノートテイクという方法を中心にサポート体制が万全ではないが進んでいると聞く。大学での講義にとどまらず、卒後も研修や学会等に参加して研鑽(けんさん)を積まねばならないが、こういった場での情報保障は皆無に等しい。
 これまでは欠格条項のために声を大にして訴えられなかった面もあるが、健聴者と対等に学べる環境作りが必須であり、先に掲げたノートテイクのみならず手話通訳等も含めた人的サポートの充実が望まれる。加えて、近年の技術発達には目を見張るものがあるが、筆者のように残存聴力を活用できる人のために補聴援助システム開発がさらに進むことを期待したい。適切な人的・機器的サポートがあって初めて私たちは個々の能力が存分に発揮できるのである。前出の「医療従事者の会」では会員同士の情報交換を行うほか、自分たちの就労環境を改善すべく実態把握に努めるとともに、社会に向けてさまざまな提言等を行っていく予定である。法律は改正されたが、これが到達点ではなく、これからの取り組み如何(いかん)によって真価が問われるであろう。

(ふなだゆかり 聴覚障害をもつ医療従事者の会事務局)