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インタビュー

トーマス・ラガウォル
RI事務総長に聞く

聞き手 松井亮輔
北星学園大学

 3月11日夕から14日朝にかけて国際リハビリテーション協会(RI)事務総長トーマス・ラガウォル氏(53歳)が、今年10月21日(月)~23日(水)、アジア太平洋障害者の十年最終年記念フォーラムの一環として大阪で開かれる第12回RIアジア太平洋地域会議およびその直前に同じく大阪で開催されるRI総会などについて日本側関係者と打ち合わせをするため来日。同氏は、正味2日余というきわめて短い滞在期間中、RI関係の打ち合わせに加え、「障害者権利条約に関する最近の動向」に関する講演、厚生労働省、内閣府および最終年記念フォーラム組織委員会委員長八代英太衆議院議員への表敬など、きわめてタイトなスケジュールをこなされた。その合間をぬって、同氏からRIとしての取り組むべき課題や第12回RIアジア太平洋地域会議などへの期待などについてうかがった。

―来日は、今回で何度目になりますか。

 はじめて日本に来たのは、1988年東京で第16回RI世界会議および総会が開かれた時です。その際、当時わたしが情報センター所長を務めていたRIの専門委員会の一つであるテクノロジーおよびアクセシビリティに関する国際委員会(ICTA)のセミナーが所沢の国立身体障害者リハビリテーションセンターであったので、そこでスウェーデンにおける福祉機器給付制度について発表しました。2回目は、1995年兵庫県総合リハビリテーションセンター澤村誠志所長(当時)の招きで、地域ベースのリハビリテーション(CBR)コンサルタントとして、いくつかの地域リハビリテーションセミナーなどでCBRや適正技術の活用などについて話をしました。
 今回が3回目です。88年に初めて来た時と比べ、東京が大きく変わったこと、また日本人がより積極的に国際的役割を担うようになったのが、印象的です。

―昨年6月、RI事務総長に就任されたわけですが、それまで障害分野ではどのような仕事をされてきましたか。

 障害分野とのかかわりは、およそ20年になります。1970年代から80年代はじめにかけてスウェーデンの非政府組織のソーシャルワーカーとして、あるいは外交官として南米で農村開発プログラムなどに携わった際にも多少は障害問題にも関係しましたが、本格的なかかわりは、1983年にスウェーデン障害研究所企画部長として福祉機器に関する調査・研究などに携わるようになってからです。わたしは途上国の障害をもつ人たちとのかかわりを通して、彼らの日常生活をより容易なものにし、その社会参加促進を支援するためのツールとして福祉機器に関心を持ち、適性技術を活用したその開発支援にも積極的にかかわってきましたが、わたしの大学での専攻は、実は工学ではなく、行政学とソーシャルワークです。

―RI事務総長として、RIが取り組むべき課題についてどのようにお考えですか。

 わたしはこれまでは主としてICTA副委員長や同情報センター所長という立場でRIとかかわってきましたが、RIが組織をあげて取り組む第一の課題は、RIが1999年にロンドンでの総会で採択した『RI2000年代憲章』で提唱した障害者権利条約の早期制定です。その制定に向けての世論形成は、もちろんRI単独でできるものではなく、RIも昨年加盟した国際障害同盟(IDA)の他のメンバー、つまり、障害者インターナショナル(DPI)、国際育成会連盟(インクルージョン・インターナショナル、II)、世界盲人連合(WBU)、世界ろう連盟(WFD)、世界盲ろう連盟(WFDb)および精神医療利用生還者世界ネットワーク(WNUDP)と密接な連携をとりながら、取り組む必要があります。また、IDAがその影響力をさらに強めるためには、障害当事者のなかで最大の会員数をもちながらまだ加盟していない世界難聴者連盟(WFHH)もメンバーに迎えることを検討すべきとわたしは考えています。
 しかしながら、この条約をつくるかどうかを決めるのは、国連のメンバーである各国政府ですから、わたしたちは各国内の他の障害関係団体などと協力しながら各国政府が条約づくりに賛成するよう、働きかけていくことがきわめて重要です。ぜひ日本国内でも政府に対するロビー活動を積極的に展開していただきたいと思います。
 RIが取り組むべき二つ目の課題は、資源が乏しい途上国に住む何億という障害をもつ人たちの生活条件の改善を支援すること。途上国の中でも、サービスにアクセスできていないのは、農村部に住む人たちです。これまでのCBRの経験では、リハビリテーションサービスの60%以上は、専門的な教育や研修を受けてはいない家族や隣人あるいは障害当事者によって提供しうるとされています。リハビリテーションサービスをより多くの人々にアクセスしやすいものにするために、CBRプログラムをさらに発展させる必要がありますが、RIはそれに寄与しうるし、その責任があると考えます。
 三つ目の課題は、途上国のRI加盟団体への支援です。これらの団体の中には、RIの会費を払いたくても、財政的事情で払えないところが近年増えてきており、会費未納団体を規約どおりに処理すれば、途上国の加盟団体は減る一方になります。障害をもつ人たちの3分の2近くが途上国で生活していることを考えれば、途上国の加盟団体はRIにとって極めて重要な存在です。そうした途上国の加盟団体を支援するための基金づくりを進めるとともに、当面の緊急措置として、今年度先進国の加盟団体には10%割増の会費納入の協力をお願いしています。
 RIがグローバルな組織として障害者権利条約制定推進などで積極的な役割を担っていくためにも、各地域にしっかりした加盟団体が相当数存在することがきわめて重要です。
 しかし、世界的不況下で、組織維持・強化のための財源確保は、国際関係団体共通の課題であり、その改善のためにはさまざまな可能性を地道に探っていく必要があります。
 もうひとつの課題は、RI事務局スタッフの構成です。現在のスタッフは、南北アメリカおよびヨーロッパ出身者に限られており、RIがグローバルな組織として活動を展開していくためにも、スタッフ構成をよりグローバルなものにする必要があると考えます。とくにRIにおけるアジア太平洋地域の加盟団体が占める比重の大きさを考慮すれば、アジア出身のスタッフを何とかして確保したい。しかし、残念ながら、いまのRIの財政状況では、新たにスタッフを採用する余力がないため、できれば日本、韓国あるいは香港の加盟団体からそのスタッフを一定期間RI事務局に出向させるといった形で、協力していただければと願っています。

―3月12日に日本障害者雇用促進協会で行われた講演会でも触れられましたが、障害者権利条約制定の見通しについてどのようにお考えですか。

 昨年末の国連総会での決議に基づき設置される特別委員会は、いまのところ今年の7月下旬から8月上旬にかけての10日間、ニューヨークでの開催が予定されています。そこではすでに2月に開かれた国連社会開発委員会、および4月11~12日に開かれる国連人権委員会(障害に関する特別セッション)の勧告などを踏まえて、障害者権利条約の内容などについて討議され、その草案づくりが行われます。ここから本格的な条約づくりが始まるわけです。特別委員会での討議結果についての報告は、11月または12月の国連総会でアナン事務総長によって行われることになります。
 子どもの権利条約制定にほぼ12年かかったということに照らしても、障害者権利条約制定までには少なくとも5、6年はかかるのではないかと思われます。したがって、わたしたちとしては、障害者権利条約実現に向けての努力を継続する一方、子どもの権利条約や女性差別撤廃条約など既存の条約の障害者条項の強化、障害者の機会均等化に関する標準規則の周知・徹底やその実施状況のモニタリングの強化などを図る必要があります。
 障害者権利条約をつくるにあたり重要なことは定義です。何をどう定義するかは、各国にとって重要です。なぜならあるグループが条約でカバーされるか否かによって、その国の財政に影響してきます。したがって、障害者権利条約の国連の場での成否は、定義についてどこまでコンセンサスが得られるかにかかってきます。そうした意味でも、障害者権利条約の実現は、決して容易なことではなく、挫折する可能性もあり得ます。しかし、世界の6億近くに上る障害をもつ人たちが一人ひとり人間として平等の権利を享受しうるようになるためにも、それにチャレンジする価値は十分あると確信しています。

―この10月、大阪で開かれる第12回RIアジア太平洋地域会議およびRNN推進キャンペーン大阪会議などにどのようなことを期待されていますか。

 アフリカ障害者の十年(2000年~2009年)に続き、アラブ地域でも新たに障害者の十年が提唱されるなど、アジア太平洋地域におけるこれまでの10年への取り組みは、他の地域にも大きなインパクトを与えてきており、他の地域のRI関係者としても大阪の会議で議論される、アジア太平洋障害者の十年の成果に強い関心を寄せています。わたしたちが真に知りたいのは、この10年間における草の根レベルでの成果です。つまり、タイやベトナムといった途上国の都市や農村に住む障害をもつ人たちの生活の質(QOL)がどのように改善されたかということです。それに関連した統計的データをできるだけたくさん提示していただけることを期待しています。

―きわめてご多忙なスケジュールにもかかわらず、このインタビューにご協力くださりありがとうございました。障害者権利条約など、RIとして今後取り組むべき課題が多々ありますが、事務総長としてますますのご活躍を期待させていただきます。