音声ブラウザご使用の方向け: ナビメニューを飛ばして本文へ ナビメニューへ

ワールドナウ

カナダ
新たな世紀の精神保健のゆくえ
―精神障害リハビリテーションへのコンシューマーの関与―

木村真理子

地域精神保健計画立案において草の根組織の声を聴く仕組み

 先進諸国で包括的ケアシステムを構築する過程や脱施設化を実現に至らせシステムの成熟化に向かう道筋は多くの共通項を含んでいる。まず第一に、地域資源を整備しつつ脱施設化を達成する。第二に、病院解体や統廃合を通じて、予算と病院のスタッフを地域に移していく。第三に、スタッフはチームで働く体制を研修で体得し、利用者のエンパワメントモデルを採用する政策的素地を準備する。地域ケアでは、利用者の治療参加が重要な鍵となることを利用者に知らせていく。第四に医療組織だけでなく、心理社会的リハビリテーション推進組織、利用者、家族や市民の参加が精神保健システムにバランスを与えることを政策立案者や精神保健管理運営者に周知させ、幅のある政策展開を図る。
 カナダの全州は、アメリカのように郡単位で精神保健予算を使うような分権政策が取られていない。州規模で政策の合意を計り、そのシステムを州全体に波及させる方式を採用している。一方、地域計画を作る際には、民主的な方法でサービス利用者や提供機関、一般市民の合意を得るヒアリングが日常的な政策立案過程となっている。コンシューマー組織を育て、専門職とパートナーシップを組む流れが80年代に作られた多くの州では、政策を作っていくうえでコンシューマー組織が精神保健計画立案過程に関与する。
 新しい世紀を迎え、カナダの諸州は脱施設化をめざしており、包括的ケアシステムを地域に広げていこうとする政策を推進している。州によって異なるのは、精神保健コンシューマーの地域精神保健サービスや政策立案への関与の度合い、コンシューマーや家族の提供する支援事業に州政府の資金を投入する政策合意の程度であろう。これらは州の精神保健政策がどのようなモデルで運営されているかによる。言い換えれば、システムのモデルが医療モデルにより大きく偏っているか、コンシューマーのリカヴァリを指向するモデルが精神保健政策やサービスに統合されているかの違いである。
 オンタリオ州には四つの州立精神病院、五つの特殊病院、53の総合病院併設の精神科、359の地域精神保健プログラム、148の特殊ケア居住施設がある。1970年代からの地域資源の開発のための資金提供機関が民間非営利組織を母体に設置され、コンシューマーの声を取り入れ、専門職が政策的筋道をつける方向で住宅開発が行われるようになった。
 住宅の形態は多様である。近年は、住宅内部にケアスタッフが常駐する形態から、外部から支援が提供される住宅に移行してきた。重度の障害をもつ人々に対してはケアスタッフがシフトで24時間常駐し、看護スタッフが住宅管理と医療的ケア、日常生活技能訓練を提供しながら支援する過渡的住宅から、日中にスタッフが常駐するもの、外部から支援を提供するものなどがあり、これらの住宅支援のスタッフは、支援体制を組んで地域資源と連携しながらケースマネジメントを提供する。

バンクーバーで活動するMPA支援プログラム

 カナダでは、すでに3州でコンシューマーや家族主導による支援事業が政策に位置付けられ、公的財源を受けて地域で多様な支援活動や事業展開をしている。コンシューマー組織は通常、これらをサービスとは呼ばない。サービスとは伝統的には、専門職がサービス受給者に対して提供するもので、与える側と受ける側に分かれた立場性が存在する。今日コンシューマー組織が提供している支援事業では、上下関係や提供する側と受ける側という意識を極力排除した対等性や水平の関係を追及しているからである。このようなコンシューマーによる支援事業を組織的に展開している組織にMPA(Mental Patients’ Association:精神病患者協会)がある。
 バンクーバーに拠点をおく同組織は北米でも古い歴史を持ち、精神病の患者によって1970年代に創設された。「精神病患者」を現在でも組織の名称に用いている。組織の始まりは、2人の退院患者が週末に自殺を図ったことがきっかけだった。当時、フォーマルなサービスは週末や危機の支援に十分役割を果たしていないと利用者は感じ、メインストリームの精神保健サービスよりも、患者同士のインフォーマルな支援が有益であるとして支援活動を友人の住宅を借り受けて始めた。設立会議には75人の仲間が集まった。
 今日MPAは地域資源センター、11の住宅プログラム、医療機関としての位置付けをもつ六つの居住プログラム、法廷サービス、病院内の権利擁護サービス、個別権利擁護、州立精神病院の退院者に対する地域適応支援など数多くのプログラムを運営する非営利法人組織に発展した。同組織とプログラムの運営には精神保健コンシューマーのみでなく、健常者のスタッフや専門職有資格者も参加している(注1、注2)。
 財源も多様である。多くは州政府から提供されている。重度の精神障害をもつ人々の医療とリハビリテーションにはヘルスケア予算、住宅や心理社会的リハビリテーションには精神保健・長期ケア、住宅局などの予算が使われている。また民間財源からの提供もある。

オンタリオ州のコンシューマーと家族の主導事業

 オンタリオ州のコンシューマーや家族が自ら相互支援意識を育て専門家や精神保健サービスへの依存を回避するコンシューマー、家族主導事業(C/SDI)については、すでに2000年に執筆した(注3)。これらの事業は従来の精神保健サービスの範疇には属さないが、コンシューマーや家族が事業に参加することにより入院頻度や医師面会の頻度が減少し、雇用による充実感が体験され、さらに相互支援の意義を専門職よりも重視する意識が利用者や家族に生まれたと報告されている(注4)。

リカヴァリ指向で変化を求められる専門家の役割

 新たな世紀の精神保健サービスを特徴づけるキーワードのひとつに「リカヴァリ(回復)」がある。リカヴァリは病気からの治癒(キュア)とは異なる概念であり、十分に解明されてはいないため、今後さらに研究者や精神保健サービス利用者の体験に基づく概念化が進むことと思われる。
 精神障害リハビリテーションにおけるリカヴァリは、他の障害領域の歩みと軌を一にしている。身体障害や発達障害をもつ人々の「自立生活」や「自己決定」と理念を共有する。これらの理念はいずれも、コンシューマーのコントロールが回復やリハビリテーションの成果を最大に引き出し、個人の成長の可能性を最大限にするととらえている。それは、自己の責任や決定において設定した目標を個人は達成しようと最大限努力する動機が高まるからである。そして、専門職はリカヴァリ指向の実践においてより挑戦的な課題を担うことになる。
 リカヴァリ指向の精神保健システムの特色について、アンソニーらは次のように述べている(注5)。これらのプログラムの運営ではリカヴァリの理念を体現し、サービス評価に当たっては、コンシューマーの生活に現れる変化、たとえば、危機を体験する回数、雇用を得た人数などの直接的成果により評価する。コンシューマーによってリハビリテーションの目標設定が行われる。目標には日常生活、学習、就労、社会的環境のあらゆる側面が含まれ、精神医療や医学的リハビリテーションだけが到達目標や評価の対象ではなくなる。
 また評価にはコンシューマーの精神生活の充実が含まれるようになる。コンシューマーの参加(雇用)がコンシューマーにかかわる組織のあらゆるレベルに浸透し、ユーザーによるコントロール、セルフヘルプが普及する。コンシューマーと家族は精神保健のシステム設計と評価に関与する。リカヴァリを理解するために、サービス組織のあらゆる場所で働くスタッフが研修に参加し、理念を体得してサービス実践に反映させるようになる。サービスへのアクセスは、専門職の誘導によるのではなく、コンシューマーの選択や志向による。生活、学習、就労、社会的環境は、精神保健サービスの枠内にとどまらないで地域に拡大する。これにより、利用者は精神保健サービスへの依存から脱し、インフォーマルなネットワークをつくり自然な支援関係を友人や意味ある他者と作っていくことができていく。
 現在、オンタリオ州ではさらに、コンシューマー主導事業の長期的評価研究が実施されようとしている。これらの事業の長期的成果が証明されれば、リカヴァリにおいて主役であり、主導的支援を担う主体はコンシューマーであることが明確にされ、精神医療や精神障害リハビリテーションのパラダイムや精神保健予算の配分比重を大きく転換させることになるだろう(注6)。

(きむらまりこ 関西学院大学社会学部社会福祉学科教授)

(注1)

カナダブリティッシュコロンビア州は、70年代半ばに包括的な精神保健地域ケアシステムを構築して脱施設化政策を実施に移しており、今日重度の精神障害をもつ人々の大半は地域で種々の支援を受けて生活することが可能になっている。

(注2)

MPAのホームページは、http://www.wmpa.org

(注3)

詳細は、2000年7月号『ノーマライゼーション』40―43頁、『響き合う街で』37―46頁、やどかり出版、1999年参照。

(注4)

木村(1999)前掲書参照。

(注5)

Anthony et al.(2000),A recoveryoriented service system: Setting some system level standards,Psychiatric Rehabilitation Journal,24(2),159-168。

(注6)

オンタリオ州のコンシューマー・家族主導主導事業長期評価研究については、ホームページhttp://www.ontario.cmha.ca を参照されたい。