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発達障害と自閉症のリハビリテーション

中根晃

1.まえがき

 多くの精神疾患が脳のレベルの解明が行われている現在、リハビリテーションの実践のためにはスローガンではなく、脳科学的追究が必要になってきている。社会思想運動でもあるノーマライゼーションの文脈で発達障害を考えるさいに大切なことは、個々の病態について正しい知識をもつことである。たとえば自閉症は自分らを閉ざす病気ではない。彼らは一般の社会とコミュニケートする力が乏しく、間口が狭いので、その道筋を拓く援助がリハビリテーションということになる。

2.発達障害の概念と自閉症の診断

 現在、発達障害という名称はさまざまな病態に使われ、一律に論じるのは不可能なので、ICD―10(国際疾患分類第10版、WHO、1992)10)の心理的発達の障害(F8)に記載された病態に限ることにする。ICD―10では、発達障害は中枢神経系の生物学的成熟と関係した心理的機能の障害または遅滞とし、言語発達、読字、書字、算数などの学力の発達、それと協調運動の障害という特定領域に限定された発達の障害(特異的発達障害)、および障害の範囲が広い広汎性発達障害の二つが掲載されている。
 精神遅滞はこれとは別の章(F7)で扱われ、知能の程度が2標準偏差以下の水準の状態をいい、あらゆる精神的障害を生じうること、その有病率は正常知能の人よりも3~4倍高いと記されている。DSM―4(精神疾患の診断と統計のための手引き第5版、米国精神医学会編纂、19941))は、知能や性格の特質を記載する2軸診断への記載を指示している。
 広汎性発達障害は、相互的な社会関係とコミュニケーションのパターンの障害、および興味、関心の幅の限局、常同的で反復的な活動によって特徴づけられる一群の障害10)である。小児自閉症はその中の一つで、ICD―10(研究者用診断基準、199311))ないしDSM―4に掲載されている診断基準に合致するものを言う。自閉症は発達障害とされるが、発達に障害があるから自閉症になるのではなく、自閉症という障害のために、発達の一部のプロセスに重大な障害が起こっている状態である。自閉症の多くは知的発達にも大きな遅れがあるので、精神遅滞か自閉症かを鑑別するのではなく、その精神遅滞に自閉症が伴っているか否かを診断学的に問題にする。
 知能指数が正常範囲のものを高機能広汎性発達障害と言い、そのうち、3歳以前に言語遅滞があっても、その後に言語を獲得したものを高機能自閉症、言語遅滞の既往のないものをAsperger(アスペルガー)障害と呼んでいる。両者とも日常生活が自立しているので、リハビリテーションを論じるさいには別の視点が必要となる。
 小児自閉症(自閉性障害:DSM―4)の診断基準はICD―10もDSM―4もほぼ同じなので、表1にICD―10の研究用診断基準を掲げるのにとどめる。自閉症の診断は(A)3歳以前から自閉症の症状が見られること、(B)現在も特徴的な自閉症の症状として、社会的相互関係とコミュニケーションの質的異常および、興味の限局または反復常同的行動、の3領域にそれぞれ決められた項目数が認められること、の二つの部分から構成されている。

表1 小児自閉症の診断基準 ICD-10(DCR)―訳文の一部修正

A、3歳以前に、つぎにあげる領域のうち少なくとも1項の発達異常または発達の障害が存在すること

1)社会生活のためのコミュニケーションに用いられる受容性または表出性言語
2)選択的な社会的愛着または社会相互交流の発達
3)機能的または象徴的遊び

B、1)、2)、3)から併せて、少なくとも6症状が存在し、そのうち1)から2項以上、2)と3)からそれぞれ1項以上を含んでいること

1)社会的相互交流における質的異常として、つぎにあげる領域の少なくとも2項が存在すること。
 a)視線を交わしたり、表情、動作、身振りなどを、社会的相互交流の調節の手段として適切に使用できない。
 b)興味、活動、情動を相互に分かちあいながら(機会はあっても精神年齢に相応した様式で)、友人関係を発展させることができない。
 c)社会的・情緒的な相互性が欠如していて、他人の情動に対する反応の障害や歪みが見られる。あるいは、行動を社会的文脈にしたがって調整できない。あるいは社会的、情動的な行動、コミュニケーション行動の統合が弱い。
 d)喜び、興味、達成感を自発的に他人と分かちあおうとしない(すなわち、自分が関心をもっている物を他の人に見せたり、持ってきたり、さし示すことがない)。

2)コミュニケーションにおける質的異常として、つぎにあげる領域のうち、少なとも1項が存在すること。
 a)話しことばの発達の遅れ、または全体的欠如があり、身振りや口振りでコミュニケーションを補うこころみもない(意志伝達的な喃語の欠如が先行することが多い)。
 b)(その水準はともあれ言語能力はあるのに)、他人とのコミュニケーションで相互に会話のやりとりを始めたり、続けたりすることがうまくできない。
 c)常同的・反復的な言葉の使用、または独特な単語や語句の言いまわし。
 d)さまざまなごっこ遊び、または(若年であれば)社会的模倣遊びの欠如。

3)行動や興味および活動性が限局し、反復的・常同的パターンがあり、つぎにあげる領域のうち、少なくとも1項が存在すること。
 a)単一あるいは複数にわたる、常同的で限局した、内容や対象が異常な興味のパターンに専念する、または、その強さや限局性で異常であること。
 b)特定の、機能と無関係な手順や作法への、一見強迫的な執着。
 c)手や指をひらひらさせたり、捩るような、または身体全体を使っての複雑な運動を含む、常同的、反復的な動作の繰り返し。
 d)遊具の一部あるいはその機能とは関係のない要素(たとえば、その匂い、感触、雑音、あるいはそれがもたらす振動)への没頭。

C、その臨床像は、つぎのような原因で起こっているのではないこと

 広汎性発達障害の他の亜型、二次的な社会的・情緒的問題を伴う受容性言語の特異的発達障害(F80.2)、反応性愛着障害(F94.1)または脱抑制性愛着障害(F94.2)、何らかの情緒ないし行動の障害を伴う精神遅滞(F70-72)、例外的なほどの早期発症の精神分裂病(F84.2)、レット症侯群(F84.2)などによって起こった臨床像ではないこと。

 自閉症について熟知していない臨床家は自閉的に見えないからとか、対人関係があるからと言って小児自閉症の診断を否定する傾向がある。しかし、現在の診断基準は診断する人の主観によってではなく客観的症状によって診断する。診断基準には対人関係の有無ではなく、対人的相互交流の偏りについての症状が掲げられていることに留意する必要がある。
 診断基準の第三の領域の症状は特に重要である。これに関連して、意味なく横目で凝視する、指間から覗(のぞ)いて見る、物を眼に近づけて見る、他人の顔や机に自分の目を思い切り近づける、視界の周辺に指などをひらひら動かして見る、ぶ厚い電話帳などをめくって頁の動く流れを見る、ミニカーや縞模様を眼前で素速く左右に走らせる、光の点滅に見入る、下敷きなどの平面を眼前で水平に動かして見る、換気扇などの回転を夢中になって見る、二つの物の合わせ目を見る、などの特徴的な動作3)が2歳すぎになって顕著になる。これらが見られれば他の自閉症の症状が確実に存在すると言ってよいはずである。また、壁の染みや大きな建物を恐れたり、周囲の雑音を嫌ったり、特定の味の食物しか食べなかったり、トランポリンで跳ねて運動感覚に耽(ふ)ける、知らない人にも抱かれようとするなど、知覚の過敏と関連する行動が目につく。
 これより早い時期、1歳過ぎに観察されるのは母親に抱かれて買い物に行った時に、いつもと違う道を通ろうとしたら嫌がったというエピソードで、これは知らない道への不安ではなく、知っている道を通ろうとするパターン化の現象である。やや年齢が長じると物の置き場などの固執が見られる。これらは対人関係とは無関係であるが、認知のパターン化という、診断学的に重要な症状である。

3.自閉症指導の基本

 ノーマライゼーションは到達点の一つであり、自閉症の子どもや大人が健常者とともに生きていくには、彼ら自身が力をつけてクリアーすべきいくつもの障壁がある。自閉症の教育困難性の一つに対人関係の困難があるので、それを解決して通常の学校教育が可能な状態にするというのが従来の情緒障害教育の考えであった。しかし、心理療法的アプローチによっては対人的困難は最終的解決には到達しなかった。自閉症の困難性はさまざまな領域の能力に広がっていて、むしろその総合的な結果として対人関係の困難があるのだという視点が必要である4)。自閉症の対人関係の障害は対人関係のノウハウを知らない、あるいはわからない状態なので、実際に、幼児保育の中で初歩の社会的行動を一つひとつ教えていくことで対人的困難を含めて日常生活での問題の解消を図らねばならない。
 自閉症のリハビリテーションの出発点は、集団行動を含めた日常生活の基本の習得と、それをその場に応じた適切な行動に編集すること、の二つの能力上の欠陥に対して、それを克服して年齢相応の適応行動を構築させるアプローチである。このさいにはTEACCHプログラムが強調しているような、課題を構造化6)して教えていくことが必要となる。構造化とは、自閉症のように認知の障害が著明な子どもに対して、その解決の仕方が一目でわかるように課題の構造を工夫すること、課題以外のことに気をとられないように学習場面で余分な物を整理すること、その課題が成功したことが自分でもわかるような課題を選んでいくなど、こちらが課題を選んで与えていく指導法である。
 自閉症では胎生期から新生児期までに起こった脳の器質的異常をもとに症状が発展している。自閉症の症状は発達経過の中で軽快していくのが認められる。言語や対人関係のような精神機能が進展していく時期を見ると、それは正常児で急速に進展する時期にほぼ一致する。発達障害のリハビリテーションの基本は社会的に好ましい行動を強化し、好ましくない行動と置き換えていくことである。自閉症のリハビリテーションでは自閉といわれる心理状態を標的にするのではなく、その子どもがいま何歳なのか、その年齢であれば通常どのような発達的変化が期待されるか、それを下支えする能力は何なのかを適確に把握し、それが生じてくる発達的変化のきざしを最大限に生かして、同じ年代レベルの社会行動を可能にしていくことなのである。

4.脳機能からみた自閉症の病理

 自閉症では、相手の表情や動作からその人の機嫌とか感情を察知することが困難であるという感情認知の障害がある。他人の心の状態を思い浮かべることは心理化(mentalizing)と呼ばれ、相手には自分とは違った考えがあることを知り、それを推理しなければならないという認識が「心の理論(Theory of Mind)」8)で、自閉症児はこれを獲得していないとされる。しかし、心の理論の検査に用いられる課題は正常児で4歳以上で可能とされているのに、自閉症の症状はそれよりずっと前から出現している。また高機能自閉症の一部やAsperger障害では年齢が大きくなると解決できるようになる。しかし、そのような高機能自閉症やAsperger障害でも実行機能の検査の課題がパスできないというのが実行機能障害説である9)
 実行機能とは前頭葉の前頭前部と大脳神経核の一つである尾状核と淡蒼球、それと視床を結ぶ背外側前頭前回路の担う精神活動で、自分の考えのプロセスに一時的にブレーキをかけ、その時の状況に配慮し、さまざまな場面を想い浮かべつつ、その場に適切な行動を組み立てていく精神機能である。高機能自閉症やAsperger障害の青年は相手の考えを配慮しない行動が少なからず認められる。彼らは心の理論で問題になる、相手がまだ口にしない考えを推察することが困難であるばかりではなく、こちらが言って聞かせる考えを取り入れて考え直すことがないし、自分の主張する意見とは別の見方の考えも成り立つことを教えようとしても、どうしても納得できない。
 正常の人では心の理論の課題を遂行するさいに前頭前野の左内側部(Brodmann8、9野)の血流が活発になるとされるのがPET(陽電子放出断層撮影)で見出されるが、それをクリアできるAsperger障害の青年では、それより下方のBrodmann9、10野が活性化している。障害のある部位の機能を障害のない別の部位の脳機能で補完していくのがリハビリテーションの基本的概念である。このことは心の理論に対してばかりでなく、自閉症児のもつ能力的欠陥に対するリハビリテーションの方向性を示している。
 近年、自閉症では小脳の一部に特定の細胞の減少が報告されているが、この変化は胎生8~14週間に起こったものとされている2)。小脳は運動出力ばかりではなく、知覚入力の調整機能ももっている。自閉症には知覚過敏のほか、さまざまな形の知覚の障害があり、それは脳幹部や小脳での感覚入力の調整不全に由来する。自閉症はこれと前頭葉などの情報処理の部位との接点部に障害がある5)とされる。知覚障害の症状は常時見られるというより、正常な日常行動の合間に出現し、これによる感覚的ノイズの入力がこの接点部の機能に混乱をもたらし、高次の精神活動を妨げる。感覚統合療法はこうした知覚の障害を念頭に行われる。常同行動を阻止されると、それを執拗に繰り返したり、パニックを起こす。リハビリテーションの場ではより好ましい社会的行動に置き換えていくという方策が推奨されている。Asperger障害や高機能自閉症では突然、時間的脈絡を無視したはるか以前の記憶像が突然想起されるtime slip現象8)が生じ、精神的混乱を起こす。

5.発達障害のリハビリテーション

 自閉症の多くは1歳半健診で言葉の遅れを手がかりに診断され、地域の障害者センターなどの障害児保育がリハビリテーションの第一歩である。正常の幼児集団に入れれば良くなるという考えが間違いであることは、自閉症児の模倣能力が極端に低いことから納得できるはずである。発達障害のリハビリテーションのさい、幼稚園などの集団は、彼ができるやさしいプログラムで一緒の行動ができる場として意味があるのであって、社会的行動の初歩を覚えるのは障害児保育である4)
 発達障害の子どもは一見、その行動の発達レベルが低く見えるが、それが彼らの真の姿ではない。遅れて見える彼らの行動の合間に生活年齢に合致した行動の芽生えが散見するはずである。能力的には遅れがあってもその年齢の子どもとして見ていくことで、それを見逃さないことが大切で、年齢並みに伸びている意欲とか感情、好奇心、向上心に訴えながら適切な教材を用いて各種の日常行動を伸ばし、年齢相応の社会的マナーを教えていくことが必要なのである。
 他方、Asperger症候群を含む高機能広汎性発達障害では一応の社会的行動は取得しているので、通常学級での指導と併せて、一般常識や年齢相応の考え方などを、同じ障害の仲間との自助グループで活動させながら学ぶこころみ7)が有望であると思われる。

(なかねあきら 横浜市西部地域センター児童精神科)


【参考文献】
1)APA:DSM―4.精神疾患の分類と診断の手引き、医学書院、1995(高橋三郎、大野裕、染矢俊幸訳)
2)Courchesne E:自閉症を生じる神経解剖学―小脳異常の意味―、In:ドーソン G. 編:自閉症、その本態、診断および治療、日本文化科学社、111―132頁、1994(野村東助、清水康夫監訳)
3)石井高明:幼児期、学童期の行動特徴:自閉症、日本評論社、中根晃(編)99―114頁、1999
4)中根晃:自閉症児の保育・子育て入門、大月書店、1996
5)Ornitz EM:感覚と情報処理の接点における自閉症:In:ドーソン G 編:自閉症、その本態、診断および治療、日本文化科学社、159―188頁、1994(野村東助、清水康夫監訳)
6)佐々木正美(編):自閉症のTEACCH実践、岩崎学術出版社、2002
7)杉山登志郎、辻井正次:高機能広汎性発達障害、ブレーン出版、1999
8)杉山登志郎:Asperger症候群と高機能広汎性発達障害、精神医学、144:369―379頁、2002
9)高木隆郎、M.ラター、E.ショプラー編:自閉症と発達障害研究の進歩.Vol.1、日本文化科学社、3―164頁、1997
10)WHO:ICD―10精神および行動の障害、医学書院、1993(融道男、中根允文、小見山実監訳)
11)WHO:ICD―10(DCR)、研究用診断基準、医学書院、1994(中根允文、岡崎祐士、藤原妙子訳)