音声ブラウザご使用の方向け: ナビメニューを飛ばして本文へ ナビメニューへ

知的障害者の就労を支援するために

後藤明宏

知的障害者の福祉用具の現状

 福祉用具というと、障害をもつ人の固有の道具というイメージですが、近年の高齢化社会への関心とともに、しだいに福祉用具への一般の人々の関心が高まってきました。
 住宅設計にしても、ユニバーサルデザインというテーマが、普通の住宅の中にも違和感なくPRされているし、車いすに乗る生活、補装具を付けた生活が当たり前の姿として紙面を飾っています。しかし、こと知的障害の分野に関していうと、「知的障害のために」開発される福祉用具については、まだまだ発展途上の段階の状態です。事実、公的助成の対象となる補助具についても、知的障害という固有の障害ゆえに助成される機器はいまだないのが現状です。知的障害向けという理由で助成を受けるとすれば、てんかん発作による転倒事故防止のためのヘッドギア。また、コミュニケーションエイドと呼ばれる機器(やさしい表示のスイッチを押すことによって録音した音や声が出る仕組み)であったりしますが、もともとは、肢体不自由な方の障害を補助する目的のものが主流で、知的障害固有のものとして考えられたものではありません。こういった状況の中で、近年、少しずつ、海外から知的障害向けの福祉用具を紹介したり、また、知的障害固有の支援のための機器などを開発する試みが行われるようになりました。
 実際に、就労支援の場面における福祉用具の活用事例を見てみましょう。ここでは、知的障害者向けに開発されたレジスターを取り上げます。これは、もともとはスウェーデンにおいて、国が中心となって支出したプロジェクトの中で、知的障害者向けの支援用具として開発されたものの一つです。この道具を日本の(株)五大エンボディが輸入、日本語化して普及を図っています。

知的障害者向けレジスター

 群馬県桐生市に今年4月にオープンした社会就労センター「セルプわたらせ」(社会福祉法人三和会)では、作業科目の一つとしてパン工房とおしゃれな喫茶店を始めました。そこでは5人の知的障害者が働いていますが、レジスターを使って、レジ売り場の仕事を行っています。お客さんがパンをいくつか持って、レジのところに持っていく。そこで店員は、目の前に置かれたタッチ式液晶モニターに映し出されたいくつかのパンのカラーの写真を見て、持ち込まれたパンと同じ写真をタッチする。押す内容は複数でもよい。すると、合計金額が金額の数字と、実際のコインの絵が画面に表示されて、しかも、音声として話してくれるので彼らも再確認ができる。こういった仕組みになっています。
 この機械の使いやすい特徴は、操作がすべて指のタッチでできることと、商品がすべてカラー写真の画面で表示されることです。この表示については、値段についても10円玉、5円玉、50円玉、また、1000円札、1万円札などすべてカラー画像に対応しており、見て直感的にわかりやすいことがあげられます。そして、さらにフィードバックができるように、操作ごとに音声で確認してくれるので、本人だけでなく、ほかのスタッフやお客さんもが確認ができるので、いっそう誤差が少なくなると思われます。
 このレジスターについては、現在、5人の軽度の知的障害者が交代で使っていますが、本人たちの飲み込みは早く、すぐに操作を覚えてしまったそうです。援助スタッフの後閑(ごかん)さんのお話によると、このレジスター導入のメリットは、知的障害者の作業の幅を広げたことが一番大きいとのことです。すなわち、今まで、同じ喫茶の仕事でも、知的障害者はお金を扱う接客には関わらずに、どちらかというとそれ以外の繰り返し作業を行いがちでした。このレジスターを使用することによって、通常のレジ作業を任せられるので、本人自身が接客の仕事をすることができるという喜びを感じることができたことが、一番大きな成果だとのことでした。実際、この店もオープンしてまだ数か月ですが、知的障害者がごく自然にレジスターを操作して、生き生きとお客さんにあいさつをして仕事を行っていました。
 次に、同じ群馬県の中で、前記のような福祉施設ではなく、一般の会社が知的障害者向けレジスターを導入し、知的障害者の雇用の場で活用しているお店があります。古本・CDのリサイクルショップであるビービーショップ大間々店「夢のたまてばこ」では、現在、3人の知的障害者が交代で働いています。平成11年3月に他のチェーン店同様にオープンしましたが、当初から知的障害者が働くことを前提に工夫されてきました。当初は、このレジスターを活用するに際して、本の値段をわかりやすく区別するために、金額に応じて動物のシンボル図(たとえば猫は100円、犬は200円)をつくり、その絵を本に貼って、レジをする時に便利に区別できるように工夫をしました。しかし、当事者たちが使っていくうちに簡単な計算はできることがわかり、また、本以外にCDやゲームソフトなどの品物も増えたため、今では一律50円単位の金額を設定し、レジスターの画面を押しながら、簡単な足し算の計算を活用してレジを行っています。
 福祉の援助機関とは異なり、一般の会社であるため、やはり、忙しい時には本の準備や整理といった仕事が多いですが、そうでない時にはレジ前に立ち、お客さんに笑顔であいさつをして会話をしながら仕事をします。そういった仕事に喜びを感じて、この会社への仕事の希望がたくさんあるそうです。今回、訪問時に会った知的障害をもつ市川さんも、「お客さんとの会話があるこの仕事が好きです」と話していました。
 以上、福祉施設である喫茶・パン屋での活用、また、一般の会社である本・CDリサイクルショップでの活用事例を紹介しましたが、2か所とも、インタビューした支援者からは、このレジスターの活用によって知的障害者の仕事の幅が広がり、今までできなかった接客の仕事もできるようになり、本人たちはとても喜んで、また自信を持っているとのことでした。
 こうした事例は、知的障害をもっていても、適切な援助があれば、お客さんと直接顔を合わせて、しかも、お金を扱う仕事にも就くことができることを証明していると言えます。無論、ここでは単に機械のみがすばらしいのではなく、それを本人に適合させ、また、絶えず援助のフォローをしている周りのスタッフの配慮も見逃すことができません。
 現状では、いくら仕事の幅が広がりつつあるといっても、やはり、知的障害者の適応できる職種としては、単純な繰り返しの作業が中心です。そういった仕事も向いている人には適切でしょうが、知的障害があるからといって、他の仕事のチャンスを持つことができないのは、本人にとっても残念なことではないでしょうか。

その他の福祉用具

 こうしたレジスター以外にも、同じスウェーデンから、時間の流れを灯りの点灯数の移行により目に見える形で知らせるタイムエイド関連の器具(タイムログ・QHWなど)が輸入されたり、また、日本でも、ハンディタイプで持ち運びのできるコミュニケーションツールなどが開発されています。

福祉用具利用を促進させるポイント

 今後、このような用具の普及、推進を図るためには、今一度、福祉用具開発普及が遅れている要因を探ったうえで、次のような対策を打つ必要があると考えます。

1.知的障害は、人と環境とに関わるソフトウエア部分の障害です。したがって、外から見えにくく、多くの要因が重なり、個別性が大きく、流動的です。現状では、この分野についての実践応用の研究が十分になされていません。家族も含めて、応用心理学、OT・PT・ST、福祉援助者、工学関係者、教育関係者など縦断的なネットワークを作りながら実践研究を積み重ねていく必要があります。

2.知的障害は、二次的な障害として特にコミュニケーション障害が大きく、本人のニーズや要望がなかなか表にあがってきません。いくら知的障害向けレジスターを本人の前に置いても、それだけでは利用できません。本人の障害を正確に理解評価し、本人のニーズを読み取ること、また、福祉用具利用についての本人へのフィードバックとアフターケアを正確に行う必要があります。いわば、援助を目的とした通訳者の存在が欠かせません。実際の利用に至るまでには、周りにいる援助者のこうしたきめの細かい配慮が必要になります。こういった援助者をどう育成するかが大きな課題です。

3.一般の社会では、知的な能力が重視され、かつ個人の努力によって獲得していくという考え方がまだまだ支配的です。知的障害者の勤労観にもこの考え方が影響を及ぼし、自分の努力で学んでいく姿勢が価値あるものとされます。このことは、知的障害者への専門的援助者の中でも、しばらく前までは「指導」「訓練」という言葉のみが使われた状況と符合します。こうした考えが、一方で、知的な道具を利用して知的障害のハンディを解決していこうとするアイデアに結びついていかなかった要因の一つになっていると思われます。本人の努力や意欲を高めるアプローチも当然必要でしょう。しかし、それに合わせて、私たちがめがねや計算機を当たり前のように利用するように、知的障害者においても、知的能力を補助する道具を自分の一部として、何気なく使いながら「しごと」や「日常生活」に溶け込んでいく、こうした働きかけも今後はきわめて重要な要素となるでしょう。

(ごとうあきひろ デイセンターふれあい、社会福祉士)

(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「ノーマライゼーション 障害者の福祉」
2002年11月号(第22巻 通巻256号)