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北京セミナー開催

宮本泰輔

 11月4~7日、中国の北京で障害者の権利条約に関するセミナーが開かれた。日本政府からは、外務省人権人道課の増子事務官と日本大使館の野々村2等書記官の2名が出席した。NGO側からは、JDF準備会の兒玉明代表(日身連会長)と筆者の2名であった。一番多く参加者を中国に送り込んでいたのは韓国で、独自に通訳も伴い20名ほどが参加していた。政府席には日本を除き、アフガニスタン、バングラデシュ、カンボジア、フィジー、中国、香港、北朝鮮、カザフスタン、モンゴル、ネパール、韓国、フィリピン、ロシア、サモア、スリランカ、タイ、ベトナムが座った。カンボジアのソンソン・ハック氏やタイのモンティアン・ブンタン氏のように、NGOでの活動経験のある障害当事者が政府席に座る国もあった。
 会議の主旨は、当初「政府間会合」というニュアンスで伝わっていた。しかし、実際には政府関係者が多く集まる「セミナー」の位置づけで進められた。条約の要素について十分に議論されていないこの段階で、障害者の権利条約についてアジア太平洋地域の政府間で意見の一致を見ることはありえないので、「政府間会合」という位置づけよりもむしろESCAPがアジア太平洋の各国関係者に障害者の権利条約を普及する機会とし、条約に盛り込まれるべき要素について議論と確認をしあう「セミナー」のほうが適切であったということだろう。しかし、開会式でのデン・プーファン氏のスピーチをはじめ、共催者の中国障害者連合会は終始「政府間会合」の名称を用い、ESCAP事務局との意識の相違が目立った。
 JDF準備会では、この会議でステートメントを発表した。このステートメントでは、バンコク草案に記された障害者特有の権利(物理的なアクセスや手話など)や原則(地域での自立した生活)などについて各国に考慮を求めると同時に、女性差別撤廃条約などと同様に私人間の差別も対象とし、個人通報制度についても選択条項(国によって受け入れるか否かを選択できる)とするよう求めている。また、モニタリングシステムが他の人権条約に比べて下回ることがあってはならないと主張している。
 このステートメントは、初日の午後に開かれた「障害者の開発とエンパワメントに向けた権利に根ざしたアプローチ」の後に兒玉代表から発表された。事前にインドのアヌラダ・モヒット氏や韓国DPIのイ・イクソプ氏などとも、このステートメントについて話をしたが、2人からは「120%支持するよ」と励まされた。ESCAP事務局からもこのステートメントは評価され、翌日の各国・NGOのカントリーレポート発表の際にも、もう一度ステートメントを発表する時間を与えられた。
 3日目には、3つの分科会に分かれての討議が行われた。筆者は第2分科会(市民的、政治的権利と社会的、経済的及び文化的権利)に参加した。韓国のNGOはバンコク草案に対する修正案として、アクセスに関する権利をより具体的にしたり、自立生活の権利を盛り込むよう発表した。筆者からは、この会議全体にろう者が参加していないことを指摘し、バンコク草案で示されている言語の定義を参加者が考慮すべきである旨を述べた。
 会議中、中国政府から独自の「条約草案」が参加者に配布された。実際に議論の場で用いられることはほとんどなかったが、簡単に紹介する。

 全部で23条に分かれており、北京会議の2週間前にバンコクでのワークショップで採択された「バンコク草案」に比べると大変シンプルかつ、具体的な記述が少なくなっている。
 第2条では「障害(disability)」について、「障害とは個人と社会、環境との相互作用の結果としての個人の機能の状態を意味し、日常生活を営み社会参加する能力を制限し、経済的及び社会的環境によってさらに悪化させられる可能性のある身体的、感覚的、精神的及び知的な機能障害(impairment)に示される」と定義している。
 第4条から第12条までにわたって、具体的な以下の諸権利について述べている。

  • 政治的権利
  • アクセシブルな物理的環境、情報及びコミュニケーションを享受する権利
  • 教育の権利
  • 医療と必要なリハビリテーションサービスに関する権利
  • 平等な雇用、求職、報酬に関する権利
  • 社会保障、保険(insurance)、福祉に関する権利
  • 社会的生活、文化的生活、スポーツ及びレクリエーションに完全参加する権利
  • 結婚、家庭生活に関する権利
  • あらゆる法的手続きにおける権利

 条約の効果的な実施のために、第14条では国際協力に取り組むよう求めている。なかでも第2項で、障害者の機会均等化の実現のために途上国が困難に打ち勝つことを助けるべく、2か国間及び多国間の協力枠組みに障害者問題を加えるよう定めているのが特徴である。
 また、バンコクでのワークショップでも議論となったモニタリングの仕組みについて、中国案は18名からなる「障害者の権利に関する専門家委員会」の設置を提案している。

 筆者は残念ながら、3日間の参加のみで北京を後にした。最終日(4日目)には、午前中に北京宣言の起草委員会が開かれ、午後に北京宣言が採択された。同宣言では、障害者の権利条約策定のプロセスを早めることを求めるなどが合意された。
 同宣言の段落8では、条約の要素について、8項目の勧告がなされている。概略は以下の通りである。

a.障害者の権利条約は既存の国連の人権文書に基づき、障害者の完全参加と平等を進めるにあたって障害者を取り巻く特別な環境に応えて策定されるべきである。
b.障害者の権利条約は包括的であるべきであり、かつ、経済的、社会的及び文化的権利と市民的及び政治的権利の両者のバランスの取れた保護と促進を行うべきである。
c.障害者の権利条約は、法的強制力のある権利を含み、締約国が権利に根ざした開発の促進の観点に十分な注意を払いつつ施策を採用する義務を示すべきである。
d.障害者の権利条約は、障害をもつ女性・女子の状況及び多様な種類の障害をもつ人たちの固有のニードに特別な注意を認め、効果的に彼らの権利を促進し保護するべきである。
e.条約の策定においては、多様な歴史的、文化的及び宗教的な背景や国の開発レベルの違いが考慮されるべきで、締約国が障害者の人権と基本的な自由を効果的に促進し保護する義務を示すべきである。
f.障害者の権利条約では、締約国が実施とモニタリングについて効果的なシステムを構築する必要性を明確に示すべきである。
g.締約国が条約を実行することを促し支援する目的で、障害者の権利条約では適切な国際的なモニタリング機構を提供するべきである。
h.障害者の権利条約は、障害者の権利の促進と保護に関する国際的な対話と協力を促進するべきである。

 1月に開かれる国連特別委員会の条約草案起草作業部会には、「バンコク草案」とこの「北京宣言」がアジア太平洋レベルの貢献として提出される。

(みやもとたいすけ DPI日本会議事務局)