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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2004年3月号

フォーラム2004

障害者の権利条約特別委員会作業部会報告―条約草案策定さる―

長瀬修

年明け早々の1月5日から16日まで、大寒波に見舞われたニューヨークの国連本部で障害者の権利条約特別委員会作業部会が開催された。10日間の充実した審議が行われた結果、条約草案がまとめられ、5月24日からの第3回特別委員会では、この条約草案をたたき台として本格的な条約交渉がいよいよ開始されることとなった。私は第1回特別委員会から見守ってきたが、いよいよ歴史的な障害者の権利条約の策定作業が本番を迎えている。

この作業部会は、昨年6月の第2回特別委員会の決定によって設置されたものであり、その目的は国連加盟国等が「条約草案について交渉するための基礎となる条約文案を作成し、提示」し、「複数のアプローチがある場合、作業部会は、そうしたアプローチを反映した選択肢を提示する」ものとされた。あくまで「たたき台」を準備することを求められたのである。

第2回特別委員会では、条約策定の方法に関する議論が多く行われ、その結果、政府代表27名、NGO代表12名、国内人権機関代表1名という決定がなされた。政府代表のアジアの枠は7名確保され、インド、韓国、タイ、中国、日本、フィリピン、レバノンが入った。他地域は、アフリカが7か国、ラテンアメリカ・カリブ海が5か国、西欧その他が5か国、東欧が3か国である。

○NGOの大きな役割

当初の7から12へと枠が増えたNGOは、国際障害同盟(IDA)を構成している、国際育成会連盟、国際リハビリテーション協会(RI)、障害者インターナショナル(DPI)、世界精神医療ユーザー・サバイバーネットワーク(WNUSP)、世界盲人連合(WBU)、世界盲ろう者連盟、世界ろう連盟(WFD)に加え、各地域を代表する5NGOが加わった。アジア太平洋からは、アジア太平洋障害フォーラム(APDF)のアヌラダ・モヒット氏(インド)が送り出された。

NGO代表がこれだけの比率で、しかも正規の構成員として発言権を獲得したことは画期的である。作業部会は「NGO、とりわけ障害者の組織の代表」を含む、という第2回特別委員会の決定は、この条約策定過程を通じて繰り返されてきた「私たち抜きで、私たちのことを決めないで」“Nothing about us without us”という障害者組織の主張が、少なくとも作業部会については認められた証明である。

実際、NGO代表は全員が常に積極的に発言した。また、多くの場面で、NGOは相互に連携し、発言力を強める工夫を行った。とりわけWNUSPのティナ・ミンコウィッツ共同代表(米国)は、特に精神障害の問題を中心に活発に発言した。知的障害者本人である国際育成会連盟のロバート・マーティン国際本人活動委員長は支援者と共に出席し、自らの15年間の施設収容の体験も交え、知的障害者の統合を訴えた。また、RIのジェラルド・クイン教授は、障害と国際法の専門家というバックグラウンドから簡潔ながら鋭い発言を繰り返し、大きな貢献を行った。

NGOコーカスは、特別委員会の際と同様、開会前、休憩中等に開催され、NGO間の情報交換のために活用された。情報アクセスについて付言すると、コーカスでは世界盲ろう者連盟のレックス・グランディア氏が司会を多く務め、発言者には同氏用の補聴器のマイクが回された。

なお、第3回特別委員会の直前の5月23日(日)にNGO独自の会合を開き、特別委員会へのNGOの戦略を検討しようという提案がなされ、検討されることとなった。

障害者自身の声を重視するという障害学の視点からは、NGOに加え、政府代表団に障害者自身の国内NGO代表が多く加わっていたことも見逃せない。アジアでも、日本を含む過半数の国が障害者自身のNGO代表を政府代表に起用、もしくは、政府代表団への参加が実現した。

○会議の進行

国連事務総長は、作業部会開催前に提出された政府、NGO等からの条約に関する提案をまとめ、作業部会に提供するよう第2回特別委員会の決定によって要請を受けていた。こうした大量の文書は、国連のサイトに掲載されたほか、作業部会ではCD―ROMとして配布された。

作業部会に向けて、12月15日に、特別委員会議長(エクアドルのガレゴス大使)から、議長草案の一部として、条約項目案第1部が提示された。これは実質的な条文に関するものだが、10月14日から17日までタイのバンコクで開催されたESCAP(アジア太平洋経済社会委員会)地域ワークショップによってまとめられた「バンコク草案」にほぼ則ったものである。議長のこの思い切った選択によって、第1回特別委員会に提出されたメキシコ提案が条約策定作業の中心的役割を直接的に果たす可能性はなくなり、アジア太平洋地域の貢献がひとまず議論の焦点となることとなった。

作業部会の議長役を務めたのは、特別委員会議長によりコーディネーターとして指名され、作業部会によって承認されたニュージーランドのドン・マッケイ大使である。ニュージーランドは第2回特別委員会以来、非常に重要な役割を条約策定過程で果たしている。中南米に代表される途上国とEUに代表される先進国の間で比較的中立の立場を取り、作業部会期間中、毎晩のように遅くまで代表部を少人数の起草グループ作業に提供し、実質的な取りまとめ作業に多くの努力を投入した姿は賞賛に値する。

会議は、議長草案をあくまで議論の枠組みとして採用するという形で進められた。すなわち、議長草案を審議の対象としたのではない点に留意する必要がある。すべての提案は対等に位置づけられた。

NGOをはじめ、作業部会の多くの構成員は積極的に策定作業に取り組んだが、議論をリードしたのは、やはり欧州連合(EU)であった。2004年前期の議長国であるアイルランドの政府代表を通じて多くの発言を作業部会本体、また、昼休みや作業部会終了後に開かれた起草グループで行った。新たな権利の創出は認めず、EUが一貫して主張している「非差別」アプローチに基づいたEU提案への言及を繰り返した。その結果、バンコク草案、議長草案の権利への言及は多くが削除される結果となった。

なお、会場となった第4会議室では、大スクリーンが二つ用いられて、言及されている草案が映し出され、審議の参考にされたが、世界盲人連合のキキ・ノードストローム会長や他の盲人からは、視覚に頼りがちな会議の進行が視覚障害者にとって非常に参加しづらいという指摘が繰り返された。業を煮やした同会長からは、点字だけの文書の配布があり、点字が読めない晴眼の出席者はバリアを味わわされるという興味深いひとこまもあった。

○条約草案の概要と論点

まとめられた条約草案の構成は次の通りである。

前文、第1条〔目的〕、第2条〔一般的原則〕、第3条〔定義〕、第4条〔一般的義務〕、第5条〔障害のある人に対する肯定的態度の促進〕、第6条〔統計及びデータ収集〕、第7条〔平等及び非差別〕、第8条〔生命に対する権利〕、第9条〔法律の前における人としての平等の承認〕、第10条〔身体の自由及び安全〕、第11条〔拷問又は残虐な、非人道的な若しくは品位を傷つける取扱い若しくは刑罰からの自由〕、第12条〔暴力及び虐待からの自由〕、第13条〔表現及び意見の自由、情報を利用する機会〕、第14条〔プライバシー、住居及び家族の尊重〕、第15条〔地域社会における自立生活及びインクルージョン〕、第16条〔障害のある子ども〕、第17条〔教育〕、第18条〔政治的及び公的活動への参加〕、第19条〔利用可能性(アクセシビリティ)〕、第20条〔人の移動(モビリティ)〕、第21条〔健康及びリハビリテーションに対する権利〕、第22条〔労働の権利〕、第23条〔社会保障及び十分な生活水準〕、第24条〔文化的な活動、レクリエーション、余暇及びスポーツへの参加〕、第25条〔監視(モニタリング)〕(川島聡・長瀬修訳)。

この全25条は、作業部会の報告書の付属書1として添付されている。この中には、重要なテーマである国際的モニタリングは含まれていない。時間不足で議論は行われなかった。

本稿執筆時点(2月5日)では、作業部会の報告書はまだ、編集前の段階であるが、報告書の付属文書として添付されている32ページの条約草案は全25条で意見の食い違いや、複数の意見等を示す脚注は114もあり、特別委員会でのタフな条約交渉を待っている。

議論が集中したのは1.国際協力に関する言及(インド政府のようにその条約草案で先進国の義務としての資金提供を提案する国もあれば、EUのように「国際協力」という言葉を前文に入れることにすら反対の国もある。報告書の付属文2は国際協力に関する議論の要約である)、2.障害等の定義(障害については、国際生活機能分類に基づくべきという意見もあれば、EUのように障害の定義は不要という意見もある)、3.強制的治療・施設収容(とりわけ精神障害者の強制的治療・入院)、4.「合理的配慮」の範囲(主に雇用の分野での議論だが、教育など他の分野にも関係する)、5.教育(統合・インクルージョンを原則とするのか、それとも、盲学校と聾学校を選択肢として積極的に位置づけるのか)、6.モニタリング(議長草案でも二つの選択肢が示されたが、国際的モニタリングに関する本格的議論は行われなかった。したがって現在の条約草案には国際的モニタリングに関する記述はない。EUはこの条約策定交渉の結果と、進行中の条約体改革との関連で後に検討すべきと提案した)である。

日本政府は外務省の角茂樹参事官が政府代表団団長を務め、ほかに内閣府(現 総理府本府)、厚生労働省、文部科学省から担当官が出席した。また、NGOオブザーバーとして、日本障害フォーラム準備会から、DPI日本会議の金政玉事務局次長(同宮本泰輔事務局員が介助者)が参加し、日本政府代表に貴重な助言を行った。

5月の第3回特別委員会に向けて、まとめられた条約草案の分析、検討そして、それに基づいた行政府との継続的な対話、さらに今後は批准をも視野に入れ、立法府への働きかけが重要である。

(ながせおさむ 東京大学先端科学技術研究センターバリアフリープロジェクト特任助教授・全日本手をつなぐ育成会国際活動委員長)