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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2004年3月号

ワールドナウ

英国の社会的企業

寺島彰

第三の道

近年、英国では、トニー・ブレア首相率いる労働党政権により新しい福祉政策が次々と導入されています。この福祉改革は、障害者分野にも大きな影響を与えています。最近の英国の福祉改革の動向について現地調査をしましたので、その結果を報告します。

ブレア政権が推し進めようとしている改革の基本には、「第三の道」という考え方があります。第三というからには、その前に二つの道があるわけですが、旧来の社会民主主義と新自由主義がそれらにあたります。たとえば、大きな政府による非効率な政策を進めるのではなく、また、市場に任せることで所得格差を拡大させるのでもなく、第三の道により、社会正義を達成できる近代化された社会民主主義をめざそうという考え方です。

第三の道には、三つの原則があります。それは、福祉と経済の統合、権利と責任の強調、コミュニティーの重視です。

1 福祉と経済の統合

これは、福祉を重視するあまりに経済の発展が阻害されないことを意味しています。福祉も経済も強調して発展させていくことが目標です。そのために、「収入よりも機会の再分配を通じたコミュニティーの倫理と市場経済の統合」を基本的な考え方にしています。この原則に基づいて実施されている障害者福祉改革に次のようなものがあります。

(1)障害者のニューディール(New Deal for Disabled People National Extension)

これは、2001年7月に始まった試行事業で、政府が民間の職業斡旋事業者と契約して結果主義に基づく職業斡旋を行うものです。たとえば、失業者が職業斡旋事業者を訪れたとすると、事業者は、失業者の求職活動に伴う費用や生活費を払って失業者が早く就職できるように支援します。早く就職させても時間がかかっても一定額しか政府からは支払われませんので、なるべく早く就職させたほうが企業にとって利益が大きいことになります。長引くと逆に赤字になります。現在、60近くの業者が契約しています。

また、就職者が26週間仕事を継続できれば、契約料が増額されるということで職業継続のインセンティヴを高めるようになっています。これらの事業は、15か所の雇用ゾーン(Employment Zone)で実施されています。12年間で、約5万人が職業斡旋事業者に登録し、1万6500人が仕事に就いたとされています(障害者を含む全体数)。職業斡旋事業者の契約は、2004年に失効することになっていましたが、次に述べる「パスウェイ」を支援するために、2006年まで延長されました。今回訪問したワーキング・リンクスという会社は、着実に利益を上げているということでした(写真1)。

写真1 ワーキング・リンクスの事務所
写真1

(2)パスウェイ(Pathway to Work)

ジョブセンター・プラス(後述)と呼ばれる公共職業安定所に所属するパーソナル・アドバイザーが、就労不能手当申請者を対象に最初の段階からカウンセリングを実施して復職を支援するものです。主な対象者は、精神障害者、肢体不自由者、心臓機能障害者などで、健康管理支援やリハビリテーション支援を行いながら復職をめざします。どのような人がどのような仕事に就けそうかを評価するためのツールの開発も行っています。復職のための動機づけとして、特別復職手当やアドバイザーの判定による基金助成金が支給されます。2003年10月から始まった試行的事業で、7地区で試行されています。

(3)企業の社会的責任

企業が地方や貧困地域に投資すること、地方の福祉計画を支援すること、雇用に恵まれない人々を雇用すること、その企業が環境に及ぼす影響を考慮すること等を求めて、通商産業局に企業の社会的責任に対する特別任務を負った大臣を任命しています。「コミュニティーにおける企業(Business in the Community)」と呼ばれる雇用主団体や障害者雇用主フォーラム(Employers Forum on Disability)等の組織と協力して、障害者雇用のためのビジネス事例を紹介しています。たとえば、顧客基盤を拡張することで売り上げ促進を図る、イメージの改善方法、異なる業種とのパートナーシップなどの事例です。

2 権利と責任の強調

1998年の議会報告書(1998 Green Paper)では、「第三の道」による改革の原則として次の三つをあげ、政府および市民相互の責任を示しています。

1.社会は、自らを世話できない本当のニーズがある人々を援助する責任がある

2.個人は、自分でできることは自分で行う責任がある

3.労働は、労働可能な人々にとって福祉から脱却するための最適の方法である

具体的な戦略としては、次のような政策を行っています。

(1)1998年福祉改革

「働くことができる人々には仕事を、できない人のためには保障を」というスローガンに基づいて、働けるものと働けないものを区別し、働ける場合は雇用を推進し、働けない場合は、障害者が、尊重され充実した生活を送ることができるように支援することを目的とすることが示されました。

具体的な目標として、障害者の雇用率の上昇、障害者の雇用率と全体の雇用率との格差の是正、障害者の権利の改善、および障害者の社会参加のための障害を取り除くことに重点がおかれています。特に、就労不能手当と呼ばれる働けないことに基づく手当に焦点を絞り、受給者が、保護雇用から離れ、職業斡旋支援を通じて、一般雇用に道を開いていく方向に政策の中心を移行しています。

(2)ジョブセンター・プラス(Job Center Plus)

労働年齢にある人々に対する雇用と手当の両方を取り扱う新しい機関です。日本では、ハローワークに相当します。ハローワークは、職業紹介と手当の両方を取り扱っており、わが国では従来から実施されていますが、英国は、これまで、雇用と手当は別々の組織が担当していたために手当から脱却できないという問題が指摘されていました。そこで、これまでの雇用機関と手当機関を合体した機関が作られました。また、より活動的な戦略により、雇用主と個人に対応しようとするもので、病気や障害のあるものの雇用を支援することなどを行うことも目的としています。

現在、英国内に次々に開設されつつあり、2006年までには全土に普及する予定です。また、中央政府においても、雇用年金局(Department for Work and Pensions)が新設され、手当と雇用に関する政策が統一的に推進されています。写真2は、ジョブセンター・プラスのひとつでユーエックスブリッジ地区ジョブセンター・プラスを訪問したときのものです。中央右の人がパーネナル・アドバイザーです。

写真2 ユーエックスブリッジ地区ジョブセンター・プラスで(左端が著者)
写真2

(3)障害者差別禁止法の雇用主責任の強化

1995年に成立した英国障害差別禁止法では、従業員15名以下の雇用主は免責されていますが、現在、法律の改正案が提出されており、2004年からは、その免責規定が削除される予定です。改正後は、製品やサービスを提供するすべての事業主は、障害者を不当に差別するすべての物理的環境を変更することを求められる予定です。また政府は、2006年までに障害に関する人権機関とその他の人権機関を一つの人権委員会にまとめると宣言しています。主な課題と任務は、公共政策の中心に平等と人権をおくことと、官民、ボランティアセクターのパートナーシップにおかれています。

3 コミュニティーの重視

1994年の社会正義のための労働党委員会による調査報告(Labour Party’s Commission on Social Justice)によれば、「所得よりも機会の再分配を通じてコミュニティーの倫理を市場経済と結びつけること」を強調しています。コミュニティーとは、倫理的価値を共有している集団で、構成員は、営利ではなくコミュニティーの利益のために活動しています。政府は、国家ではなく市民社会が市民権の基礎を下支えしており、英国の非営利団体コミュニティーやボランティアセクターが、新しい民主主義と政策決定に重要だと考えられています。それにより、社会の結束を回復することができるとしています。

そのため、政府と非営利団体やボランティアセクターの協同、ボランティアや民間団体等の供給事業者への委託が重視されています。障害者に対する最近の具体的施策としては、次のようなものがあります。

(1)ソーシャル・ファーム(social firms)

保護雇用と支援付き雇用の中間に位置すると考えられる障害者雇用サービスです。慈善団体(charity)や協同組合が運営を始めています。収入の少なくとも半分以上が売り上げからのものであることと、従業員の4分の1以上が障害者や弱者であるなどの要件があります。

ソーシャル・ファームは、次の三つの基本的な意義があります。市場価格によって決定され支払われる賃雇用を通じたインテグレーション、雇用支援、雇用機会、生活できる(meaningful)仕事を提供する雇用環境、市場指向と福祉目的の結合という目的があります。現状では、ソーシャル・ファームは45ほどしかなく、100以上のファームが立ち上がりつつあるとされます。以下にいくつかのソーシャル・ファームを紹介します。

Brent市と共同出資で設立された輸送会社のブレント・コミュニティー・トランスポート(Brent Community Transport)は、もともと慈善団体ですが、一部有料の移送サービスを提供しており、その部分がソーシャル・ファームとなっています(写真3)。

写真3 ブレント・コミュニティー・トランスポートの移送サービス
写真3

レクレイム(Reclaim)というソーシャル・ファームでは、プラスチックごみの選別を実施しています。対象は、知的障害者・精神障害者です(写真4)。

写真4 レクレイムでのプラスチックごみの選別
写真4

トラベル・マターズ(Travel Matters)という国民健康保険(NHS)の運営するソーシャル・ファームでは旅行代理店を運営しています。精神障害者が研修員として勤務しています(写真5)。

写真5 トラベル・マターズ(旅行代理店)
写真5

ショー・トラスト(Shaw Trust)という有名な慈善団体が運営するソーシャル・ファームでは、地域に事務所を構え、コーヒーショップを経営したりコンピューター訓練等を行っています(写真6)。

写真6 ショー・トラストのショップ
写真6

ヒーリー・シティ農場(Heeley City Farm)という市民農場のソーシャル・ファームでは、知的障害者と精神障害者に園芸等を指導しています。デイサービスで園芸を指導しています(写真7)。

写真7 ヒーリー・シティ農場
写真7

(2)ワークステップ

従来の支援付き雇用は、障害者が支援付き雇用から一般雇用に進んだ場合、障害者本人は手当を受給できなくなることに加えて、供給事業者や雇用主も報酬がまったくないことから、より一般就労に向けたインセンティヴを高めるために新しい支援付き雇用制度として導入されました。このプログラムでは、月々の支払いのほかに、支援の進展に対する報酬を含んでいます。約270のボランティアまたは民間団体の供給事業者に委託されています。レンプロイなどもこの方式に移行しています。

(3)個人的支援援助対策

地方政府に協力している43のボランティア組織に対して現金払いの対象者を拡大するための助成金です。この現金払いは、障害者に直接現金を渡してホームヘルパーを自ら雇用したりすることで自立を促し、行政からの費用支出軽減を目的とした制度です。

おわりに

英国は、二大政党制であるために、政権政党が交代すれば政策は大きく変わります。そのため、1997年にブレア労働党政府が政権の座について以来、試行的な事業が次々と実施され、英国の障害者政策もめまぐるしく変化しています。今回、ご紹介した英国の事業も、すぐに新しい事業に取って代わられることと思われます。今後、英国がどこに向かっていくのか注目していきたいと思います。

(てらしまあきら 浦和大学総合福祉学部)