音声ブラウザご使用の方向け: ナビメニューを飛ばして本文へ ナビメニューへ

「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2004年5月号

障害者権利条約への道

国連・障害者の機会均等化に関する標準規則の特別報告者アドバイザー
モハメット・タラウネ氏に聞く

聞き手:藤井克徳(本誌編集委員)


モハメット・タラウネ氏プロフィール

昨年11月に、国連・障害者の機会均等化に関する標準規則の特別報告者アドバイザーに就任。今回、2月26日に東京都・中野サンプラザにおいて開催された国際セミナー(主催:日本障害者リハビリテーション協会)のスピーカーとして初来日しました。


▼ようこそ、モハメット・タラウネさん。簡単に経歴と現在の仕事(国連・障害者の機会均等化に関する標準規則[以下、スタンダードルール]の特別報告者アドバイザーとしての)、障害者の権利条約に向けてのプロセスについてお話ください。

現在は国連スタンダードルールの特別報告者であるシェイカ・ハッサ・アルタニさんのアドバイザーとして、カタールの首都ドーハ、生まれ故郷ヨルダンのアンマンを拠点に世界中を訪問して仕事をしています。特別報告者のアドバイザーとなったのは正式には昨年の11月です。それまでは、障害者権利条約の作業部会のメンバーとして中東(アラブ地域)から唯一の非政府機関のメンバーとなった、地雷被害者の国際NGOのヨルダンの代表として活躍しておりました。昨年6月の第2回アドホック委員会では、前記のNGOの代表として参加しました。そこでシェイカ・ハッサ・アルタニさんに頼まれ、彼女のアドバイザーとして働くことになりました。

権利条約に関しては2001年にメキシコのフォックス大統領が国連で提案をしました。その後2002年と2003年にアドホック委員会が開催され、2003年の第2回アドホック委員会で作業部会の設置が決議されました。これは大変な進展です。そして、2004年1月ニューヨークで初めての作業部会が開かれ、ここで5月から6月にかけて開催される第3回アドホック委員会に提出するための条約のドラフトがまとめられました。取りまとめられたドラフトは、昨年ESCAPで書き上げられたバンコク・ドラフトの影響を大きく受けています。

私は第1回のアドホック委員会には出席しませんでしたが、先ほど申しましたように、第2回は地雷被害者のNGOの代表として出席させていただきました。第1回アドホック委員会ではメキシコ案しかなかったわけですが、第2回の委員会から、バンコク・ドラフトの礎になったバンコク勧告がESCAPから、そしてECの案なども提出されおもしろい展開になってきました。

作業部会のメンバーを決めるのにアジアを含む途上国などから地域的なバランスを考慮して各地域から代表を選ぶようにとの意見が出されました。ヨーロッパなどの先進国は、はじめはこれに賛成でなかったと思います。結局、構成は地域的バランスを考慮した27の政府(アジアは7か国:日本、中国、韓国、タイ、インド、フィリピン、中東のレバノン、そしてESCAPの加盟国としてはそのほかに太平洋地域のニュージーランドが含まれる)、IDAの7つの国際NGOのほかに各地域の代表を含む12のNGO、そして1か国の国内人権委員会の代表の計40人となったわけです。

私はこれらが決まった第2回アドホック委員会にはヨルダンの地雷被害者のNGOを代表して参加していました。この団体は結局、中東アラブ地域の代表としてNGOの席を確保することができましたが、これは簡単なことではありませんでした。ヨーロッパを中心に先進国側からアラブ地域のNGOに席を与えることに反対意見が出されたからです。私はこの枠をとるために、アラブ地域のグループの議長としてアドホック委員会の会期中、連日奔走しました。最終的には、私が代表している地雷被害者のNGO(ヨルダン事務所)が選ばれました。昨年の11月に私は代表から退きましたので、現在は新代表のアドナン氏ががんばっております。

皆さんご存知のように、このNGOは第1回作業部会の議事録をリアルタイムでネット上で紹介するなど、大きな活躍をしております。これを見ても、NGOの代表が参加することの意味がどれほど大切かおわかりだと思います。

さて、少し長くなりますが、私が昨年11月15日より正式に特別報告者のアドバイザーとして働くようになってからの活動についてお話します。

昨年11月早々、まずは、前任の特別報告者であるベンクト・リンドクビスト氏の業績と今後の課題を分析することから始め、そのための会議をアラブ地域で行いました。その会議の結果は、今議論されている国連経済社会理事会決議の決議案“スタンダードルールの補足項目”に反映されております。

また昨年12月には、マドリッドのIDAの会議の直後にカタールの首都ドーハで最初の国際会議を開きました。会議の内容は、スタンダードルールの実施について、特別報告者の役割、そしてスタンダードルールと国際人権条約との関連性についてでした。世界中から多数の専門家(私を含め数多くの当事者を含む)が集まりました。ESCAPからも現在、このインタビューの通訳をしている長田こずえさんが参加しました。APDFからもフランクさんが参加しましたし、アドホック委員会の議長のエクアドルの国連大使、ガルエゴ氏も参加しました。国連人権機構の代表も参加しました。

▼ありがとうございます。それでは次に“ツイン・トラック”と一般に言われますが、スタンダードルールの実施と今議論中の障害者の権利条約の関係についてわかりやすく説明をしていただけますか?

わかりました。これは本当にまぎらわしい問題ですね。まず、ツイン・トラック(両面からのアプローチ)についてご理解いただくには、スタンダードルールと条約の違いを理解することから始めなければなりません。

スタンダードルールは二つの問題点があります。まず、ルールができてから時間がたち、その間障害の分野でも新しい展開が見られ、追加のガイドラインが必要になっていることです。これが先ほど述べた“補足項目”にも挙げられた、障害とジェンダー、精神障害を持つ人々の問題、障害を持つ児童の問題、そして障害と貧困の関連性などというトレンディーで緊急に検討されなければならない課題です。これらの項目が追加される必要性があります。第2点としては、スタンダードルールは障害者政策実施のガイドラインとしては詳しくて申し分ないのですが、規則であり法的な拘束力がありません。ですから、法的な拘束力を持たせるためには、これとは別に国際条約が必要となってくるのです。ただし、国際条約が書き上げられて、各国に批准され、それが国内法の改正などにより実施されるまでずいぶん時間がかかるのでして、最低でも5年くらいは過去の条約でもかかるわけです。それまでずっと待って何もしないというのは賢明ではありません。ですから、スタンダードルールを実質化させつつ、国際条約の採択及びその後の各国での批准、この両面からアプローチする必要があるのです。

▼わかりました。では、障害者の権利条約ができるとスタンダードルールはなくなるということでしょうか?

私はそうはならないと思います。ルールはあくまでも正しい障害者政策の実行ガイドラインであり、いろいろ細かい点を含めることができます。条約は法的なものですから、批准国の義務について簡潔に述べられたもので、その内容は各国の国内法に反映されるのです。ですから、いちいち詳しいことは書けません。スタンダードルールがなくなるというのではなく、両方が補完し合うことによって、各国の障害者政策の発展により貢献できるのではないでしょうか。

▼ここで、「アラブ障害者の十年」についてお話を伺いたいのですが。

「アラブ障害者の十年」(2002―2011)の決議と勧告は、ここにおられる通訳長田こずえさんもよくご存知と思いますが、2002年10月の国連ESCWA(西アジア経済社会委員会)とアラブリーグの共同会議で決まりました。もちろん1日にして決まったわけではありません、それ以前にも、ヨルダンの障害者法やレバノンの障害者のための包括的な法律などが過去10年の間にアラブでもできていて、これらの国々では画期的な進展が見られたのです。一方、貧しいイエメン、あるいは内戦中のイラクなどではまだまだ問題点も多く、「アジア・太平洋障害者の十年」などをお手本に「アラブ障害者の十年」が必要であると考えられたわけです。大切なのは、アラブの地域で以前は隠すべきことであった “障害”とその問題、そして障害者の人権について初めて理解と関心が生まれてきたことであり、現在こうした考え方の下にキャンペーンなどを準備しています。

「アラブ障害者の十年」は、今年中にアラブリーグの総会で宣言されます(すでにスタートを切っているが、総会で改めて正式に決定するとのこと)。ここでのアラブとは国連がいう狭義のアラブ(13か国)ではなく、アラブリーグの定義によるモロッコやアルジェリアなどを含む22か国を対象とするものです。

▼それでは最後に、日本政府と日本のNGOが障害者の権利条約の採択に向けてどんな役割を果たすべきか、これについて一言お願いします。

日本政府は大変な貢献ができますね。まず、日本はアジア太平洋地域では数少ない先進国です。つまり、リーダーシップが取れるということです。ESCAPなどを通して、日本政府は他のアジア太平洋地域の国々に影響力を発揮できます。また、国際協力も期待されます。特に採択に向けて、重要な会議が数多く開かれますが、発展途上国のこれらへの参加を支援してほしいと思います。具体的には、ニューヨークの国連本部の「障害者基金」の発展に貢献してほしいのです。日本のNGOも貢献が期待されます。

私は、日本というと経済力と産業力という点で優れているというイメージしか抱いていませんでした。今回の来日で初めて、日本のNGO関係者と接触しましたが、その真剣な姿勢と行動力に感銘を受けました。そういう点で、今回のような国際交流会議は私自身にとっても大きな成果があったと思います。特に期待したいことは、NGOとして政府にどれくらい圧力をかけられるか、日本政府の積極的な姿勢を引き出してほしいのです。おそらくはアラブ同様日本の人権運動もまだまだ発展途上にあるように思います。こうした中で、日本の障害NGOは人権問題全体のリーダーになれるのではないでしょうか。これからも交流できればと願っています。

▼ありがとうございました。大変に参考になりました。

本インタビューはESCAP(アジア太平洋経済社会委員会)の長田こずえさんに通訳をお願いしました。また、長田さんの翻訳を元に、本誌編集委員の藤井が加筆させていただきました。