音声ブラウザご使用の方向け: ナビメニューを飛ばして本文へ ナビメニューへ

「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2004年6月号

評価と課題 理論は整いつつあるが、果たして実態はいつ整うのか

江上義盛

1 評価できる法改正作業

今回の「障害者基本法」の改正は、個人的には大いに評価するに値する内容であると考えている。

まず第一に、与野党合意による改正案作りが進められ、国会上程までに民間団体(障害者団体を含む)のヒアリングを行うなど、十分なる議論がなされ、上程後は余計な議論がなされることなく、手続きがスムーズに進められていることである。お陰で、私たちも過度な神経を継続して使う必要がなく、精神保健上健康な状態で改正法の成立を待つことができる。

次に、内容については、もう皆さんご周知のとおり次のような画期的な内容が盛り込まれた。1.障害者施策の方向性を「障害者の自立と社会参加の支援」と明示、2.「障害者への差別禁止と行政の国民に対する社会啓発活動の義務」を明示、3.地方自治体における「障害者基本計画」の策定義務化、4.小規模作業所等を法的に認知、5.内閣府(現 総理府本府)に「中央障害者施策推進協議会」を創設する、などである。

細かな課題はさまざま残るとしても、理念法である「障害者基本法」の中に、これだけの内容が盛り込まれることは、長年活動を行ってきた私たち民間運動の成果としても、評価できるのではないだろうか。

2 障害当事者や家族の努力より社会的責務

今回の改正で、あまり注目を受けていないようではあるが、障害者や家族の努力義務が削除され、社会(国民)の責務をより明確にしたことが、特筆できるポイントではないだろうか。

従来の法文では、(自立への努力)として、第六条に「障害者は、その有する能力を活用することにより、進んで社会経済活動に参加するよう努めなければならない。」二項に「障害者の家族にあっては、障害者の自立の促進に努めなければならない。」とあった。これらが削除され、新たに、「国民は、社会連帯の理念に基づき、障害者の人権が尊重され、障害者が差別されることなく、社会、経済、文化その他あらゆる分野の活動に参加することができる社会の実現に寄与するよう努めなければならない。」と規定された。

つまり、障害者を取り巻く問題は障害当事者と家族の努力で何とかするべきという考え方から、地域社会にて受け入れて皆で捉えていく考え方に、大きくステップアップしたのである。障害者やその家族がよりよい生活をめざすのは、他の国民と何ら変わらず、精神保健福祉法における保護者規定のように、いたずらに障害当事者やその家族を雁字搦(がんじがら)めに縛ってしまうこと自体が、差別であると思う。

3 実定法の整備は望めるのか

このように、今回の法改正によってわが国の障害者施策に係る理念は、特段に進歩したと言える。しかしながら、理念法は理念法であって、サービスや予算が伴うためには、実定法の整備が必要である。

精神障害者の分野で言うと、「精神保健福祉法」である。各分野に福祉法が存在しているが、その設立の背景や経緯が異なっているので、一概には言い切れないが、精神保健福祉法に限って言うと、前述のとおり、「保護者規定」なる差別的な事項が現存していたり、福祉と医療が混在する法律であるうえに、福祉的施策の責任の所在が明確になっていないなど、基本法の理念に照らしてみても、相反する部分が多い内容となっている。ちょうど、精神保健福祉法の定時改正が来年予定されているが、果たしてどこまでこの基本法の理念が活(い)かされることだろか。

今回の改正の目玉の一つである「差別禁止条項」に関しても、結局は各々の実定法(福祉法)の中に盛り込まれなければ社会生活にも反映される機会が少なく、そういった視点で言うならば、いずれは「障害者差別禁止法」の単独立法化ということを、真剣に議論する必要があると考える。

4 総合福祉法を模索してみたい

最後に、改正基本法では障害者を「障害があるため、継続的に日常生活又は社会生活に相当な制限を受ける者」と規定しているが、前述のとおり、福祉法は個別に存在しそのサービスにも大きな格差が生じている。また、いわゆる障害者の三大カテゴリー(身体、知的、精神)に含まれない人々も少なくなく、そろそろ「総合福祉法」(仮称)の模索を真剣に議論する時期にきているのかもしれない。

「年金制度」の一元化ならぬ、「手帳制度」の一元化や、多岐にわたる予算枠の撤廃など、国民にも分かりやすい制度作りが必要ではないかと思う。基本法の改正を契機に、より社会に受け入れられ、国民に理解をされやすい障害者施策への転機を訴えていきたい。単なる財政論にだけ、振り回されることなく!

(えがみよしもり 財団法人全国精神障害者家族会連合会専務理事)